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その想いはパンドラの箱

「お嬢ちゃん、絶対にそこから動くなよ?」


 彼の低い声が響いた。


「どうしたんですかナカケンさ──」

「静かに!」


 彼の声は私の声を遮り、尋常ならざる雰囲気を醸し出していた。私は初めて聞く真剣な声で驚きとも、心配とも、恐怖とも取れる名状し難い心境に陥った。

 ナカケンさんは微動だにせず、その場で何かを待つように硬直し、しばらくすると呟いた。


「来た」


 次の瞬間、発砲音と高速で飛んでくる金属光沢がこちらを襲う。

 ナカケンさんは手を伸ばすとその光を掴んだ。言われずとも分かる。弾丸だ。

 私がそう認識すると他方からも弾丸が一斉に放たれる。

 ナカケンさんは私の頭を下に強く押さえた。


「ハッ!」


 そして、彼は突然咆哮する。するとその咆哮により弾丸は勢いを無くし、雨のように力なく地面に落ちていった。

 この人は一体、何をしたのだろうか?

 次元の違うその光景をまざまざと見せつけられ私は戸惑わずにはいられなかった。

 

「良かったな、俺を見つけられて。でも攻撃してきたのが間違いだった」


 なんかナカケンさんは誰も見えないにも関わらず誰かへ向けて話し出す。

 ここでいつもの私ならば「中二病は黙れ」やらなんやらの罵詈雑言を片っ端から並べてあげるのだが、今回ばかりは馬鹿に出来なかった。なんせ死が目の前に転がっているのだから。


「君ら、今回は連れがいるんでね。彼女を危険に晒すわけにはいかない。悪いが君達、ぶっ殺すよ?」


 そう言うと公園のあらゆる所から私達を囲むように十を越す人間が現れ、襲いかかってきた。

 しかしナカケンさんは動じず、むしろ予期していたように直進すると正面から現れた者の腕を掴み、それを物凄い勢いで引っこ抜いた。

 公園にはブチブチブチッという今まで聞いたことのないようなグロテスクな音が響き、赤い血潮が噴き出し、地面に撒き散らす。

 そして、その腕を引っこ抜いた勢いのまま反対側の敵に向かって投げつけた。

 腕は弾丸のように飛び、敵の体を貫く。

 さらに、ナカケンさんは間髪入れずに片っ端から敵を薙ぎ倒した。

 彼の足は敵の腹を貫き、手は頭を吹っ飛ばす。


 私はその光景を見てられなかった。現実から目を背けたかった。私は耳を塞ぎ、目を瞑った。やろうと思えば体の設定を無音にすることも、意図的に体をスリープモードにすることも出来たのに、それすら忘れてその場にしゃがみこんでいた。

 すると聞こえていた音が消え、辺りが虫の音と草木の擦れる音のみとなった。

 

「お嬢ちゃん?」

 

 優しいナカケンさんの声が私を襲う。

 ただ私を守るために私を殺そうとする人を殺してくれたというのに、私は感謝すべきだというのにそれが出来ない。

 あのナカケンさんの殺気を帯びた鋭い瞳を、あの初めて見る噴き出す血潮を見たときから、私にとって彼は恐怖の対象でしかなくなっていた。

 ナカケンさんの大きな手が背後から私の肩に乗る。その時、私の肩は跳ねた。それは驚きから来るものではない。恐怖から来るものだった。


「お嬢ちゃん。もしかして、俺が怖いのか?」


 私はその問いかけに答えることが出来なかった。その後にどうなるのかわからなかったからだ。おそらく数分前の私ならばわかっていただろう。しかし、今の私はわからなかった。


「……そうか」


 ナカケンさんはそう言った。

 ただ耳を塞ぎ、目を瞑り、しゃがみこんでいるだけの私を見て、そう言った。


「確かに俺は普通じゃない。人殺しだってする。それが英雄の条件であり、宿命だからな。お嬢ちゃんが思い描いているほど英雄って奴は綺麗なものじゃない。血なまぐさくて、醜いものだよ」


 聞きたくない言葉を聞いた。やはりナカケンさんには会うべきでなかった。私の幻想がボロボロと崩れていく。


「だけどまぁ、一つだけ抗弁させてもらうと僕が殺したあれはロボット。血やら皮膚やらまで精巧に造られた人そっくりのアンドロイドだけどな」


「え?」

 

 その時、私の涙腺は突然緩み、出そうにもなかった涙が溢れ出した。


「え? えぇ!? 突然どうしたんだいお嬢ちゃん!? 泣いているのかい!? なんで今!?」


 ちらと見るとナカケンさんは戸惑い、困ったような表情を浮かべていた。

 良かった。ナカケンさんは人殺しじゃない。それが唯一の救いだった。

 しかし、ならばなぜ彼はあんな冷たいことを言ったのだろうか。

 私はその時、想った。私は彼のことを何も知らないと、そして彼のことをより深く知りたいと。

 この思いは絶望の中に残された唯一の救いが生み出したパンドラの箱かもしれない。

 そのせいで再び絶望を見ることになるかもしれない。

 しかし、それでも私は知りたいのだ。


 ――底に希望が残されていると信じて。


 私は手で涙を拭うと無理矢理に声の調子を上げ、振り向いて笑った。


「泣いてなんかいませんよ!」


 すると彼はあんぐりと口を開けてしばらく呆けていたが、やがていつものナカケンさんの笑顔を見せる。


「そ、そうだよね! いやー、勘違いしちゃったな。ごめんごめん。てっきりグロテスクな光景を見せて、酷いことを言っちゃったからショック受けてるのかと思っちゃったよ」


「勝手に人を泣いたことにしないでください。それになんですか、その前に言ったあのセリフは? なにが『英雄って奴は綺麗なものじゃない』ですか。わー、かっこいいー」


「やめて! 冷静に聞くと恥ずかしい……」


「『英雄って奴は綺麗なものじゃない。血なまぐさくて、醜いものだよ』」


「だからやめて! これ以上、僕をいじめないでぇぇぇえええ〜!」


 私とナカケンさんの物語はまだ始まったばかりである。





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