霞む視界
「「は?」」
我々は全員で低く地を這う冷淡な声でナカケンさんを刺した。すると、ナカケンさんは羞恥と後悔と疑問が混じり、真っ赤になった顔を伏せた。
ちょっと可哀想な程である。大したこと言ってないのに。今にも泣きだしそうだ。
「ダメ……かな……? ちょっとカッコイイと思ったんだけど……」
このオッサン、言葉を紡ぐ度に声が小さくなっていく……! ダメだ、これ以上見てられない!
「……いいんじゃないですか! 坂織宮連合軍!」
「……本当に?」
「いいと思うよね!」
私は拓磨に目線を合わせて尋ねた。空気を読め! 察しろ! イエスと言え!
「気でも狂ったか幸奈? そもそもチーム名なんて必要ないだろ。というかまだ俺はこいつを仲間とは認めていない」
そう言って琢磨は先崎を睨む。先崎も睨み返す。
「そうかな? 僕はいいと思いますよ、チーム名。わかりやすいですし、それに決めておいて損は無いでしょう?」
警視長さんがフォローするもののナカケンさんはうずくまって動かない。こうなるとナカケンさんは面倒臭いからなぁ。
「……ぼ、僕はみんなに仲良くして欲しくて……。みんなよく喧嘩するし、それに話にすら入ってこないやつもいるし……」
話にすら入ってこないやつ? 誰だ? 心当たりがないんだけど……。
私は自然と その「やつ」を目で探した。
すると一人だけ、我々からかなり離れた店の一番奥まったところ、御手洗に最も近い席にポツンと珈琲を啜っていた。
しなやかに流れる黒髪に端正な顔立ち。机に隠れていても、そのカップを上げる指でわかる。線の細い麗人であると。
彼女はナカケンさんを一瞥するとまた視線を手元に戻す。
「ほらまた無視した! 無視はいじめなんだぞ!」
ダメだこのオッサン。この人の放つ空気ってモノが全く読めてない。非常にウザイ。
「なんであたしがわざわざ反応しなきゃなんないのよ」
キッと彼女はナカケンさんを睨みつけ、ナカケンさんはそれにビクつく。
「だってこれから事構えるんだからみんな一致団結して──」
「なんでそんな危険なことしないといけないのよ」
それな。
「命かけて私の得は何かあるの? 報酬くらい寄こしなさいよ」
「いや、それは……、善処します」
無いのかよ……。
「やるわけないじゃない。来てあげただけでも感謝して」
「お願いだから手伝ってよぉ……。この通り! ……痛っ」
ナカケンさんはその場から走り、スライディング土下座して机の足に頭をぶつけた。
すると竜崎さんが立ち上がり、言い放つ。
「お前なぁ、ナカケンさんがここまで頼んでんだぞ。協力してやれよ。どうせ暇だろ?」
「いや、そういう問題じゃないでしょ。嫌だって言ってんの!」
彼女が憤怒し立ち上がると、今度は先崎が鼻で笑うように言い放つ。
「ナカケンさん、いつまでも構ってやる必要は無い。意気地無しは放っておけ。どうせ《《代役》》なんだから」
「代役?」
私は思わず呟いた。
「ああ、こいつは代役。最強のスナイパーにして三傑の一人である五十嵐誠真のな。つまり所詮二番手、しかもその腕はかなり差があったと聞く」
彼女は拳を固く握り締め、肩が震えていた。
「そんなやつ、要らんだろ?」
「ガキンチョ、舐めてんじゃないわよ?」
「舐めもするだろ、意気地無し」
「風穴空けるわよ?」
「やってみろ」
睨み合っていたお互いが動き出した瞬間、警視長さんが机を叩くようにして立ち上がる。
「だーめ」
笑顔ながらそのこめかみには太い青筋が見えた。
すると、彼女はフゥとため息をつく。
「……わかったわよ。私もその作戦乗るわよ……」
「ほんと!? やった!」
ナカケンさんは両手を挙げてバンザイしながらぴょんぴょんはねた。
「じゃあお嬢ちゃんに改めて彼女は松田一華。前に人類防衛軍に所属していた凄腕のスナイパーだよ」
「まぁ、誠真さんの後釜だけどね」
彼女は自分を嘲笑するように言った。
「いや、別に僕は代役だなんて思ってないよ。一華ちゃんには一華ちゃんの良いところあるし」
「じゃあ何よ? スナイパーとしての腕も近接戦闘の腕も確実に私の方が劣ってた。自覚はあるのよ。勝てるところなんてないって」
「そうだねぇ。少なくとも自分の長所を理解しているかという点では誠真の方が上だね」
ナカケンさんはたまに笑いながら怒る。
理解している私達は彼の放つ空気を察して黙り込んだ。
「じゃ、みんな協力してくれるって話だし、そろそろ作戦会議と行こうか!」
ナカケンさんは気分を切り替えろとパンと手を叩く。
「まず現状把握、そして共有から始めようか。じゃあお嬢ちゃんよろしく」
「えっ、私!?」
丸投げかよ……。でもまあナカケンさんは論理的に話せないか。
私は頼りないナカケンさんには任せられないから仕方ないと割り切った。
「まず言えるのは今、ナカケンさんの家はロボットに占拠されています」
「「!?」」
その時、全員が動揺していた。それもそうか、最強のナカケンさんの本拠地がもう敵の手に落ちているのだから。
「そして、そのリーダーが五十嵐心葉」
「……五十嵐心葉ってあの餓鬼か?」
「誠真の息子の!?」
「はい……」
するとナカケンさんが話し出す。
「今のおチビちゃんはロボットだ。恐らく誠真が殺されたときに殺されていた。そして、マイクロチップを移して、そこから人格をコピーした。だから態度に違和感がなかったし、君らの得た情報とも一致したんだろう。これならあの誠真くんが簡単に殺された理由も説明できる」
じゃあ、じゃあ、彼らは愛娘に意味もわからないうちに殺されたということか?
そして、彼は私に任せると言いながら自分で話を進めていく。
「たぶん、彼らは僕が狙いだ。だから僕は単独でロボットを撃破したいと思う。逆に君らは纏まって行動してくれ。特に戦闘できないお嬢ちゃんを守ってやってくれ」
「待ってください! なんで狙われているナカケンさんが単独行動なんですか!」
すると、先崎が冷淡に言い放つ。
「馬鹿か。邪魔だからに決まってんだろ」
そこの言葉は私の腹を強くうちつけた。
──やはり強者は孤高であった。
「僕はなるべく遠くへ言って引きつける。その間に君らは協力してロボットを撃破しつつ、坂織宮大学へ向かうように」
もう、私が異論を述べる隙なんてなかった。
「異論はあるかい?」
「「……」」
誰も首肯はしないものの、黙認した。
「決まりだね。じゃあ、解散」
全員が一斉に席を立ち、外へ出た。ナカケンさんは囮となるべく1番先に店を出た。
しかし、これだけは問わねばならない。
「ナカケンさんは知っていたんですか!」
彼は振り向いた。
「心葉ちゃんがロボットだって」
彼は口を開く。
「ああ」
彼はそう言って飛び上がった。
そして、彼は見えなくなった。
彼が分からなくなった。




