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急降下する世界

 青い空! 照りつける太陽!

 花は落ちたが代わりに草木は勢いよく枝葉を伸ばす。

 なんて素晴らしいのだろう! これぞ日本! 日の本の国、素晴らしきかな!

 私は両手を広げ、天を仰ぐ。


「じゃあ次はどこへ行きましょうか?」


 振り向くとナカケンさんと心葉ちゃんは小走りで追いついてきた。


「お嬢ちゃん、外の光が見えた途端に突然走り出さないでおくれよ。あとやたらと元気だね。いいことだけど……」


「心葉ちゃんはどこ行きたい?」


 すると心葉ちゃんは叫び声の響く空を指さした。


「心葉ちゃん、ジェットコースター乗りたいの?」


 私が尋ねると、「うん!」と元気よく答えた。

 

「おー、ジェットコースターかー」


 ナカケンさんは心葉ちゃんの指差す先を見つめ声を漏らす。


「僕、ジェットコースターって乗って見たかったんだよねー!」


「は? ナカケンさんジェットコースター乗ったことないんですか!?」


 こんな遊園地のメジャーアトラクションをいい歳したオッサンが一回も乗ったことないの?


「ああ、というか遊園地に来たのも初めてだよ」


「えぇ!?」


 嘘でしょ!? 児童養護施設に入っていた私ですら行ったことあるのに!

 特にナカケンさんの青少年期だと思う30年前くらいは遊園地の人気が再熱し、フェイマスパークを始め、多くの遊園地が新たに出来た年代。この世代の人が行ったことないなんてどんだけ世間知らずなの?

 私がひとしきり驚いているとナカケンさんは少し首を傾げる。


「そんなおかしなことかな? まぁいいや。そんなことより早くジェットコースターに乗ろう! どんなものなのか楽しみなんだよ」


「でも私が思うにナカケンさんは面白くないと思いますよ。普段から同じようなことしてますし」


 すると彼はキョトンとした。


「いつも同じことしてるってどういうことだい? そんなことしてないと思うけど」


「だっていつも地上何メートルを飛んでいるんですか? あんなのいっつも体験してる人がこんなもので怖がるわけがないじゃないですか」


 すると、ナカケンさんは「はぁ〜」とウザったらしくため息を吐くとやれやれと掌を上にして手を持ち上げる。


「お嬢ちゃんは分かってないなぁ。確かにそうかもしれないけれどまだ僕にとっては未知のものなのだから乗る前にそういうこと言うのは野暮ってもんだよ。それに自分がコントロールしてるかしてないかでかなり違うと思うよ?」


 そう思うならもう少し私に恐怖心を与えない手段を選んでよ……。というかあの大ジャンプしないで。


 まぁそれは置いておいて、私はちゃんとつまらないと忠告した。もうこれで文句言われる筋合いはない。あとは思いっきり楽しむだけ!

 と、思っていたのだが。


「……お嬢ちゃん、すごい列だね」


「ですね。さすがフェイマスパークの人気アトラクション『フェイマスマウンテン』」


 これだとだいぶ待ちそうだな。心葉ちゃん大丈夫かな?

 私は屈んで心葉ちゃんの目を見て問いかける。


「心葉ちゃん。ジェットコースターに乗るまでに少し時間がかかると思うけど待てる?」


「うん!」


 彼女は元気よく返事する。

 まぁ本当に待てるかは分からないけど本当に乗りたいようだし待つか。

 すると、ナカケンさんは心葉ちゃんの頭を優しくポンポンと叩いた。


「よしよし、いい子だ。ちゃんとお行儀よく待っていような」


「うん!」


 心葉ちゃんはまたしても元気よく返事すると、上で走っているジェットコースターを再び興味深そうに見つめていた。

 そして、ナカケンさんも重なるようにしてオッサンにあるまじきキラキラした視線を送っていた。

 そんなに行きたきゃ私達なんて巻き込まずに一人で行けばいいのに。まぁオッサンが一人で遊園地に行くっていうのも勇気いるか。

 とはいえ、そう言う私もこれに乗るのは初めてだ。

 この『フェイマスマウンテン』は今までの伝統的なジェットコースターの楽しさを残しながらも今までにはないさらなるスリリングを楽しめるアトラクションとして登場した。

 まず一つ目の富士山をモチーフにした大きな坂を登る。そして、一気に下るとその勢いのまま180度Uターンしながら更に大きな坂を登る。本来なら減速して落ちるところを途中にあるブーストレーンで更に加速されるというのが何とも悪質である。そして登りきると葛飾北斎の有名な浮世絵、神奈川沖浪裏を表現した内側へ抉るように落ちていくゾーンを過ぎる。そして、富士五湖がモチーフの5つの輪を回り、最後に夏限定のウォータースライドで水の中に突っ込んでやっと終わる。

 なかなかにハードで盛りだくさんのアトラクションである。

 ……心葉ちゃん大丈夫かな?

 私ですら考えててちょっと怖いと思う程なのに10歳の子供にはちょっと早いんじゃないかと思う。

 しかし、こんなに楽しみにしているし、今更ダメとは言えないよな……。

 私はそんなことを考え、悩み抜いていると、いつの間にやら列の先頭が見えるほどまで進んでいた。

 一組、二組と前が減っていくとついに私たちの順番がやってくる。

 まずワクワクしている心葉ちゃんが一目散に飛び乗る。その次に前に立っていた私が流れで乗ると、ナカケンさんは心葉ちゃんの後ろの座席に座った。

 そして、全員が乗ると上がっていたバーが自動で降りてくる。

 すると、何やら斜め後方から叫び声が聞こえる。


「え? なにこれ!? これじゃ動けないじゃん!」


 動かないようにしてんだよ! 全員が全員、あんたと同じ体の頑丈さ持ってると思うなよ! あと、恥ずかしいので叫ばないでください。


「……壊すか?」


 やめろ。声音を低くしてボソッと言うな。警察に突き出すぞ?

 そんな不安そうなナカケンさんとその彼に一抹の不安を覚える私をよそにテンション高いフェイマスマウンテンのスタッフが我々を送り出した。

 ガタンガタンと現代の技術力舐めてんのかってくらい揺れるコースターがゆっくりと上り坂を登っていく。

 背中は日常生活ではありえない角度で押され、やがて目線が普段と同じ水平となる。だが、高さは同じでなかった。


 ──カタン。


 その時、背中からの圧力も、前からの風も止まり、様々なアトラクションとミニチュアのような人々が眼下に広がった。

 そうかそうか、この遊園地はそういうことをする遊園地なんだね。

 頂点で止まって、一秒。二秒。三秒。

 カタリカタリと傾き始め、私は妙な既視感を覚える。

 なんかこの感覚、最近しょっちゅう体験している気がする。

 そう思った刹那、コースターは一気にレーンを駆け下りる。風が顔を吹きつけ、髪が煽られる。

 だが、それだけでは許してくれない。

 身体はその勢いのまま、横に傾き、再び坂を登る。

 ……もう、好きにして。

 私が放心状態で思うと、世界は反転する。文字通り上は下になり、下は上になった。

 更に加速しながらコースターは抉るように下っていく。するとまたしても横になり、一回転、二回転、三回転、四回転、五回転。

 目が、目が、目が回る!

 やっと収まり、前を向くと間髪入れずに前から波が我々に襲いかかってくる。

 水は顔面を打ちつけ、全身に覆いかぶさるようにしてかかった。


 なんだこの仕打ちは……。

 普段、ナカケンさんに運ばれる時ほどのスリリングはないし、回転したりはしたけど目が回って気持ち悪いだけだし、何よりビショ濡れだよ……。雨合羽買っておくべきだったか。このままじゃあ、身体濡れたままだし、何より服が少し透けてる!

 私は手持ちの鞄で前を隠すがそんなことをいつまでもやっているわけにも行かないし……。

 すると、何だか身体が乾き、服に染み込んだ水分が抜けていく感覚がある。

 私が服に再び視線をやると透けていたはずなのに、もう乾いて濡れる前の色に戻っていた。

 どうなってるの? 水じゃない別の液体で濡れてもすぐに乾くようになっているのかな?

 まぁよく分からないがこれでひとまず安心だ。私は心葉ちゃんの手を引くとコースターから降り、後ろの座席を訪ねた。

 すると、そこではナカケンさんが何かを確かめるように手を開いたり、閉じたりしていた。


「……ナカケンさん?」


 私が話しかけるとナカケンさんはバッと勢いよくこちらを振り向き、興奮気味に言った。


「お嬢ちゃん、ジェットコースターってすごいね!」

 

 なんだ、楽しかったのか。何やら心葉ちゃんもコースター乗ってる間も今もキャッキャと楽しんでいたようだし、もしかしたら一番怖がっていたのは私かもしれない。

 まぁ何より二人とも楽しんでいるようで何よりだ。


 だが、その時はまだ、知らなかった。

 この遊園地に潜む罠とそれを策謀する悪魔の存在を。

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