今日の予定は突然に
「ジェットコースター!」
「観覧車ー!」
「ゴーカートー!」
「お化け屋敷ー!」
さて我々は今、遊園地に来ています。
「お嬢ちゃん、早速遊園地を満喫しよう!」
「あ、はい、ちょっと待ってください」
なんで金なしオッサンと貧乏学生と幼女でここへ来ているのか。始まりは今日の朝まで遡る。
× × ×
あの夜の、あの戦闘の後、私とナカケンさんは心葉ちゃんを迎えに行った。そして、念の為にナカケンさんの家で一晩過ごした。まぁ心葉ちゃんの帰る場所が無くなってしまったというのもあるのだが。
あれから数日。なんだかんだで私と心葉ちゃんはナカケンさんの家で居候していた。
何故かと問われれば心葉ちゃんの保護者がいなくなったからだ。詳しいことは知らないがとりあえず無駄に家の広いナカケンさんの家に居候してナカケンさんが面倒を見るということになったのだ。だが、それでは心配極まりない。食生活、生活習慣、貞操。どれも心配である。
と、言うことで監視役として私もしばらくの間はここで暮らすことになったのだ。
「おはようございます、ナカケンさん」
「あぁ、お嬢ちゃんおはよう」
ナカケンさんは洗面台で口に泡を蓄えて歯を磨いていた。彼は毎朝、朝ご飯を食べる前に歯を磨くのが習慣だそうだ。磨かないと気持ち悪いんだとか。おかげで私も朝に磨く習慣が付いてしまった。
洗面台のコップから中に入っている歯ブラシを手に取った。軽く水でブラシを濡らし、歯磨き粉を付ける。
「そう言えばナカケンさん」
「ん?」
ナカケンさんは間の抜けた声で返答する。
「結局、心葉ちゃんの事件はどうなったんですか?」
「あぁ、あれか。なんだかよくわからないんだよね」
シュコシュコとブラシの擦れる音をさせながら私達は会話を続けた。
「分からないってどういうことですか?」
「意味のままさ。何もわからないんだよ。誰がやったのか。何が目的なのか。死体が誰なのかってことすら死体がぐちゃぐちゃで分からないらしい。いつの間にか僕らの冤罪もなかったことになってるし」
「死体とかぐちゃぐちゃとか言わないでください。朝から気分が悪くなりますから」
「すまんすまん。でも、言わせたのはお嬢ちゃんじゃないか」
私が悪いって言いたいのか? このオッサンは。
睨みつけると気圧されてナカケンさんは小さくなった。
それにしてもナカケンさんの言っていることが事実なら不可解だ。あんなミサイル持ってるロボットを使ってまで捕まえようとしたのに数日経てばお咎め無しとは。警視長さんが冷静になってごまかしてくれたのかな? でもそれだと脱走の事実はどうやっても説明出来ない。それにナカケンさんは冤罪がなかったことになったと言った。冤罪がなかったってことは容疑者であったこと自体が無くなったという意味に聞こえる。ということは一度捕まったという事実が無くなったのか? マスターさんの暗躍とか? でも警察官全員の頭掴めるかな? その前に公務執行妨害で捕まりそう。あの効率性だと取り囲まれたら太刀打ち出来なさそうだし。
うん、分からない。でも喫緊の課題は解決したようだし。心葉ちゃんの家の事件は警察が解決させるだろう。
「お嬢ちゃん、僕からもいいかな?」
「なんですか?」
「蒼が言っていた能力の話なんだけど実は僕の能力はね──」
「『強化』ですよね?」
そう言うと、ナカケンさんは目を見開いてこちらを見た。
その時、私は察した。
当たりだなこれ。
「……そ、蒼から、き、聞いたのかい? でも、蒼は言ってないって言ってたし、このことは亜蓮にも言ってないし……分かった、瀬尾さんか!」
ナカケンさん、動揺が全く隠せてませんよ。たぶんこの調子だとこれから言う言葉聞いてまた驚くのだろうな。そう予想しつつ私は告げる。
「いや、他人から聞いたわけではなく予想で言いました」
すると、ナカケンさんはあんぐり口を開けて手からは歯ブラシが落ちる。
「……う、うそ……!」
本当にこの人はリアクションがオーバーだな。大袈裟過ぎて逆に驚いているのか疑わしいレベルだよ。
「怖い! 察しが良すぎて怖いよお嬢ちゃん! こんな感覚に襲われたのは瀬尾さん以来だよ!」
そんなにすごいかな? あの人ならもっと見透かしてほくそ笑んでいそうだけど。
「じゃあ正解なんですか?」
「うーん、合っているか合っていないかと言えば合っているんだけど、それだけじゃないから半分正解半分ハズレってところかな?」
「どういう事ですか?」
「俺は蒼とは違って能力をたくさん持ってるんだよ。だから『強化』は俺の能力の一つではあるけれど全てじゃないってことさ。考えても見ろ。『強化』じゃ兄ちゃんの盾を壊した時みたいに綺麗に壊せないだろ?」
「でも分子の反発力を強化すれば可能なんじゃ……」
とはいえこれを引き合いに出しているのだからあの現象はその違う能力で行ったのだろう。
「そうなのか、お嬢ちゃん頭良過ぎてオッサンにゃ分からないよ」
ナカケンさんはそう言うとコップに注いだ水で口を濯ぐと台所へ向かった。
恐らく朝食をいつもの調子で作るのだろう。あれでも朝食だけはあっさりしたものがいいようでご飯に味噌汁お漬物と日本の和食のお手本のようなご飯を作る。まぁ任せても大丈夫だ。ここ数日で理解した。私はその間に心葉ちゃんを起こしに行こう。
私もナカケンさんと同じように歯を磨き終え、口を濯ぐと二階の寝室に向かった。
二階は私と心葉ちゃんの寝室がある。ちなみにナカケンさんは一階だ。流石に一緒に寝かせる訳にはいかないし、私もナカケンさんと寝たくない。いびきとか凄そうだし。
私は寝室の前まで行くと音を立てないようにゆっくりと扉を開く。
その先には大きな掛け布団に抱きついて、体に巻きつけながらうずくまっている小さな天使が身体と同じくらい小さな寝息を立てていた。
「こにょ……ぉにゃ……すぃた…………」
何この生物! めっちゃかわいい! たぶん「心葉、お腹空いた」って言いたかったんだよね!? なに『こにょ』って!? この子は殺しに来ているのか!? 私を萌え殺しに来ているのか!? ──落ち着け私。こんなことではこれから幾つ命があっても足りないぞ。動じるなかれ。平常心平常心。
と言いつつも身体は正直でいつの間にやら心葉ちゃんの枕元まで歩み寄ってしまっていた。
私は心葉ちゃんの顔をマジマジと見る。これは仕方のない事だ。だってかわいいんだもん。
こうしてよく見てみるとほっぺたが真っ赤でとっても柔らかそうだ。
だから私は、これまた仕方なく心葉ちゃんの頬を指で突っついてしまっていた。
すると、心葉ちゃんは頬に押し当てる私の指を掴むと思いのほか力強く引っ張り、そのまま咥えて吸い始めた。
はぅわ! この子、前から10歳にしては言動も態度も幼いと思っていたけれどまさかのおしゃぶり! かわいい! 可愛すぎる! これが噂の無垢なる魔性というやつか! まったく、小学生は最高だぜ!! いかんいかん、使用方法を間違えた。このままだとネットで叩かれちゃう!
気づけばナカケンさんだけでなく私まですっかり心葉ちゃんに篭絡されていた。
すると心葉ちゃんが目を擦り、閉じようとするまぶたに必死に抵抗していた。
「……ママ?」
私の人差し指から口を離すと心葉ちゃんは呟いた。彼女は私が起こすといつもそう言う。私達は『ママとパパは遠いところに行っちゃったんだよ』と曖昧でありふれた言い方で誤魔化している。この歳じゃまだ両親の死は受け入れられないだろうし。でも私と同じようにずっと居ない状態で暮らしているうちに居ないのが当たり前になって、そのうち自然と察する時が来るだろう。それまではこの台詞で誤魔化しつつ待とう。そう私とナカケンさんで決めた。
「……おはよう心葉ちゃん」
だから、私はあたかも聞いていなかったかのようにそっと話しかけた。
すると、心葉ちゃんは誰か理解したのか否か、ムクリと起き上がり一言。
「おなかすいた」
「今、ナカケンさんが作ってるからすぐに食べられるよ」
そう言うとタイミング良く下からうるさいくらいに大きい声が聞こえる。
「お嬢ちゃん、おチビちゃん。そろそろ朝飯できるよー!」
「ほら行こう、心葉ちゃん」
私は心葉ちゃんを着替えさせると階段を下り、ダイニングキッチンへ向かった。
「おはようおチビちゃん。いっぱい食べな!」
「オジサンおはよー」
簡単な挨拶を二人は交わすと全員で席に着いた。
ナカケンさんは今日も和食を用意していた。先程言ったように和食のお手本のような見事な朝食だ。
私達は食卓の前で手を合わせると声を揃えて言う。
「「いただきます!」」
私は最初に味噌汁に手をつけ、ほっこり。そして、メインへと手を伸ばす。今日は目玉焼きだ。クリっとした黄身の上に醤油を垂らす。すると滑るように醤油は広がり白身まで届く。私は黄身を崩しつつ、白身にそれを纏わせながらご飯と一緒に食す。そして、お新香。さらに再びの味噌汁。これを繰り返して食べていた。
一方、ナカケンさんは豪快でまずソースを多めに目玉焼きかけるとまず黄身と白身の境目を箸で切る。分かれた黄身を箸ですくい上げるとそのまま一口で放り込んだ。そして、すかさずご飯を掻き込む。その後処理のように白身を食べると味噌汁、お新香と一品ずつ食べていく。漬物がお新香としての意味を成していないことをこの人は理解しているのだろうか?
そして、心葉ちゃんは特に考えがあるようではなく、私を見て醤油をかけたり、ナカケンさんを見てソースをかけたり、塩コショウをかけてみたりとかけにかけると黄身をつついたり、白身を食べたりと自由に食べていた。だが、ついにご飯と目玉焼きを交互に食べるのもめんどくさくなったのかご飯に乗せて混ぜて食べるようになった。
ホントに目玉焼きの食べ方一つでこんなに性格が出るとは……。
私達は思い思いの食べ方で箸を進めているとナカケンさんが突然、私に尋ねてくる。
「お嬢ちゃん、今日バイトないよね?」
「はい。というか最近休むことが多くなったのでバイト一つ辞めようかと思ってるんですよね」
「ありゃま、そうなのか。じゃあちょうど良かった」
良くねぇよ。あんたのせいで休んでんだよ。まぁ私が勝手に付いて行っているのだから声に出して文句は言えないのだが。
「今日、遊園地に行かないかい?」
「は?」
「ゆうえんちー!」
心葉ちゃんは無邪気に喜んでいるがなんで遊園地? 私は突拍子のない発言に困惑していた。
「なんで突然遊園地行こうだなんて──お金あるんですか?」
「ああ、そこは心配しないでくれ。ちょうど無料招待券があるんだよ。だから一緒にどうかなーって。僕一人じゃ行かないからさ」
「いくー!」
心葉ちゃんがかなり乗り気だし、ここで行かないとは言えないだろう。
「わかりました。お金の心配がないならいいですよ」
「「ヤッター!」」
心葉ちゃんとナカケンさんはハイタッチして喜んでいる。
ナカケンさんも一人じゃ行かないけど行きたかったのね。
「それじゃあ遊園地へレッツゴー!」
「ゴー!」
「ゴ、ゴー……」
ダメだ。このノリについていけない。




