その日、初恋は見事に打ち砕かれた
とある時代。我らがまだ見ぬシステムと人の作り出したロボットに世界が支配された世界。
ロボットは自立し、武力においても知識においても人間には勝ち目が無かった。
ロボットにとって人は不要な存在であり、邪魔な存在であり、自分達ロボットを作った唯一の脅威であった。
そこで知恵を身につけたロボットたちはかつての独裁者のように邪魔な『人間』を殺す、人類抹殺戦争を引き起こした。
人類には対抗する術はなく、鉄の生物にはどんな兵器も通じない。
逆にあらゆる兵器を使いかねなかった。つまり、人類には勝ち目はなかった。
人々はただただ死を待ち、その鉄の兵団の恐怖に怯えて暮らしていた。
しかし、神はまだ人類を見放していてはいなかった。
人類を守るべく一人の男が立ち上がったのだ。
彼はロボットたちが兵器を使う前に、一瞬にして壊し、鉄の兵団を滅ぼし、今まで十年と続いた人類抹殺戦争をたったの三ヶ月で終結させた。
それは神風の如く全てを吹き飛ばし、いとも容易く捩じ伏せた。
だが人は皆、彼の名を知らない。
しかし、それでも人々はその名も知らない英雄を讃え、敬った。
× × ×
「そんな英雄が私の前に現れないかな~?」
私はぶつくさとそんなくだらないことを呟きながら歩いていた。
十年前突如現れ、事が終わると幻のように消えた英雄。それは私の初恋の人であり、今も憧れの人である。
だけど、幻は幻だからいいのであって現実に現れてもそれは少し迷惑なのだろうとも共に思うのだ。
そんなくだらないことを考えて、私は明らかな違和感を抱きながら指定された野梅公園の中に入った。
突然、こんなこと指示されて通常運転なんて出来るほど、私のメンタルは強くない。愚痴やら戯言やら皮肉やらのひとつくらい吐きたくもなる。
「なんで私みたいな善良な学生が一人で公園なんかに行かないといけないんですかね?」
もちろん返答する者などいない。まぁ当たり前か。
公園には、ブランコに滑り台、回転遊具にジャングルジムなどが並ぶ。
そして、横にはベンチがあり、ベンチの上には一人のオッサンがこちらに背を向けて横たわっていた。
「たぶんあれだよね……?」
薄々想像していたもののまさかホントに……。
私は恐る恐るそのオッサンに近づいた。
何なんだこの人……。寝息の一つも聞こえない。
私がその場に立ち尽くしていると突然、背後からガラの悪い声が襲った。
「おい、そこどけや」
私は振り返ると目の前には学ランを纏った見るからに不良な学生が三人、私を睨んでいた。
「お、結構可愛くね? ちょっと俺達と遊ばない?」
そう言って彼らは私に有無を言わせず腕を掴み、引いてくる。
「や、やめてください!」
「良いじゃん少しくらい。つきあえや」
不良達は私の言う事に耳を貸さない。
突然の出来事に私は驚いていた。
今までただひたすらに勉強してきた私にとって、こんなことは初めての経験で、とにかく今が恐ろしかった。
すると刹那、周りの微塵を巻き上げながら、私の前を大きな影が遮った。
「こらこら、ナンパってのは力じゃなくて言葉で落とすものだよ」
目の前には変な柄のTシャツにジーパンの無精髭を生やした大柄なオッサンが不良の腕を掴み、立っていた。
「なんだオッサン。俺達の邪魔をするのか?」
「邪魔じゃない。か弱い女の子が嫌がっているから守りに来たんだよ。まぁ本来ならオッサンが出る幕ではないのだろうがね」
その人は自虐し、笑う。
「君ら、男ってのは女の子を守る生き物だよ」
そして、私が赤面するほどのキザな言葉を不思議な威圧感を含ませながら吐いていた。
しかし、それを聞いた不良達は突然笑い出す。
「ばっかじゃねぇのオッサン。何ですか? 正義のヒーローかなんかに憧れてんのか?」
「ああ!」
その人は即答した。
するとハツラツとした返事が気に入らなかったのか不良達の笑いは徐々に失せていく。空気が一変した。吹く風の音がうるさく思えるほどの静寂。
だが、彼はそんな空気などお構い無しに先程のテンションで会話を続けた。
「男たるもの正義の味方に憧れないでどうする。男はいつまでも童心を忘れず、常にカッコよさを求めなくてはいけないよ!」
すると不良達は完全にこめかみに青筋を立てていた。
「おっさん。あんたが何を考えようが勝手だが、俺たちにまで押し付けないでくれっかな? すげぇムカつくんだけど」
「おお、それは悪かった。でもまぁ乱暴はいけないよ?」
「だから押し付けんなって言ってんだろ?」
「でも、正義のヒーローに憧れる者としてこれは見逃せないんだよね」
彼のその変わらぬ態度が、とても気に食わなかったようで手を振り払うと、鋭い眼光で睨む。
「おい、オッサン。どこの誰だか知らねぇがあんまり調子に乗ってると痛い目見るぞ?」
「そりゃあ怖いね。でも、調子乗っているのは僕じゃなくて君達だよ?」
そう言い返された不良達の表情はどんどん険しくなっていく。
そして再度確認する。
「ホントにふざけてんだろ? 容赦しねぇぞ?」
「僕は平和主義者なんだけどね。まぁ君達若人がこのまま粗相をするなら見過ごせないよ。でもその前に改めて聞かねばならないな」
そして彼はこちらを振り返って笑みを浮かべながら言った。
「——お嬢ちゃんお困りかな?」
私はその問いかけに、その余裕に、そしてその優しさに驚きつつ返答した。
「……は、はい」
私の返答に呼応するように不良達は拳を握りしめる。
「ならいいってことだな!」
突然、勢いよく殴りかかった。
そしてその場に、殴っただけとは思えないほどの大きな鈍い音が響き、その痛々しい音に私は目を瞑る。公園の砂は舞い、乾いた匂いが鼻を刺激する。
音が止み、少しずつ目を開けると、彼は不良三人の同時攻撃を両手と頭突きで受け止めていた。変わらぬ笑みのまま。
細目を少し開くと、不良達に淡々と言った。
「どうした? 逆の手でもう一発、殴れるだろう」
すると不良達は気づいたようにその場に倒れこむ。
「「いったぁぁぁ!!!!!!!!!」」
殴った手を押さえながら、地面でもがき苦しんだ。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
そんな三人を見下していた彼はしゃがみこみ、不良の一人と目が合うと満面の笑みで見つめた。
「もうこんなこと、するなよ?」
まるで諭すように彼が言うと、不良達は「はいっ!」と声が裏返りつつ言うと死に物狂いで公園を去っていった。
たぶんあんなことの後だと、私には優しく聞こえたあの口調も彼らからすれば恐怖以外の何ものでもないのだろう。
私は他人事のようにそんなことを思っていた。
不良達が逃げていくのを男は見送ると、くるっと踵を返してこちらに尋ねた。
「さてと、お嬢ちゃん。こんな物騒な公園に何か用でもあったのかい? もう公園で遊ぶって年でもないだろう」
「私はもう十九です。子供扱いしないでください!」
「おお、これは失礼した。随分と可愛らしい十九歳だ」
「すいませんね。童顔のチビで……」
いきなりコンプレックスを言われるなんて……。思わず自虐しちゃったじゃない。
私がひとしきり悲しみ恥ずかしがっていると、励ますように声を掛ける。
「心配しなくても大丈夫だぞ。確かに背は低いし、幼げな顔をしているが、女性らしいところはしっかり女性らしいぞ。この僕が保証する!」
彼は私の胸元を見て、そう言った。
「セクハラで訴えますよ?」
その時の私の声は通常の三倍声音が冷たかったのではないかと思う。
「これまた失敬失敬」
相変わらずアハハと笑い、誤魔化した。
本当に能天気と言うかおおらかと言うか愉快なオジサンって感じの人だ。
そんな印象を抱き、私は気を許して返答をする。
「まぁいいや。それで今日ここに来たのは私が通っている大学の教授がこちらによくいるという方に会いに行って勉強してこいと言われまして」
「へー、なるほどねぇ」
「それでその人は人類抹殺戦争の英雄とも……」
そう、これから会う私の目的の人物は人類抹殺戦争の英雄。私の初恋の人であり、憧れの人だ。
だから最初に言ったあれは皮肉である。
私は正直会いたくなかった。さっき言ったように幻は幻のままの方が美しい。そう思ってたからである。
だから来たくなかった。でも「人類抹殺戦争の英雄に会ってみない? 人生に一度のチャンスだよ?」と煽るように此れ見よがしにアピールされたら行かざるを得ないだろう。
つまり、私はあの教授にこのことを知らされた時からもう後悔する道しか無かったのである。
私が彼にことを説明すると彼はまるで自分のことのように食い気味に聞いてきた。
「その教授とやらの人の名前って何?」
「せ、瀬尾壮馬教授ですけど……」
「あー、やっぱり……」
彼は具合悪そうにそう言った。
そして、続けてこうとも言ったのだ。
「多分、僕が君の探している人間だ」
やっぱりそうかー。
でもこの人が人類を救った英雄? このなんかよくわからないマークの書いてある変なシャツ着たおっさんが? 確かに強かったけどこの人が!?
その時、私の初恋と憧れと綺麗な幻は見事に打ち砕かれた。
「……や、やっぱりそうでしたか! よろしくお願いします! あ、申し遅れましたが私は正幸奈と申します」
すごい苦し紛れで言葉を紡ぎ出した。
たぶん私の笑顔は驚く程にぎこちないだろう。
私はチラと彼の様子を伺う。
しかし、彼はそんなこと気にしている様子はなく、またしても悩んでいた。
「ご丁寧にどうも。僕は……、えーっと……。そうだな、ナカケンさんとでも呼んでくれ。みんなそう呼ぶ」
なんで本名ではないのだろうか。私は気になったが、なんせ相手は世界を救った英雄だ。他人には他人の事情があると割り切り、言及はしなかった。
「たぶん、瀬尾さんの指令では僕と共に行動しろとかそんなものだろう?」
「あ、はい。そうです」
教授、完全に読まれていますよ……。
私が返事をしたら彼は「そうか」と言って私に手を差し伸べた。
「それじゃあ、これからよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
× × ×
これがナカケンさんと私の出会い。
そして、今までの人生では想像のつかない非現実的な冒険の始まりであった。