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Thank you for coming, Unknownhero

「ショータイムだ」


 ピエロがそう言うと後ろのスクリーンにナカケンさんと心葉ちゃんの姿が映る。


「二人に何する気? まぁ何してもナカケンさんがいる限り無駄だろうけど」


「別に何をしようってわけじゃない。少し思い出してもらおうと思ってね。かつての悪夢を」


 悪夢?

 その時、私は察した。また、私の知らないナカケンさんの過去が現れたようだ、と。

 画面の向こうではナカケンさんは心葉ちゃんの手を引きながら私が誘拐される前、最後に居たトイレの前でキョロキョロと私を探していた。

 ナカケンさん、確かに探すならそこなんですけど場所が場所ですし客観的に見ると不審者あるいは誘拐犯にしか見えません!

 すると、丸い耳のフェイマウスが滑稽な動きで二人に近づいてきた。

 そして、何やら手紙のようなものを差し出し、ナカケンさんがそれを受け取るとフェイマウスはそそくさと帰っていった。

 ナカケンさんは不思議そうにフェイマウスの背中を見ていると心葉ちゃんが必死に飛び上がりながら覗こうとする。

 それに気づいたナカケンさんは心葉ちゃんを肩車すると手紙を開いた。


『『わっ!』』


 画面越しにそんな声が聞こえた。何故か二人はビクッと飛び上がり、狼狽していたがしばらくするとナカケンさんは鬼気迫る表情へと変わっていった。

 そして、手紙をくしゃりと握り潰すと、ゆっくりと心葉ちゃんを降ろすと彼は言い聞かせるように話しかける。

 その声は声量の問題か何故か聞こえなかった。話が終わると心葉ちゃんはタッタッタッと走り出し、どこかへ行ってしまった。


「ナカケンさん、何やってんの!? 心葉ちゃん一人で行かせるなんてありえない!」


「いや、あの判断は正しいよ。迷う理由もない」


 ピエロは淡々と言う。

 何が正しいんだ? 心葉ちゃんがどこ行ったか分からなくなったり、変な人にからまれたり、一人で怪我したりしたらどうするつもりなんだ。

 ナカケンさんを訝しんで見ていると彼は走り出した。ジョギングでもするように軽く走る。それは徐々に速くなり、やがて人では辿り着くことができないであろう速度で駆け抜けていく。

 そんなスピードで走っている姿見たら名も無き英雄ってバレちゃうじゃん!

 しかし、彼は猪突猛進に真っ直ぐ走る。そして、目の前のフェイマススプラッシュパレード目掛けて突っ込んでいく。

 その時、パレードは最高潮。全員で水を掛け合うシーンだ。

 ナカケンさんはそのパレードの数十メートル手前で大きく飛び上がった。

 すると知ってか知らずか四方八方から水鉄砲の水がナカケンさん目掛けて飛んでくる。ナカケンさんは何故かそれをもう一度空中で飛び上がりかわすと数多の人と車とキャラクターの上を通り過ぎた。

 そして、パレードで集まった人集りを超えた人気ひとけの少ない地点に降り立った。

 その時だ。地面から水が噴き出し、ナカケンさんはその水を全身に浴びてしまっていた。


「アッハッハッハッハッ! 思いっきり水かかってる!」


 椅子に座って優雅に観覧していたピエロは肘掛けを叩き、両足をバタバタさせて抱腹絶倒していた。

 イタズラ小僧がターゲットを落とし穴に嵌めた時のように笑っていた。しかし、その笑いは無邪気でなく、むしろ邪気しか感じられなかった。

 この感じ、誰かに似ている気がする。しかし、その誰かが私にはわからない。

 ナカケンさんは全身水浸しでその場に立ち尽くした。


『……調子に乗るなよ』


 彼はボソッと呟いた。

 聞こえていないはずの声に反応したかのような物言いにピエロは少し硬直する。


 すると、ナカケンさんは俯いていた顔を上げた。

 そこには歯を食いしばり、物凄い剣幕で正面を睨みつけるナカケンさんの姿が映っていた。

 この世の憎悪を掻き集め、それを押し付けられたのだろうか? 彼の剣幕はそんな桁違いの憎しみがこもっていたように感じる。私に対する思いだけではない。そう思えて仕方が無い。

 そんな剣幕を目の当たりにしたピエロは爪先から頭頂部まで身震いさせてその目を見開くと目の前のコントロールパネルに飛びかかり、慌てて生体IDでログインする。そして、連打しながら操作すると最後に全てのボタンを全身を使って押した。

 画面の向こうではパーク中の特にナカケンさんのいる地点で一斉に水が噴射される。

 しかしその刹那、画面上からナカケンさんは消えた。


「っ!」


 ピエロは声にならない声を出すと下から爆発にも似た衝撃が響いてくる。

 普通ならさらに怯えるところだが、彼は一変して冷静に淡々と呟いた。


「やれやれ、早くもお出ましか。じゃあこれ以上荒らされても困るな」


 ピエロはカツカツと音を鳴らしながらこちらに向かってくる。そして、私の座る椅子の横に立つ。

 すると、私達の周囲は音もなく下に落ちていった。


「え、なにこれ!? なんで落ちてるの!? 勝手に音もなく落ちるだなんて不意打ちにも程がある!」


 私がパニクっているとクスクスとピエロが笑う。私がムッと睨みつけると彼は私の髪を撫で触り、鼻を近づけて大きく嗅いだ。

 は? なにやってんのコイツ?


「君の髪は実に良い匂いがする。そして、艶やかで綺麗だ。芸術的とさえ言える。奴が独り占めしたくなるのも頷ける」


「きっも! きもいきもいきもいきもい! あんた変態なんて属性までつける気か! もう充分キャラは立ってるから心配するな。むしろキャパシティオーバーだ!」


「なんだ褒めてるのに。嬉しくないの?」


「そんなに私の使ってるシャンプー絶賛されてもね。半笑いしかできない」


「いや、君から、君自身からかぐわしい香りがするんだよ」


 そう言って再び大きく深呼吸でもするかのように私の髪の匂いを嗅ぐ。


「きっも!!!」


 すると目の前が開け、だだっ広く何も無い体育館のような空間が広がっていた。

 ここでもほかの場所と同じように上のスプリンクラーから水が噴き出す。

 そして、私達の向こうには一人、水の滴る英雄が睨みつけていた。


「やぁ、|名も無き英雄《Unknownhero》」


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