Let's go 『Cafe Vardzia』
「まずいまずいまずい!」
私が呆けていると警視長さんが先程のナカケンさんの如く叫び出した。
その声に警察官達はぎょっとしてこちらに注目を集めた。
警視長さんはそれに気づくと少し顔を赤くして大きく咳払いをする。
「何でもない。早く捜査を続けろ!」
誤魔化すように声を荒げて言うと警察官達は少し戸惑いながらも言われた通り捜査に戻る。
それを見計らい、警視長さんはこちらを見た。すると誰か知らない番号から電話がかかってくる。
『もしもし、相澤です。突然申し訳ありません』
どうやら相談事のようだ。よく見たら回線自体が違うらしい。いわゆる極秘回線というやつか?
『いえ、大丈夫ですよ』
『これからの事なのですが──』
やはりそう来たか。まぁこの事態は予想していたようでどこかでどうにかなるのではないかという楽観的な考えがあったから正直言ってなんにも考えてない。
『正さんは何かナカケンさんから合図とか受け取ってないですか?』
『合図……ですか?』
そんなもの送ってたかな? 例え送っていたのだとしても気づくことが出来てない。
『あの人は昔はよくハンドサインとかで敵にばれないように指示出していたんですよ。私はそれを探していたんですけど分からなかったのでてっきり正さんに出したと思っていたんですけど……』
『すいません。私も分からなかったです』
こう答えると警視長さんは悩みつつ頭を搔く。
このままじゃまずいのだろうなぁ……。
私は何故か他人事のように思いつつ墨流しの空を仰ぐ。
薄暗い。感想はそれだけだ。ただただ薄暗いを見つめていた。心葉ちゃんの温かく柔らかい手を握りながら、何を考えるわけでもなく、答えを求めるように放心していた。
すると空から何やら白い物がひらりひらりと落ちてくる。まるで雲の皮が剥がれ落ちたかのようだ。
私はそれを掴み、眼前へ持ってくる。
「なんですかそれ?」
警視長さんは私の背後から覗き込む。
「どうやら地図見たいですね」
だがその地図は少し不思議だった。なぜならとても正確な地図のようだが印刷ではなく、ボールペンで書いてあるようだからだ。そして何より変だったのは一番上の横一列に書かれた文字にあった。
『ここへ向かえ!』
ただこの一言だけが大きく書かれていた。
「これはもしかして……」
「はい、おそらく……」
──ナカケンさんの合図だ。
だとすれば彼はこの地図の示す先に向かえと言っているのだろう。てかいつの間に書いたしこれ……。
「それにはどこに向かえと書いてありますか?」
私は行き先を探した。目で地図上に書いてある経路を追う。そして、その終着点にはこう書いてあった。
「『Cafe Vardzia』って書いてありますね」
なぜヴァルジア? ヴァルジアといえばトルコの国境近くにあるジョージアの遺跡が有名な所だが日本じゃあまり有名ではないしカフェとの関係性もイマイチ掴めない。
私が疑問に思っていると警視長さんは突然「そうか!」と叫んだ。
「何か分かったんですか?」
「はい! さすがナカケンさんです。相変わらずとても思慮深い方だ」
何やらあのオッサンが絶賛されているが私からすると全くわからない。
どういう事ですか、と私は尋ねようとした。しかし警視長さんは間髪入れずにこう言った。
「とりあえず時間がありません。早速そこへ行きましょう!」
そうして彼はいわゆる覆面パトカーを誰からか借りると私の前へつける。仕事早すぎやしませんかね?
「乗ってください!」
「はい」
私はこう答え、後ろを振り向く。
「それじゃあ心葉ちゃ──」
しかしそこには誰もいない。
……う、嘘……でしょ……? ドタバタしていてすっかりほったらかしにしてしまっていたがまさかどっかいっちゃうなんて! どうすればいいの!?
すると車から声が掛けられる。
「まさかどこかへ行ってしまったのですか?」
「は、はい……」
すると彼はパトカーから降りると上に乗っかったサイレンを外し、こちらに歩み寄る。
「なら幸奈さんはあの車で『ヴァルジア』へ向かってください。設定はしてあります。店のマスターにナカケンさんの名前を出して助けを求めれば手伝ってくれるはずです。あの子のことは任せてください。こちらで探し出しますんで」
そう言って私の背中を押して、車へ半ば強引に乗らせた。
「ではご武運を!」
すると車は勝手に走り出す。あの事件現場は右から左に流れ、敬礼する警視長さんが遠のいていく。
なんで私にそんな全幅の信頼を置けるの?
そして、視界の端にこの車の使用者権限が渡されたことを知らせる表示が現れる。
仕方ない。ここまで来たらもうやるしかないか……。
× × ×
そうして勝手に進む車に揺られて向かった先は坂織宮の北、ナカケンさんの家のある高摩山の麓の通り沿いにポツリと建っている木造のレトロでオシャレなカフェ。それが『Cafe Vardzia』であった。
車はそのカフェの横にある専用駐車場に止まると扉が開いた。
私は入り口の前に立つ。
何だか私くらいの歳では入っては行けないような大人びた雰囲気が漂っている。私は恐る恐る取っ手に手をかけるとゆっくりと右へ回す。自動ドアじゃない時点で古臭い。そして恐れ多い。
ゆっくりと扉を開くとカランコロンとドアベルが鳴る。私はその音にちょっとビビりつつ、そろりと小さく開けたドアの隙間から入った。中も外と同様で落ち着いた雰囲気が漂っていた。店内にお客さんは居らず、間接照明で薄暗く照らされていた。
「……お、お邪魔します……」
しかし返答はない。このお店、やっているのだろうか?
すると突然、手で押さえていた閉じかけの扉が手から離れ、ドアベルが再びカラコロと鳴り出した。
「いらっしゃい。でもそろそろ店を閉めようと思っていたんだがね」
背後から掛けられる声に驚き飛び退き、振り向いた。
そこには一人の男性が立っていた。