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そして始まる2回戦

 春は曙。

 甘ったるいミルクのような、心地のよいぬるま湯のような。さっきまでそんな夢見心地のまま過ごしていた。憧れの名もなき英雄と会い、見違えた友人とも再会出来た。この出会いが故に何度か命の危機に晒されたこともあったが、私の拍動は何故か揺らぐことはなかった。恐怖はあれど絶望は無かったから。

 しかし、今は夏。

 夏は夜だ。

 夜は輝く月や蛍が良いと清少納言は綴った。しかし、私はもう夜の輝きは愛せないだろう。

 なぜなら今、その輝きが私の理解の範疇を超えて絶望を与えているからだ。

 その少女はその体躯に似合わぬ重々しい拳銃を両手でしっかりと握り、不敵な笑みを浮かべて、私を見下ろす。


「──さようなら。おねぇちゃん」


 指が引き金に掛かった時、彼女を巻き込みながら韋駄天が通り過ぎた。


「お嬢ちゃん、今すぐこの部屋を出ろ!」


 彼は彼女の両手と首を押さえつけ、言った。

 私は未だにさっき感じた彼女の温もりと眼光が焼き付き、絶望に支配されていた。頭は出口のない迷路のように闇の中でぐるぐると回り、気が遠くなりそうだ。

 しかし、今の思考を整理すると体は存外動いた。死を体感するのに慣れたのだろうか? それとも彼の存在に安心したのだろうか?

 私はまるで痣だらけの歩く度に不思議と痛む足裏で地面を蹴り、廊下に飛び出した。そして、尻餅をつきながら背後を確認する。

 その瞬間、ナカケンさんの頭上の窓ガラスが割れて弾丸の雨が硝子を砕きながら彼に降り注ぐ。

 ナカケンさんはそれを持ち前のスピードで躱しながら後退した。


「お嬢ちゃん、このまま家を出るぞ!」


「は、はい!」


 私はナカケンさんに抱きかかえられながら、向かいの窓から飛び降りる。

 その時、振り向いた私の目が捉えたのは起き上がる得体の知れない彼女であった。

 降りかかる硝子が肌を切り裂き、血だらけになりながら彼女は笑っていた。

 大きく口角を上げ、歯を見せながら笑っていた。


 ──悪魔のように笑う天使の姿がそこにはあった。


 その光景が視界から消えるとナカケンさんはポケットから何かを着地点に投げる。

 すると、さながらポイポイカプセルのように大きく膨らんだ。

 そしてその横に着地し、私を抱えたまま車に乗り込む。


「お嬢ちゃん、少し飛ばすからしっかりと捕まっててくれ」


 そうとだけ言って、ナカケンさんはアクセルを踏む。

 すると、窓越しの光景はリニアに乗った時のように一瞬で無数の線となって消えた。

 坂道を一気に駆け下りる。やがて、車はヘアピンカーブに差し掛かった。しかし、速度は落ちる気配を見せない。むしろ、増していくのだった。


「お嬢ちゃん、突っ込むぞ!」


 ナカケンさんは普段とは違う鬼気迫る表情でハンドルを握り直した。

 さらにスピードを上げる前世紀の車。迫るガードレール。

 私が目を閉じて一秒、鈍い音を聞きながら大きく体を揺さぶられる。私は目を開くと目の前にはいつか見た黒一色の世界が広がっていた。

 そして、車体は徐々に傾くと地面に向かって急降下する。

 今度は上下に大きく揺さぶられると私は街灯の明かりが通り過ぎるのに気づいた。

 

 すると、ナカケンさんは呟く。


「まずい」


 彼はいつになく、余裕のない表情を見せる。


「……ナカケンさん。正直に言ってください」


「……」


 彼は黙り込み、口を一文字に結ぶ。


「あなたは一体、何を知っているんですか! 何を隠しているんですか!」


 ──そして、私は口にする。


「あなたは心葉ちゃんの正体を知っていたのですか」


 すると、彼は固く結んだ口を開き、答えた。


「……すまなかった」


「そうじゃなくて──!」


「──君にはもう隠さない、隠せない……。全てを話すよ」


 彼はそう言うと近くの路肩に車を停めた。

 そして、自宅のある高摩山を見つめると、少しづつ言葉を紡いでいった。


「さて、そうだな。まず言うべきはおチビちゃんの話だろう」


 たぶん、次で私は絶望する。海より深い深淵に沈んでいく。


「──彼女はアンドロイドだ」


 彼の口から放たれた衝撃の一言を私は薄々勘づいていた。いや、理解していた。ただ、認めたくなかっただけなのだ、事実を。


「……ナカケンさんは前から知っていたんですか」


 そんな言葉が口からこぼれる。この先の答えも私は理解出来ていたはずなのに。


「ああ、知っていた。始めから勘づいてはいた」


「じゃあ、なんで黙って見ていたんですか。早く言えば……」


「──早く言えば、どうだったって言うんだい」


 そうだ。


「早く言えばお嬢ちゃんが彼女を殺してくれたのかい?」


 私が彼女を人と見た時点で私には何も出来なかった。


「それとも疑いだけで俺に殺せと言うのかい?」


 友の子を殺せと私は遠回しに言っていた。その事に今、気がついた。

 そうか、だからナカケンさんは二人でいる時はよく心葉ちゃんに離れたのだ。もしも、離れてる間に自分の知らないところで死んでくれたら。そんな悲しい期待をナカケンさんは抱えてあえてナカケンさんは目を離したのだ。


「僕はロボットだからアンドロイドだからと割り切れない。あの時のおチビちゃんはちゃんと人だった。本当に泣いて怒って笑ってたように思う。だから無理だったんだよ」


「でも……」


 私は言いかけて口を噤む。


「いや、違う。あれはおチビちゃんじゃない」


 ナカケンさんは奥歯を噛み締めながらそう言いきった。


「あの時は、あの時の彼女はアイツだ。アダムだ」


「アダム?」


「ああ、20年前に最初に反旗を翻した人工知能だ。あいつは全てのロボットを管理する言わばロボットの王」


「ん? ちょっと待ってください。有害なロボットは10年前に滅せられたんじゃないの?」


 私が知る限りでは10年前に名もなき英雄によってロボットを完全に破壊したとなっているはずだ。そして、人類はロボットからの脅威から逃れ、地球を取り返したとしている。


「いや、ロボットは滅んでいない。正確にはロボットの自己生産機能を破壊し、ネット上に存在を閉じ込めた。というのが正確だ」


 ん? 私の頭上に疑問符が浮かぶ。


「具体的なことを言うと僕はアダムに敗北したのさ」


「──っ!?」


 その時、サラッと衝撃的なことを告げられた。

 ナカケンさんが、あの名もなき英雄が敗北した!? 化け物じみてて無双という言葉が相応しい。そんな彼が負けたのかと私は動揺を隠せずにいた。


「ははっ、僕だって負けるさ。僕だってそれ含めて二、三回は負けている。まぁ完敗って訳じゃなくて時間的な制約があってそれに間に合わなかったってだけだけどね」


 それでも驚きである。


「まぁともかく、本体を壊せなかったからその周辺機器を壊して回ったんだ。そして、後で人類はその時使われていたインターネット『オールドインターネットワーク』を放棄して、また新たなネットワークを構築した。それが今使っている『ニューインターネットワーク』さ。こうやってアダムを言わば封印と言える形で抑え込んだ。あとはアダムは何も出来ずに時が経ち、朽ちていくだけとそう考えていた」


 つまり、その過去のものであるはずのロボットの王様が心葉ちゃんの意識を乗っ取り、銃を構えさせたってことか。


「でも、なんでナカケンさんはそのアダムだと分かったんですか?」


 普通なら可能性はあるにせよ、極めて低いのだろうから疑わない。

 すると彼は頬を掻きながら言う。


「ああいう全部見透かしたような笑い方をするやつは俺の知る限り二人しかいない。まぁ正直な話、勘さ」


 勘なのね……。でもナカケンさんの話が事実だったとしたら。


「それって──」


「ああ、第二次人類抹殺戦争が始まった」


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