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白雪姫

 なんなのあのピエロは?

 どこまでも不気味なピエロだった。とっても憎らしそうに笑っていた。憎いから笑うのか、憎い時に笑うのか分からない。無意識に笑っていたのか、意図的に笑っていたのか分からない。

 けれど、何やらただならぬ笑みであったことは分かった。

 すると目の前を大きな手が左右に揺れていた。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」


 気づけば横に行方不明だったオッサンがいた。


「……ナカケンさん、いつの間にやって来たんですか?」


「いや、さっき二人を見つけて声をかけたのにお嬢ちゃんだけ反応無かったから」


 え、マジで? ナカケンさんのあの馬鹿でかい声が聞こえてなかったの? かなり動揺していたってことか?

 

「それよりお嬢ちゃん。これからどうするんだい?」


「あー、そうですね──」

 

 今は11時半か。少し早いかもしれないけれどそろそろお昼の時間だな。


「どっかお店に入ってご飯を食べましょう」


「わぁーい!」


 いち早く喜んだのは十歳の小学生じゃなく、年齢不詳のオッサンの方だった。

 あんたの見た目で「わぁーい!」って……。

 私が自重しろと心の中で訴えかけるもナカケンさんはそんなこと知る由もなく、そのハイテンションのまま問いかける。


「それでどこのお店に入るんだい? 僕は和洋中どこでも構わないよ!」


「そうですね……」


 正直言って私もここへは来たことないし、遊園地自体あまり行かないから慣れないことばかりだ。しかし、遊園地が初めてのオッサンや十歳の子供に任せるわけにもいかない。

 故に私が考える。

 とりあえず、このフェイマスパークのレストラン、フードコートを検索。

 心葉ちゃんがいるんだから小学生が楽しめそうなところにしよう。ナカケンさんは恐らくそういう子供向けのところでも喜びそうだし、私も対してこだわりがあるわけじゃないし。

 そこから導き出されるのはフェイマスパークのマスコットが店長をしているというレストランだった。


「じゃあこの『フェイマウスのデリシャスレストラン』にしましょうか?」


「いいね、『フェイマウスのデリシャスレストラン』!」


「『フェイマウスのデリシャスレストラン』いきたーい!」


 ……自分で言っといてなんだが、なんだフェイマウスって……。しかも、説明欄には「フェイマスコット達との楽しい食事」とか書いてあるし……。この半日、『フェイマス』の文字を見すぎてちょっとゲシュタルト崩壊起こしてるよ。


 だが、元気なふたりはそんなこと全くないようで嫌な顔ひとつせずに鼻歌なんて歌いながら手をつないで歩み出していた。

 すると途中でピタッと歩みを止めて振り返る。


「それでどこにあるの?」


 知らないで歩き出していたのか……。


「……ついてきてください」


 

       ×  ×  ×



 そうして私達は、このフェイマスパークで一番大きいレストラン『フェイマウスのデリシャスレストラン』に向かった。

 ここはフェイマスパークの一番人気のマスコット『フェイマウス』が経営するお店(設定)である。


「「おおー!」」


 二人は店を見た途端、感嘆の声をあげる。


「お嬢ちゃん、あれがフェイマウスだよね!?」


 ナカケンさんの指差す先には大きな耳が特徴的な着ぐるみが燕尾服を纏い、入口で手を振っていた。


「そうですね」


 するとナカケンさんと心葉ちゃんが走り出す。

 そして、先に心葉ちゃんがフェイマウスの胸に飛び込む。


「わぁーい!」


 このレストランにして正解だったな。心葉ちゃんがとっても嬉しそうにしている。

 だが、その横で悔しそうにしているオッサンがいた。

 残念ながらあんたにお鉢が回って来ることはないよ。てか一緒にいる私が恥ずかしいからさせないよ。

 そうして、フェイマウスに笑顔を振りまかれながら店内へ入った。

 店は中世ヨーロッパの貴族が居そうな異国情緒漂う雰囲気だ。我々はその異空間に少し今を忘れる。何だか空気が違う。そんな錯覚に襲われる。

 まだお昼には早いのか他の客はさほど居らず、すんなりと席に座れた。

 私は座った途端、思わず「ふー」とため息が出てしまった。

 まぁ、色々あって結構疲れたからな。今日半日頑張った、私。

 すると、そそくさと店員さんがにこやかな笑顔でやってくる。


「いらっしゃいませ〜! こちらメニューになります。お決まりになりましたらご連絡下さい」


 そう言ってそっとメニューを三つ置いていった。

 そして、各々は目の前のメニューを手にし、暫しおもんぱかる。

 さて、どうしようか。最近はナカケンさんと生活してるからか野菜が不足してるからサラダと……、あとはアボカドハンバーグにしようかな。

 ……いや、ちょっと待て。野菜が不足していると言っているのになんでハンバーグにしているんだ私? アボカドが入っているからって惑わされるな!

 するとナカケンさんが心葉ちゃんのメニューを覗き込んでいた。

 自分の見ろよ、自分の。


「おチビちゃんは何にするか決めたのかい?」


「このは、このフェイマウスのにするー!」


「ほー、『フェイマウスのおまかせランチプレート』か。うーん、オジサン何にしようかな?」


 そう言ってナカケンさんはメニューをペラペラと右に左に何度も捲っていた。


「うーん、お嬢ちゃんは何にするんだい?」


「え? 私ですか? とりあえずアボカドハンバーグです……」


 なんだ『とりあえず』って。


「うーん、アボカドかー」


 そう言えば最近ナカケンさんと一緒に生活していて分かったことがある。その中でも一番厄介なのが迷い癖である。

 この程度のものだと大したことないのだが問題は高値のものや趣味に関するものである。

 まず自分の興味に問いかけるようで、何が欲しいのか、何が切り捨ててもいいものなのかで判断を下す。その後にお金との相談に入る。ナカケンさんは短期のバイトで荒稼ぎしてくることはあるものの基本的には無職だ。故に基本的にお金は減ってく一方。無くなるという恐怖心と手に入れたいという欲求。その狭間で長いこと揺れている。そして、それが終わるとついに二つ三つに絞られてくる。だが、それからが更に長い。それこそ一日使って悩んでいる時もあった。そして、最終的には「どちらにしようかな。天の神様の──」とかしだす。鉄砲撃ったり、もうひとつ撃ったり、柿の種付けたり、豆豆うるさかったり、ドンドコ言ったり、あべべのべとか意味わからない単語言ったり、プップップッとやかましかったりと忙しいこと忙しいこと。

 そして、今もその迷い癖が弱いながらも発動している。

 だが、ナカケンさんも一人だけ迷い続けるというのは気が引けるようで一分程の沈黙のあと苦渋の決断を下す。


「ぐぬぬ………。よし、決めた! もう変えないぞ! それじゃあお嬢ちゃん頼んでくれ!」


 決意が揺らがぬ内にとナカケンさんはやたらと早く呼ぶようにと急かした。


「はいはい。それで何を頼むんですか?」


「僕は『肉だらけ! 男のミックスプレート』にするよ」


 私はレストランの注文ネットワークにアクセスした。

 現代ではもう声で呼びつけるということはしない。というか会話すらも声で行うことは少なくなった。私はナカケンさんと会話するために話すが実は少し白い目で見られている。

 なぜ言葉を発さないのか。通信で済ませるのか。それにはいくつか理由がある。

 ひとつは情報の秘匿が容易に出来るからだ。情報がものを言う現代において他人に関係ない話を聞かせるという行為すらも情報漏洩と捉えるようになった。そのため情報管理という面で会話をやめた。

 あとは日本人の気質からして他人に会話を聞かれるというのは嫌なようだ。

 しかしこれでは白い目で見られる所以は無い。その理由は三つ目の理由にある。

 それはただ単純に迷惑なのだ。

 声というのは周りの人の耳に入ってくる。だからどんなに小さな声でもうるさい。特にこういうレストランのような関係ないグループが集まるような空間では特に煙たがられる。

 今どきこんな空間で声を大にして話すのは事件が起きた時、周りが近づかないように周知させる警察などの人間か、ただ悪びれたい不良くらいのものだ。


 さて、心葉ちゃんはフェイマウスのおまかせランチプレートで、ナカケンさんは肉だらけ! 男のミックスプレート。

 よし、それで私は……。

 私は、何にするんだ? アボガドハンバーグは一度否定した。もっと野菜のあるものを──。


「お嬢ちゃん、頼んでくれたのかい?」


「え? あ、はい!」


 思わず「はい」と返事してしまった。

 心葉ちゃんもいるしこれ以上待たせるわけにはいかないか。

 私は渋々アボガドハンバーグを選択した。

 はぁ……。よし、明日からダイエット始めよう!


 そして、ご飯が出てくるまでの間、私の向かいに座っている二人は楽しそうに雑談を繰り広げていた。

 ナカケンさんと心葉ちゃんはどこにそこまでの話のネタがあるのか疑問になるくらい止まることなく会話を続けている。

 私はその会話の輪から外れ、その様子を眺めていた。

 こうやって二人を客観的に見ていると何とも不思議な現実に理性的な自分がついていけていないことがわかる。

 もう最近は身近になりすぎて意識しなくなったけどナカケンさんは今もネットで議論になっている『名も無き英雄』で、超能力者で、その事は限られた一部の人間しか知らないんだよね。

 心葉ちゃんなんて数日前までは知りもしなかった赤の他人だったわけだし。

 そんな二人と共同生活しているなんて過去の私がどうやって想像出来ただろうか?

 他にもずっと会ってなかった拓磨とも再会したし、警視長さんや超能力者のマスターさん。ここ最近、色々な人達に会いすぎだ。

 そして、ここ最近は非日常が日常に変わりすぎだ。

 すると、ナカケンさんがこちらを向いてパンフレットを私に見せた。

 今どき紙のパンフって……。


「お嬢ちゃん、これからどこ行こうか? おチビちゃんは『フェイマスパイレーツのゴムゴム冒険記』に行きたいっていってるけど」


 おい、有名なゴムの海賊ってどっかで聞いたことあるなんてレベルじゃないぞ。


「じゃあそこにしましょうか。……あ、でもそこ結構人気だから日中は少し混んでいるかもしれないですね」


「じゃあ別のところに行ってからにするかい?」


「いや、今が昼食としては早いので早めに食べて行けばお昼時と重なってあんまり並ばないかもしれないです」


「さすがお嬢ちゃん。考えてるね。じゃあそれでいこうか」


 そう言って私達のプランが決定するとタイミング良く店員さんがやってくる。


「お待たせ致しましたー。サラダとフェイマウスのおまかせランチプレートと、アボガドハンバーグです」


「わぁ!」


 心葉ちゃんはまるで3分クッキングの助手のアナウンサーの如く両手と口を広げた。

 そして、目の前にそれぞれの料理が置かれる。

 おお、ボリューミー……。

 しかし、やっぱり美味しそう!

 サラダもあるし、この程度じゃ問題ないよね!

 ただ単に私はそんなことを考え、呆気に取られていただけなのだが食べもせずに眺めていた私に気を遣ったのかナカケンさんは催促する


「ほらお嬢ちゃん。冷めないうちに食べな!」


 すると、店員さんが再び声をかけてきた。


「お待たせ致しましたー。肉だらけ!男のワイルドプレートでございます。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


 私が軽く返答の会釈をすると帰っていった。


「おお、美味そう!」


 ナカケンさんはそう言うと声高らかに言った。


「いっただきまーす!」


 すると、真似して心葉ちゃんも。


「いっただきまーす!」


 やめて! もう少し声のボリューム落として! ただでさえ冷たい視線が更に殺傷性を増した気がするよ!

 ……でもまぁいい。もう慣れた。

 私は周りを無視してナイフとフォークで切り分けるとハンバーグを口に入れる。

 ハンバーグのジューシーな肉汁とガツンとしたBBQソースをクリーミーなアボガドが包み込んで絶妙なハーモニーを奏でている! まぁ要するにすごい美味しい!

 

 その瞬間、我々はただご飯を口に放り込むだけの機械と化す。

 黙々と変わらぬスピードで食べ続ける。

 は、箸が止まらない……! まぁナイフとフォークだけど。

 そして、気づけば皿に盛られていた料理の数々は消え失せていた。

 

「はぁ、美味かった!」


 ナカケンさんはシーシーと爪楊枝で歯を掃除しながら眉を垂らして言った。


「ナカケンさん、あんまりシーシーしない方がいいですよ? 嫌な人もいますし」


「何言っているんだい。ならいつまでも舌で上の歯を撫でてて欲しいのかい?」


「いや、それも嫌ですけど」


「ならこれしかないよ。爪楊枝は正義さ!」


「ならせめて手で隠してください!」


「わかったよ」


 ナカケンさんは渋々承諾すると肩を丸めて口元を手で隠してから再び始めた。

 ……こっちから要求しておいて申し訳ないけれどナカケンさんみたいな大男が小さくなっているのは、なんか……わ、笑える!

 私は口角が上がるのを必死に堪えるも、どうしても肩が笑ってしまう。

 すると不思議そうにナカケンさんが尋ねてきた。


「どうしたんだいお嬢ちゃん?」


「い、いえ。な、なんでもありません……!」


 ふぅー。危なかった。思わず笑いが零れるところだった。


「そうかい。さて、それじゃあそろそろ行こうか」


「そうですね」


 するとナカケンさんは千円札を二枚といくつかの小銭を私の前に出した。


「なんですか、これ?」


「お嬢ちゃんは頭の中で会計済ませちゃうだろ? だから僕とおチビちゃんの分のお金」


「いや、いいですよ。帰ってから貰います」


 私がそういうもナカケンさんは珍しく食い下がる。


「いやいや、僕が忘れちゃうかもしれないから」


「だからいいです。私が覚えてますから。それに今渡されても財布持ってないので保管できないんですよ」


「……そうかい」


「そうです」


 私はそう言うとキャッシュ決済で会計を済ませてから席を立った。


 

       ×  ×  ×



 私達が店を出ると外には長蛇の列が出来ていた。


「うひゃー! だいぶ並んでるね」


「良かったですね、早く来て」


「全くだよ。まぁそれより早くフェイマスパイレーツのゴムゴム冒険記へ行こうか」


 そうして我々はパークの北東に向けて歩き出した。

 空を見れば太陽が燦々と輝き、我々を照らす。騒がしくも和やかな遊園地。

 だが、その雰囲気のお陰なのか私は不測の事態に陥ってしまった。具体的に言うと店を出てすぐにも関わらずお花を摘みに行きたくなってしまった。


「あのー、ナカケンさん。私少し用があるので先に行っててください」


「ん、どうしたんだい? トイレかい?」


 このオッサン……。こっちが遠回しに言ってる事を躊躇いもせずに……。

 私が睨みつけるとナカケンさんは目を逸らす。


「ともかく心葉ちゃんお願いしますね!」


 そう言って私は踵を返す。


「おねえちゃんどこいくの?」


「おねえちゃんはね、トイレに行くんだよ」


「トイレに行くんだー!」


 このオッサンは……! あと心葉ちゃんは復唱しないで!

 まぁともかく私はトイレへ歩み出す。だが、その足はなんだか覚束無い。

 ちょっと疲れすぎかな? 私も思いのほかこの遊園地ではしゃいでしまったからなー。


 始めはそんなふうに楽観視していたが少しずつその異常性に気づいてくる。

 自然と口が少し開き、上顎に重なっていた舌が口内のどこにも触れなくなる。舌がなんだかピリピリと痺れてきた。

 やばい、やばい、やばい。これは人生初めての感覚だ。

 そう思うと次に意識が朦朧としてくる。視界から色が消え、白一色に染まった。そして、ついには平衡感覚が保てなくなる。

 ダメだ。倒れ────…………。




 

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