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容疑者ナカケン

 通話を終えてから十数分後。

 ただでさえ騒然としている事件現場が更に騒然と、しかし同時に緊張感が走った。

 理由は言わずもがな。この県警で最も偉いお方が現場にやってきたからである。


「現場はここか。被害者の身元は確認できたか?」


 驚いている周囲をよそにテキパキと来るなりその場を仕切っている。流石と言わざるを得ない。

 だが私の横のオッサンはその王者に向かって馴れ馴れしくニヤニヤと歩み寄るとフランクに話しかける。


「よっ、遅いじゃねぇか亜蓮」


 すると威厳に満ちた顔が一瞬曇った後、媚びるような笑顔に変わった。


「あっ、お久しぶりです。お世話になってます」


「いやいや、お世話なんてしてねぇよ。むしろこれから俺がお世話になるんだぞ」


「尽力します」


 二人の社交辞令的な挨拶が終わると先程の三人の輪の中に加えるようにして第二回会議を開始する。


「それで問題なんだが……なんだっけ?」


 分かってないのかよ。分かれよ。


「……ナカケンさんはもういいです。黙っててください」


 するとナカケンさんは子犬のようにしゅんとなって地べたに体育座りをした。扱いやすくて助かる。


「代わりに私が説明します。今回ナカケンさんが絡んだせいでめんどくさくなった事象が二つあります。一つはナカケンさんの蹴った扉の凹みをどう説明するか。二つ目は心葉ちゃんと私たちの繋がりをどう説明するかです」


「実に簡潔で分かりやすい説明だ。このような人材がうちにも入ってきてくれればいいんだがなぁ」


 警視長はそう私を褒めつつ愚痴っていた。

 だけど警視長さん。私のような人間は誰もが欲しがる人材ですから無理ですよ。

 するとナカケンさんが断言する。


「諦めろ亜蓮。お前には無理だ」


 このオッサンわかってるじゃないか。まぁナカケンさんも私のような美少女取られるわけにいかないし躍起にもなるだろうね。

 一方、警視長さんも笑いつつ言った。


「わかってますよ。ナカケンさんの今の相棒は取りませんよ」


「そうじゃない」


 え?


「お前にはこの血も涙もないお嬢ちゃんは扱えないと言っているんだ!」


 ほう。このオッサン、乙女の前で、心優しい美少女の前で、血も涙もないとか抜かしやがるか……。


「お前の部下になった時はおそらく県警にはお嬢ちゃんの絶対王政が敷かれ、刃向かうこと、口ごたえすること、最悪気に食わないやつは存在すらさせてくれないだろうなぁ」


「……ナカケンさん」


 私が問いかけると彼は悟ったような表情で心穏やかに目を瞑る。


「……ふっ。覚悟の上よ」


 ならばその身をもって味わえ。


「──消え失せろ」



 閑話休題。



「さて、どうやって解決しましょうか?」


 すると警視長さんが手を挙げる。


「あのー、それもですがあの方をどうするんですか?」


 彼の指差す先にはそろそろ消え失せるはずのオッサンが丸まっていじけていた。


「さて、どうやって解決しましょうか?」


「放置するつもりですか……?」


 無論。私がそう答えようとした時、拓磨が割って入る。


「心配するな。あいつは五秒だ」


「五秒?」


 警視庁さんが頭上に疑問符を浮かべていると品のない野太い声が聞こえてくる。


「僕が蹴っちゃった扉に関してはいい考えを思いついたよ!」


「ほらな」


「……なるほど」


 ナカケンさんは落ち込んでいる時は本当に落ち込んでいるようで、こちらの話を全く聞いていなかったようだ。何やらキョロキョロしては眉をひそめている。


「それでナカケンさん。案とは何ですか?」


「それは言えないなぁ~」


 彼はムフフと底の浅そうな笑みを浮かべるとイタズラめいた目でこちらをチラチラ見てくる。おそらく追求して欲しいのだろう。

 だが、私がナカケンさんの魂胆にまんまとハマると思っているのだろうか?


「それじゃいいです。では次に心葉ちゃんと私達の繋がりについて考えましょう」


 すると遠くから何やら震える声が聞こえた。


「おチビちゃん。僕の味方はおチビちゃんだけだよ……」


 めんどくせえ……。てか、いつの間にあんな離れたんだろ? まぁあれは置いておこう。

 私が視線を戻すと警視長さんが手を挙げていた。


「その関係性などについては任せて下さい。そこら辺はあまり表に出す話ではないし、こちらで有耶無耶に出来る。あの人が関わっているなら上の人間に追求されても咎められることは無いでしょう」


「じゃあ問題はないということですね?」


「はい」


 すると解散しかけた私達の一団を後ろから警察官が不思議そうに見つめていた。


「相澤警視長。彼らに再度聴取をしたいのですがよろしいでしょうか?」


「あ、あぁ……」


 警視長さんはとても不安そうにナカケンさんを見て小さな声で言った。

 そうして私達は警察官の前に立つと一瞬の沈黙が生まれる。拓磨が警察官と睨み合い、目で威圧しあっているからだろう。なんだこりゃ。自衛隊と警察って仲悪いの? 龍と虎みたいな関係性なの?

 ハラハラと私達が沈黙の中で身を捩っていると警察官がそれを破る。


「ではお尋ねします。何故この現場を訪れたのでしょうか?」


 すると睨みつける拓磨を差し置いて、ニコニコ顔のナカケンさんが明るい調子で答える。


「それは僕がこの家の主、五十嵐誠真くんとは古い友人でね。誠真くんの娘であるこの心葉ちゃんが突然僕のところに訪れたから送ってきたんですよ」


「なるほど……」


 警察官はメモを執りながら相槌を打つ。


「では続いて、あなた達がここへ来た時にはあの入り口のドアはどのようになっていましたか? 初めから壊され、ベランダに落ちてありましたか?」


 するとまたしてもナカケンさんが普段より少し大人びた口調で答える。


「それは僕達がやったんだよ」


「ちょっ!」


 私は思わずそんな言葉を漏らす。だがそれも仕方ないと思うのだ。だってこれは隠蔽しなければならない事実だ。ナカケンさんがこれをやったということはバレてはならない。この人は馬鹿なのか?

 警察官もそう聞いた途端、眼光が鋭くなった。

 やばい、やばいよ……。

 するとナカケンさんはあとからもう一言付け加えた。


「まぁ僕じゃないけど」


 ……よかった。よかった、ナカケンさんは目的を忘れていない!


「じゃあ、誰なのですか?」


 ナカケンさんはそう尋ねられると指を指しながら答える。


「彼だよ」


 その指の示す先には拓磨が立っていた。


「彼は自衛隊員でパワードスーツを装着している。私が異変を感じて無理に頼んでドアを蹴り飛ばして貰ったんだよ」


 警察官は拓磨の方を向く。


「そうなのですか?」


「ああ」


 拓磨は冷静に戸惑いを全く見せないでこう答えた。


「では確認のために足を見せていただいてよろしいでしょうか?」


 もちろん私達は無言だ。だって私はどうやってこの苦境を打開するのかわからないのだから。ナカケンさんが本当にプランがあって進めているのか、あるとしたらどんなものなのか、不安で不安で落ち着いてなどいられない。

 だが、ナカケンさんは明るい調子で「ああ」と答えた。


「では今から足をスキャンさせていただきます」


 するとしばらく警察官が拓磨の足を見つめる。たぶん警察官限定のシステムで見つめることでスキャンが出来るのだろう。

 その場に、いや私だけかもしれないが緊張が走った。

 鋭く足元に送られた警察官の眼光は細かく動き、右足を隈無くスキャンしている。

 やがて、ゆっくりと視線を落とすと目を瞑ると、再び私達一団のいる正面へ向き直る。そして、唇が動いた。


「どうやら──」


 私は唾を飲み、目を見開いた。


「──事実のようですね」


 警察官からそう告げられた途端、私は胸を撫で下ろし、ホッと小さくため息をつく。何をしたのか知らないがどうやら作戦は成功したようだ。

 

「ではまだこの場でお待ちください。まだお聞きすることもありますから」


 そう言い残して警察官は去っていった。

 私はしばらくその背中を見送った。そして、角を曲がった途端にナカケンさんを睨みつけ、尋ねた。


「どうやって誤魔化したんですか!?」


 ナカケンさんは慌てふためきキョロキョロと周りを見渡した。


「お嬢ちゃん、声が大きいよ! 静かにしないと」


「あ、そうですね。それで、どうやったんですか?」


 だが、ナカケンさんはウンウン唸ってしばらく悩んでいた。もしかしたら彼の正体の核心に迫ることなのかもしれない。初めて名前を聞いた時のような反応だ。


「……まぁお嬢ちゃんとは気心知れた仲だし、もう教えてもいいか」


 ナカケンさんはそう言って笑みをこぼす。しかし、その顔には少し緊張や不安が混じっている。


「実は僕はね──」


 すると先程去っていった警察官が足を踏み鳴らして戻ってきた。見るからに分かる。完全にお怒りだ。

 そして、私達の前にやって来るとドラマの世界でよく聞くあの金属音が聞こえる。


 ──カチャ。


 へ? なんで? もしかしてバレた?

 警官は時計を見る。


「18時36分。公務執行妨害で逮捕」


 どうやらそのようである。

 しかも捕まったのはナカケンさんだけじゃない。逆隣からも同じ音が聞こえた。


「まぁ、そうだよな」


 相変わらず冷静にそう呟く。


「拓磨まで……」


 ナカケンさんは今でも冷や汗をかき、目も口も丸くしていた。


「……なんで?」


「署まで御同行願います」


「なんで?」


「月守拓磨さん。貴方の足の大きさを先程調べましたが物証との大きさは同じものでした。しかしそれは現段階で分かる範囲での簡易的な調査に基づくものでした。そのあとすぐに精密な調査結果が警察署から送られてきて照合した結果、足の親指と人差し指の大きさが違う可能性がある上、重心が異なるとの結論が出ました。また、防衛省のデータによると貴方の足は26.47cm。先程の調べた時よりもかなり違います」


 現代科学すごい……。


「逆に貴方の場合なら全てが一致しており、同一人物である可能性が高いのです。つまり貴方達は何かしらで足の形を変え、我々に嘘をついた。又は我々のデータの改竄を行った可能性が高い。それにマイクロチップ未使用者のようですから身元も確認できませんし」


 完全なる疑いの目で警察官はナカケンさんに詰め寄った。


「な、何を言ってるんだかわからないなぁ……」


 ナカケンさん完全に目が泳いでいます。犯人だって言っているようなものですよ。


「では今度こそ、署まで御同行願いますよ」


「いやー! やだやだやだやだー! お嬢ちゃん助けてー! 後生だぁ!」


 醜く哀れにナカケンさんはその場でじたばたして私に助けを求める。


「助けた場合──」


 警察官が横で私と同じくナカケンさんを眺めていると話し出した。


「──貴方も公務執行妨害で捕まえますよ」


 ナカケンさん、頑張ってください!


 そうしてナカケンさんは激しく抵抗しながら、拓磨は大人しくパトカーに乗り込んだ。まぁナカケンさんも途中で「これ以上暴れたら罪を重くする」と言われた途端大人しくなったんだけど。

 その後、パトカーの音が去っていった。残されたのは私と心葉ちゃん。そして、警視長さんと捜査を続ける警察の方々。

 ……どうすりゃ、いいの?



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