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英雄は切羽詰まって警視長を脅す

「お嬢ちゃん、携帯電話とか持ってるかい?」


 ナカケンさんは突然、歴史の授業くらいでしか聞かない単語を持ち出してきた。


「持ってないですよ、そんな古いもの。ナカケンさんじゃあるまいし」


「まぁそうだよねー。俺も持ってはいるけど契約切れて使えないからなぁ〜。連絡取りたいのに」


 そうして二人してウンウン唸った。

 もう時代は脳内マイクロチップだ。特に情報通信機器はほぼ全てこれ。未使用者のナカケンさんが外で連絡を取ることはほぼ不可能だ。外との関わりを絶っていたナカケンさんからすればこっちから発信することなど無かったろうから不要な産物だったのだろう。

 ならどうやってナカケンさんに連絡を取らせれば良いのだろうか? 完全に手詰まりだ。

 すると拓磨が何か閃いたように小さく「あっ…」と呟いた。


「どうしたんだい? 兄ちゃん」


「いや、もしかしたらお前が連絡取れるかもと思ってな」

 

「本当かい!?」


「あくまで『もしかしたら』だがな」


 そういうと拓磨は腰につけたウエストバッグから直方体の装置を取り出す。


「何それ?」


 私が拓磨の背後から尋ねるとピクっと肩が跳ねる。しかし、冷静に一瞥していつもよりも淡々と少々早口で話した。


「正直言って名称は俺もよくわからない。これは自衛隊から支給されたものなのだが、こうやって俺の指紋をこいつに押し当てると──」


 拓磨は説明をしながらその手のひらの上にある装置に親指を乗せた。

 するとそれは勢いよく四方に広がり、大きなタブレットとなった。


「──とまぁこうなる。これは本来マイクロチップ未使用者への説明や身元を確認するためのものなのだがおそらく通話機能も搭載しているはずだ。マイクロチップが使用出来ない緊急時の予備の連絡手段としての役目があるからな。問題は既に登録されている連絡先以外と連絡できるのか、というところだが……」


 するとタブレットの画面に文字が現れる。そして、いくつかあるアプリの一つである『電話』をタップした。アイコンが拡大するようにして開かれ、名前が並んだ画面へと移行する。


「普通はここで登録された連絡先を選ぶだけなのだが……」


 拓磨は画面を見つめ、指で探る。

 だが、所持者である拓磨自身、あまりこれの扱いに慣れていないのか今一つ扱いがおぼつかない。それを見かねたナカケンさんが拓磨の横へ歩み寄ると人差し指をクイクイと曲げて『よこせ』と合図を送る。

 拓磨は訝しむも自分では扱えないことを悟ったのか、それともナカケンさんの自信を信じたのか、ともかく彼に手に持つタブレットを渡した。


「ナカケンさん、扱えるんですか?」


 私は鼻で笑いながら横目で尋ねる。

 だって持つもの全部が歴史の教科書に載っているような物ばかりのナカケンさんに時代遅れではあるものの私達の親の世代くらいの人達が使っていたタブレットを扱えるわけない。電子工学科の学生である私の方が使えるに決まっている。まぁ大学なんてほとんど行ったことないけど。

 しかし、ナカケンさんは全く気にしていないようで面白味もなくタブレットを弄りながら答えた。


「ああ、昔はよく使ってたからね。今うちにある使えない携帯ってのもスマホだし。……おっ、ちゃんとあったキーパッド」


 あとは電話をかけるだけだ。だけどナカケンさんは電話番号ってものをちゃんと把握しているのだろうか? 現代にも一応存在しているものの視認で友人、知人と判断された人間は自動登録されていくし、仕事で付き合いのある人などは会社用のアカウントに共通登録されていたりするから他人の番号をキーパッドなどで打って電話をかけるということがほとんどない。

 すると案の定、又してもナカケンさんは悩みこんでしまった。まぁ仕方あるまい。


「今度はどうしたんですか?」


 私が見透かしているとアピールするように嫌味っぽく尋ねると、彼は顎に手を当て、芥川龍之介のようにきりりとした目付きで問いかける。


「お嬢ちゃん、警察庁長官と警視総監と警視長の誰に連絡かけるべきかな?」


 でた。ナカケンさんあるある『知り合いがやたらとすごい人』

 まぁ忘れがちだがナカケンさん自身かなりすごい人だから当たり前といえば当たり前なのだが、それにしても選択肢の三つが警察庁のトップ、警視庁のトップ、県警のトップとは……。もうこの人は私なんか居なくてもコネだけで生きていけそうだ。

 

「まぁとりあえず、ここの警視長に連絡入れてそれがダメなら警視総監、それでもダメなら警察庁長官って順に電話掛けてみたらどうですか?」


「了解した!」


 正直言って誰に連絡掛けても問題なさそうだが彼は私の言葉を信じて通話画面を開く。そして、私達にも聞こえるようにスピーカーボタンを押してから電話をかけた。

 発信の青いボタンをタップしてから数コール後にガチャという音と共に野太い男性の声が丁寧な口調で聞こえた。


「もしもし相澤亜蓮です。存じ上げない番号ですがどちら様でしょうか?」


 するとナカケンさんは通常通り、無駄に馴れ馴れしく返した。


「やっほー、亜蓮。おひさやんね。元気してた? 誰か分かる?」


 お前は大昔のJKか!

 私からすればタダのふざけたオッサンだが電話の向こうではガタッという音と共に緊迫した雰囲気に変わった。


「まさかあなたは……」


「そうそう、ナカケンさんですよー」


「やっぱりそうですか……。それでこの度はどう言ったご用件で?」


 そんな具合でナカケンさんは事のあらましを話し始めた。ざっくりと、擬音中心に、文の構成ゼロで。


「──そんな訳で今、扉が凹んじゃって困ってるんだよね。僕のことわかる人そこにおらん?」


「いませんよ。いたとしても私より上の人間ですよ」


 警視長より上って警視監、警視総監、警察庁長官くらいのものなんじゃ……。


「じゃあいいや、亜蓮お前来てくんない?」


「いやいやいや、流石にそれは無理ですよ! 俺もまだ仕事の山のようにあるんですから!」


「どうせ降って湧いてくる仕事じゃん。そんなん言ってたらキリないべ?」


「降って湧いてくるから処理しないと大変なんですが……」


「じゃあもういいや。桐谷に頼むから」


 ナカケンさんはそう言って赤く光る方の受話器マークに指を伸ばす。

 私の記憶が正しければ桐谷って今の警視総監じゃ……。あ、私の提案か。


「分かりました! 行きます行きますから!」


 こうしてナカケンさんは自己保身のために半強制的に警視長という重役を呼びつけるのだった…………お疲れ様です。






 

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