看板娘は口説けない
始まりはいつもと同じカランコロンという鈴の音。だが、今回は少し荒っぽく鳴った。
なんだかチャラい男二人組が大手を振って入店する。
「いらっしゃいませ〜。何名様でしょうか?」
私が尋ねると面倒くさそうに軽く舌打ちしながら答える。
「見りゃわかんだろ、二名様だ」
だから自称に様をつけるな! ──いや、この場合は威張ってんだから間違ってないのかもしれないな。
「ではお好きな席へどうぞ」
そう私が言うとその二人組はテーブル席にドカッと店内の雰囲気と全く合っていない物音を立てながら横柄に座った。
「こちらお冷と手ぬぐいでございます。ご注文がお決まりでしたらいつでもお申し付けください。ごゆっくりどうぞ」
一連の流れだ。正直言って早く失せろと思っている。
そして、その場を離れて10分程だった時、再びあの二人は喚き出した。
「おい店員! とっとと注文取りに来いよ!」
なぜいきなり呼びつける時の最終段階みたいな物言いしてんの? 私は心の中で中指立てながら笑顔で返事する。
「はい、かしこまりましたぁ~」
仕事だ。大人しく聞いておいてやろう。
「ブレンドコーヒーブラック二つ」
「ブレンドコーヒー二つですね。かしこまりました」
すると、何やらチンピラ2人が騒がしい。
「てか、結構可愛くね?」
今頃気づいたの。私は少し照れる演技をしながら控えめに。
「いえ〜、そんなことありませんよ」
「ねぇ、俺らにこの後付き合ってよ。いい事教えてやるから」
なぜこう男ってやつはバカなのか。私の胸をチラチラ見ながら鼻の下を伸ばして。何かする気満々であると言ってるようなもんじゃないか。
「いえ、仕事中ですから」
「だから俺らに付き合って俺らを楽しませろって。それが店員の仕事だろ?」
「いえ、当店はそのようなサービスは──」
「お前はお客様は神様だって言葉知らねぇのか? 接客やってんなら覚えた方がいいよ?」
舌だけはよく回るアホだ。関心はするが、いい加減うざくなってきた。
だから私は言った、接客業で最も言ってはいけないことを。
「お客様、神様には邪神様って言うのもいるんですよ?」
皮肉を言った。後先考えずに何をしてくるかわからない相手に向かって皮肉を言った。
そして、流石にこんな単純な皮肉ならチンピラも気づいたようだ。いや、気づいてしまったようだ。
「調子こいてんじゃねぇぞ、アマが」
やばい!
奴らは私の首に手を伸ばす。何をするのかわからない。首を絞めるのか、胸ぐらをつかむのか。はたまた無理矢理に私の肩を抱くのか。先の見えない、しかし確実に最悪が待っているこの状況に私は体が動かない。
――はずだった。
私の体は自然に動き、襲いかかる手を躱すと相手の頬をビンタしていた。
なぜか私は何も思わなかった。数ヶ月前は驚き、何もできなかったのに。いつの間に私はこんなに勇敢になったのか。自分でも不思議なほどだ。これもナカケンさんと出会ってから何度も命の危機にさらされた反動なのだろうか。嬉しいような、悲しいような……。
だがしかし、これで奴らの認識は制圧から喧嘩になった。もうさっきまでのように優勢を確信しての隙だらけの攻撃はしてこないだろう。こうなったらもう逃げるしかないか。
鬼の形相でこちらを睨むチンピラたち。今度は二人で拳を握っている。一人で精一杯なのに二人でかかってこられたらもうなす術がない。私は冷や汗をかきながら半歩下がった。
その時である。チンピラの背後から二つの声が襲った。
「君ら、若気の至りってのもいいけど程度ってもんがあるだろ。ここは店員をナンパするところでもなけりゃ、女の子いたぶるところでもないよ?」
「そもそもこいつをナンパしたことが罪だ。ここで死ね」
チンピラを見下すように二人は立っていた。
「なんだてめーら?」
チンピラ二人は振り返りさらなる形相で睨みつける。しかし、二人はチンピラどもに息もつかせず告げた。
「「ここでお茶してた自衛官だ!」」
彼らはチンピラの胸ぐらを掴み引き寄せると、逆の拳で顔面を一発殴った。チンピラは背中を地面に打ちつけながら倒れ込む。
「まぁ、自衛官としては取り押さえたりしたほうがいいんだろうけどやっぱり顔面に入れといたほうがスッキリするよね」
「そうですね。今日は休日ですし、自衛官として振舞わなくていいんじゃないですか?」
「だからってお前本気で殴ってないよな? 鼻とか折ってないよな!?」
「大丈夫ですよ。頬骨は少し心配ですが」
「大丈夫じゃないじゃん!」
だが、心配は無用なようでチンピラはすぐに起き上がり、吠えた。
「なんでこんな所に自衛官なんているんだよ! だけどお前ら、宮高生舐めんなよ!」
そう言って彼らはシャツの下から明らかに刃渡り10cm以上あるナイフを取り出して二人に向ける。
「こいつらマジでこれでどうにかなると思っているんですかね? さっきの一発くらって実力差とか測れないんですかね?」
「そりゃあどうにかなると思ってるからこっちに向けてるんだろ。宮高だのヤバ高だの言ってる奴は高校のネームバリューしか威張れるものがない雑魚だし」
地味にチンピラのメンタルを攻撃してくるな。
「てか、君らいいの? そんなのお巡りさんに見られたら大変だよ?」
「サツになんかバレなきゃいいんだよ!」
あの……。
「お二人さん、その刃渡りじゃあ銃刀法に引っかかりますよ?」
背後から投げかけられる声に苛立ちを顕にしながらチンピラは振り向いた。
「知ってるわ! だからサツに──」
「どうも、ここでお茶してたサツです」
そして、警視長さんの手もとにある警察手帳が開く。ははは、我が県の警察のトップでございますよ。警察本部長様でございますよ。なんか水戸黄門思い出すなぁ。
すると、チンピラ二人はナイフをやたらめったら振り回し、拓磨達を遠ざけると出口に駆け込んだ。しかし、二人は扉に手を掛けた瞬間、時が止まったかのように二人の動きがピタリと固まる。
そんな二人を背後から頭蓋を握り砕くのではないかと思えるほど力強く鷲掴みにされた。
「お前ら、俺の店を荒らしといてタダで帰れると思うなよ?」
その途端、彼らはガタッと肩から、足から、表情から、力が抜けた。そして、マスターはトランプタワーを立てるが如く、そっと、慎重に、鷲掴みにしていた手を離す。
すると、二人は力は無くもその場に立った。
また、操ったのか……。
「じゃあまずはお互い一万ずつ俺によこせ。今の所持金に一万以下でクレジットも使えないってやつはとりあえず今ある所持金の全額よこせ」
命令という名のカツアゲ! 約束された受贈の金だよ!
その時、マスターは笑った。福本伸行が書いた悪役の高笑いの如く邪悪に、耳に届きそうなほど口角を上げて。
「よし、じゃああとはどうでもいいな。お前ら適当に車に轢かれてこい」
マスターは相変わらずの笑顔でそう命じると、彼らはくるっと踵を返し、ドアを開けるとその場を去っていった。
……。
「マスター、車に轢かれてこいだなんて命令してもしも二人が死ぬなんてことになったらどうする気ですか!」
すると、マスターはプッと吹き出すように笑った。本当に笑いのバリエーション豊富にあるのにろくな笑顔がないな、この人は。
「ナカケンさんが言うなら分かるけどお前がそれを言うか! 考えても見ろ。今どき人を轢く車なんてあるか? 人工知能がマイクロチップの反応から事前に思考や行動を察知して絶対止まるし、なくても緊急回避機能で殆どの割合で止まってくれる。心配の必要なんてどこにある」
……確かに。今は交通事故なんて話は殆ど聞かないな。このご時世、容易に異世界に行けなくなっている。てか大昔のアニメ見ているのは私くらいのもので同世代の人間は大抵、子供を助けてトラックに轢かれて死んだ不運の弟も交通事故似合ったことで霊界探偵となった不良も「なんで車止まらないの?」とシンプルにリアリティのない話として処理されそうだし、車の前に飛び出して「僕は死にましぇーん!」と叫んで愛を告白するあの名シーンなんて「当たり前じゃん! ばっかじゃねぇの!」と大爆笑だろうし、それを真似して轢かれる猫の地縛霊に至っては「なんで生前から赤に近いオレンジ色なの?」って言われるだろう。……それは今も昔も同じか。
「強いて言うなら交通の妨げだがあれほど強く轢かれたいって思考してりゃ勝手に人工知能があいつらを避けて別ルート通るだろうしな」
「交通の妨げなんてされたらこちらが迷惑なので先に部下に連絡しときますね」
そう言って警視長さんは通話を始めたようだ。
それにしても無知って言うのは怖いものだ。自衛官と警視長と超能力者に向かって片っ端から喧嘩ふっかけるんだから。
「よし、それじゃあ行くか!」
ナカケンさんは突然立ち上がり、おかえりを宣言する。
「お会計は1600円になります」
すると、ナカケンさんは振り向いて言った。
「亜蓮、よろしく!」
まさかの人頼み! 最低だ!
そう言ってナカケンさんはドアをカランコロン鳴らしながら去っていく。
「あの食い逃げは俺の力じゃどうにも出来ないからな……」
ヴァルジアで唯一食い逃げできる人間というわけか……。
「まぁいいですよ。地球救ってくれた英雄の頼みですし。1600円でしたね」
そう言って警視長はにこやかに支払ってくれた。ナカケンさん、こんな横暴は普通許されませんからね?
すると突然、背後から大声で衝撃的な発言が飛び出す。
「よし、今日はこれで閉店だ! とっと食うもん食って飲むもん飲んだら出てけ!」
はぁ~!? この店の閉店時間は午後6時でしょ!? 客に向かって出てけってどういうつもり!?
「俺が出かけるんだから店を続けられるわけないだろ」
「それならそうと早く終わるってことを前もって──!」
すると、常連のおじいさんがにこやかに話しかけてきた。
「いいんだよ、お嬢さん。多分いつもの思いつきさ。私たちは慣れてるし大丈夫だよ」
慣れてるって……それダメだろ。
すると、マスターがカウンターの向こうを指差した。
「お前も今すぐ着替えてこい」
ほんとに閉店する気なのね……。てか私の給料は!? 想定よりも減っちゃうじゃん!
「心配すんな。これから行くところにお前がついてくれば払ってやる」
心を読んで声で返答するな! 給料について考えてるってバレちゃうじゃん!
× × ×
私は着替えて私服で店内に戻るとそこは開店前のような綺麗な状態に戻っていた。さすが今まで一人で切り盛りしていただけの事あって仕事が早い。
外へ出ると大きな背中が私を迎えた。
「お疲れ様、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんも一緒に行くかい?」
ナカケンさんの悪い癖として主語や目的語が抜けた状態で会話を進めるというのがある。今がまさにその状態だ。
「行くってどこに行くんですか?」
すると、背後から鈴の音と共に小馬鹿にしたような声が襲ってくる。
「お前、今までの話聞いててまだ理解できないのか」
「宮高の連中をシメに行くんだよ」
やっぱりそうか……。




