強面騎士のお見合い事情
カイン・ギャラバルドは騎士である。真面目で実直な性格から同僚や上司からの信頼も厚く、日々のたゆまぬ努力により実力も伸ばしている彼は騎士団の将来有望株だ。
しかし、そんな彼にも一つ悩みがある。それは……
「……はあ」
「あれ、カイン。どうしたんだ、ため息なんてついて」
同僚が心配そうに声をかけてくれたのでカインはうつむけていた顔をあげる。
「実は先日……お見合いをしたのだが……」
「え……ああ」
それだけで全てを察したらしい同僚はカインの肩をポンと叩いた。
「なんだ、今度はどうしたんだ? 悲鳴でもあげられたか? 全速力で逃げられたか? 反射的に攻撃されたか?」
「悲鳴をあげて逃げ出して、追いかけたら花瓶を投げつけられた」
「それは、なんというか……」
遠い目をするカインに同僚は何とも言えない表情を浮かべる。
「だ、大丈夫だって! いつかお前を受け入れてくれる子が現れるって!」
「……そうだろうか」
同僚の慰めはありがたいが、カインにはどうしてもそう思えなかった。
なぜなら、カインのお見合いが失敗するのはこれで三十回目なのだから。
「そうだよ。きっとどこかにお前の顔を怖がらない子がいるさ」
カインの悩み。それは顔が怖いことである。
この顔のせいであらぬ誤解を受け、身に覚えのない謗りを受けたことが何度もある。
いつだったか、カインが飲食店の代金を踏み倒し、何もしていない子供を怒鳴りつけ、通行人に怪我をさせたという噂が流れた。
店の金については給仕がうっかり飲み物をこぼしてカインの服を汚してしまったから料金はいらないということになったのだし、子供については迷子になっていたのを見かけたから声をかけただけだし、通行人の怪我に関してはカツアゲ現場を見かけたので止めに入ったら向こうが先に手を上げたので対処しただけだ。
最も、給仕はやたらと怯えていたし、泣いていた子供はカインが近づいたらますます泣いたし、カツアゲされていた被害者には逃げられてしまったが。
そんなカインだから、街にはあることないこといろんな噂が流れている。
非情に凶暴で凶悪。人を人と思わぬ冷血漢。血に飢えた獣。中には実は犯罪組織の幹部でスパイ目的で騎士団に入っているといったものや、子供頃に住んでいた村の住人を全員殺した、生後半年で魔物を殴り殺した、などなど、荒唐無稽な物まで含まれている始末だ。
しかもどっからどう聞いても作り話なのに、真に受けている人間が一定数いたりする。そうでなくとも怪しげな噂が流れている人物にわざわざ近づく物好きは少なく、カインは出世頭にかかわらず女性にモテなかった。距離をとられるだけならいい方で、時には暴漢に間違われたり、顔を見ただけで悲鳴をあげられたのも数知れずである。
それでもお見合いに挑んだのは結婚願望があるからだ。しかし、いい加減カインも諦観の境地に達しそうである。
(俺はきっと、一生独身なんだ……)
そんなことをぼんやり考えながら鍛練していた時、上司が彼に声をかけてきた。
「なあ、カイン。お前にお見合い話がきてるんだが」
「……私に、ですか?」
カインは耳を疑った。
彼は入隊当時からカインの世話をみてくれていて、たびたびお見合い話を持ってきてくれる。
しかし、その全てが以前から結婚相手を探している女性であり、こうしてカインが名指しされることはなかった。
「そうそう。俺の友人の知り合いなんだが、なんでもそこの娘さんが前に助けてもらったことがあるらしくてな。ぜひって話なんだよ」
「俺が助けた……?」
カインは頭をひねる。
騎士という職業上、人を助ける機会は多いが、助けた相手から怯えられるのが常だからだ。感謝されたことがないわけではないが、その娘さんとやらには全く心当たりがない。
そんなカインの頭に一つの仮説が浮かぶ。
(もしかしてその女性、俺の顔を見てないんじゃないか?)
これなら納得だ。
だが、そうだとすると、このお見合い話は断った方がいいのではないかと思えてくる。
もしその娘さんが自分の顔を見ればがっかりさせるどころか、怯えさせてしまうかもしれない。
しかし、カインが結婚したがっていることは相手も知っているはず。それなのに会うこともせず断ってしまうと相手の体裁を悪くしてしまう可能性があるし、話を持ってきてくれた上司と先方の関係も気まずくなってしまうかもしれない。
悩んだ挙句、カインはこの話を受けることにした。そして、これを最後のお見合いにしようとも。
お見合い当日。
カインはきちんとした礼服を身にまとい、相手の家に向かう。ちなみにお見合いに向かう時はいつも緊張しているからか通常の三割増し顔が怖い、らしい。
いまだって道行く人々がカインを避けているのがよくわかった。
そして相手先の家につくと、父親らしき男性が出迎えてくれたが、カインの顔を見た瞬間顔が強張った。それでも平静を装いながら案内する姿にカインは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そうしてある扉の前に行きつく。ここにお見合い相手がいるらしい。
「ミラルダ、カインさんがいらっしゃったよ」
男性がノックして声をかけると扉の向こうから「はい」と返事があった。
まるで、鈴の音のような声である。
「さ、どうぞ。お入りください」
「はい、失礼します」
男性に促され、カインは部屋の中に入った。
「え……」
そして言葉に詰まる。
そこにいたのは一人の女性だった。
優美な眼差しと薔薇色の唇にほっそりとしつつも丸みを帯びた肢体。百合のような慎ましい上品さの中に女性らしい艶やかさを備えているその女性はカインが今まで見てきたどの女性よりも美しかった。
(なんて、綺麗な人なんだ……)
思わず彼女に見とれるカインだったが、彼女の目がゆっくりと自分に向けられるのに気づくと、途端に恐怖にも似た不安が押し寄せる。
(彼女は、悲鳴をあげるだろうか……それとも、逃げ出すだろうか……もしかしたら、罵倒されるかもしれない……)
それはカインにしてみれば慣れた反応であった。しかし、どうしてだろう。今目の前にいる女性からそんな反応を受けるのが、怖くてたまらない。叶うのなら、そんなものを見せつけられるぐらいなら逃げ出してしまいたいとすら思う。
今まではなんだかんだ落ち込みはしたものの、心のどこかで『ああ、またか』と割り切ることができたのに。
動けずにいるカインをどう思ったのか、女性は不思議そうな表情を浮かべ、口を開いた。
「カインさん?」
「……え?」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
「でしたら、どうぞお座りください。立ったままでは疲れてしまうでしょう」
「は、はい、失礼します」
女性に促されるままソファに座るカインだったが、内心は混乱していた。
(お、俺を見て、怖がらないだと……!?)
今まで幾多のお見合いに挑戦してきたが、こんなことは初めてである。
(と、とりあえず、落ち着こう。落ち着いて、挨拶を……)
カインは背筋を伸ばし、深呼吸をする。
「初めまして、私はカイン・ギャラバルトです。本日はよろしくお願いします」
思えばこの口上が言えたのも初めてである。だいたいはもうそれどころではなくなってしまうのだ。
「私はミラルダ・ヒーリッドと申します。カインさんにお会いできてとても嬉しいです」
「え、あ、はい。こちらこそっ」
ミラルダの言葉に、それが社交辞令だとわかっているのに舞い上がる自分をカインは自覚した。
(落ち着け、落ち着くんだ、俺! もしかしたら怖がってないのは表面上だけで、内心は怯えているのかもしれない! こ、ここは、慎重に……)
そう自分を落ち着かせようとするものの、ミラルダを見れば彼女がにこりと笑いかけてきて、それだけでカインは自分の血が沸騰するほど熱くなるのを感じた。と、同時にどうしてだか懐かしい気持ちを覚えた。
そしてカインは初めて、和やかな雰囲気のままお見合いを終えることができたのだ。
それからしばらくして、二人の交際は順調に進んでいた。
今日だって、二人はデートである。
「カインさん、見てください。綺麗ですねえ」
「ええ、そうですね」
並んで歩きながら、どうしてこうなったのだろうとカインは内心首をかしげる。
ミラルダは美しい。それは決してカインの贔屓目ではない。
こんな美しい人がどうしてよりによって自分なんかと付き合ってくれるのかがカインにはわからない。
二人がいるのは町はずれにある広大な花畑だ。冬が終わり、春の温かい陽気に包まれるこの時期は一年で最も花が咲き、美しい情景を作り出す。知る人ぞ知る穴場である。
だが、カインは申し訳なさを感じていた。
何故なら、二人がここにいる理由はカインの顔が原因だからだ。
最初は普通に町中でデートしたのだが、片や女神と見紛うばかりの美女、片や人を何百人も虐殺しているような凶悪な顔。周囲の人間の注目を集めるには充分であった。
しかもあれこれと影でこそこそ好きかって言われる始末。
美女と野獣だと言われるのはいい方で、カインは人買いで、ミラルダは遠くから誘拐されてきたんじゃないかと囁かれていた時は本当に頭を抱えた。
どこに行ってもそんな感じなので、二人はやむを得ず人の少ない場所へと移動するしかなかったのだ。
(……正直、俺は今のままでも十分楽しいけど)
ちらりとカインはミラルダを横目見る。
きっと、彼女はつまらないだろう。人目を避けるように行動しなくてはいけないし、カインはユーモアがあるわけでも口が達者なわけでもない。
もし、彼女に飽きられてしまったら。そう思うと怖くてたまらない。
これが結婚できる最後のチャンスだから、というわけではない。カインはもうミラルダ以外考えられないのだ。
だから、少しでも彼女の気を引きたい。
「そ、そうだ、ミラルダさん。少し、休憩しませんか?」
緊張のあまり噛んだ上に上擦ってしまった声でカインはベンチを指さす。
ミラルダもそれに了承し二人は、というよりカインは少し間を開けてベンチに腰掛ける。
(落ち着け、落ち着くんだ、俺……!)
何度も深呼吸をして、カインはこっそり持ってきたそれをミラルダに差し出した。
「あ、あの、ミラルダさん……よかったら、これどうぞ?」
それは花のついたブローチである。ピンクに色づいた花弁がなんとも可愛らしく、ミラルダにピッタリだと思ったのだ。
「えっ……これを、私に?」
それを見たミラルダの目は輝きに満ちる。カインもそんなミラルダの反応に破顔が抑えられない。
「はい、一目見た時からあなたにぴったりだと思って」
ミラルダの気を引きたいと思ったものの、何をすればよいのかわからなかったカインはとりあえず何か贈り物をしようと思い、あちこち店を見て回った。
女性が集まる店に入るのはなかなか勇気がいるものだったが、こうして満足のいく物みつかったのだから頑張った甲斐があったというものだ。
しかし、ミラルダの言葉にカインは首をかしげることになる。
「カインさん……もしかして、思い出してくれたんですか?」
「……え?」
「あ……」
驚いたような顔をするカインに何か察したらしいミラルダはすぐ「なんでもないんです」と首を振る。
「ごめんなさい、違うならいいんです。気にしないでください」
本人はそう言っているが、カインは「はいそうですか」と頷けなかった。
何故なら、先ほどまでほころんでいたミラルダの顔が、今では悲し気に眉を寄せているからだ。
ミラルダはカインに助けられたと言った。しかし、カインには身に覚えがない。
そのことが彼女を傷つけているのは、火を見るよりも明らかであった。
「ミラルダさん……すいません……俺は」
思わず謝罪の言葉を口にするが、それで彼女が慰められはしない。
何も思い出せない自分が歯がゆくて腹立たしい。何か言わねばならないのに、言うべき言葉が見つからない。
そんなカインを見て、小さく微笑む。
「なんでもないんです。本当に気にしないでください」
「でも……」
「さあ、もう行きましょう。私、もっとこの花畑を見て回りたいです」
立ち上がるミラルダにつれられる形で二人は歩いていく。
引かれる手に、やはり自分は何か大事なことを忘れているのだと思った。
今だってほら、彼女の笑顔が誰かと重なるのだ。
(絶対に、必ず、思い出そう)
「ふう……今日はやっちゃったな」
その日の夜。
自室でベッドに腰掛けるミラルダは小さくため息をついた。
思い返すのは今日のデートである。デート自体は楽しかった。問題はその最中に自分が言ってしまった不用意な一言である。
「覚えてるわけがないって自分でもわかってたのに……」
それなのに、一抹の希望を抱いてしまったのだ。彼が、自分のことを思い出してくれたのだと。
ミラルダはドレッサーの引き出しから何かを取り出す。
それは彼女手製の押し花であった。そしてそこにある花は、カインから贈られたブローチの花とよく似ている。
(覚えているわけがないって、わかっていたのに……)
そして、それでいいとも思っていた。
けれど、このブローチを見た時、もしかしてと思ってしまったのだ。
「……カイン君、気にしてないといいんだけれど」
寝台に横たわりながら、ミラルダは遠い過去に思いを馳せた。
ミラルダは幼い頃から体が弱くよく熱を出してはベッドで寝込み、家族に心配をさせた。
しかも内向的で人見知りな性格をしていたものだから、友達もおらずずっと家に引きこもってばかりだった。
友達が欲しいと思いながらも、病弱を言い訳に使って諦めて、ただただ他の子供を羨む。ミラルダはそういう子だった。
ある時、いつものように家の中で本を読んでいると外から子供の声が聞こえてきた。
「お前みたいな弱虫が騎士になれるわけないだろ!」
「そーだそーだ!」
「お前なんかになれるんなら俺にだってなれるよ!」
「アハハハハッ」
見てみると何人もの少年が一人の少年を馬鹿にしているのが見える。
その少年は他の子よりも小柄で細身であったが周囲に言われるままではなく、目をつり上げ大きな声で言い返した。
「そんなことない! 俺は、俺は立派な騎士になるんだ!!」
「無理無理! 騎士っていうのはすっごく格好いい人しかなれないんだぞ! お前みたいな弱っちい奴になれるもんか!」
少年たちは彼をひとしきり笑うとそのまま去っていく。残された彼は悔しそうに肩を震わせていたのが印象的だった。
翌日、ミラルダはまたあの少年を見かけた。恐らく彼は周囲に人がいない環境を探していたのだろう。
ミラルダの家は他より奥まったところにあり、その隣にある林は薄暗く好き好んで人が来ない。けれど、ミラルダの部屋からは彼の姿がよく見えた。
筋肉トレーニングをしたり、木刀を気に打ち込んだりなどを彼は一人黙々とこなしていった。
それが何日も、雨の日も風の日も続き、ミラルダはそんな彼をずっと見つめていた。
あの子を話してみたい。
いつしかそう望むようになったミラルダだったが、行動に移すことができずただ見つめるだけしかできなかった。
そんなある日、転機が訪れる。
父親の仕事の都合で遠くに引っ越さねばならなくなったのだ。このままではあの子と一生お別れになってしまう。
そう思ったミラルダは引っ越し前日、思い切って彼に声をかけることにしたのだ。
「ねえ、あなた、毎日ここで何をしているの?」
ミラルダが声をかけると少年は驚いた顔で彼女を見る。
「あの、私あの家に住んでるんだけどあなたが毎日ここにきてるのが見えたから」
「そ、そうなんだ」
まさか誰かに見られていたとは思わなかった少年はややばつが悪そうな顔をして説明した。
「俺、騎士になりたくて剣の道場に通ってるんだけど、それだけだと足りないって思ったから自主練してるんだ」
「そうなんだ。すごいね」
「そうかな?」
「そうだよ。毎日毎日頑張ってるもの。きっと立派な騎士になれるわ」
ミラルダの言葉に少年の顔は赤くなる。
「君は、変だって言わない?」
「え? どうして?」
「だって俺、チビで力もないから騎士には向かなくて……なれっこないってみんな言うんだ……」
「そんなことないよ」
少年の言葉をミラルダは迷うことなく否定する。
「だってこんなに頑張っているんだもの。あなたならきっと夢を叶えられる」
それはお世辞でも何でもない、ミラルダの本心である。
「あ、ありがとう」
ミラルダの言葉に少年は照れ笑いを浮かべる。
「ねえ、君の名前を教えてよ。俺、カインっていうんだ」
「私はミラルダっていうの」
「ミラルダちゃんか……また、こうして俺と話してくれる?」
それはミラルダにとっても嬉しい誘いだった。だけれど、頷くことはできない。
「……ごめんなさい。私、明日遠くに引っ越すの……」
「え……」
言葉を失うカインにミラルダももっと早く声をかければよかったと後悔する。
「あのね、今日はあなたと話せてよかった……それじゃあ、バイバイ」
これ以上一緒にいるのがつらくて、ミラルダは逃げるように家に戻った。
二人の縁はこれっきり。少なくともミラルダはそう思った。
けれど翌日、カインはミラルダに会いに来た。手に、一輪の花を持って。
「これ、受け取って欲しい」
そう差し出された花をミラルダは大事に受け取る。
「ありがとう……」
「元気でね。俺、絶対騎士になるから」
「うん……私も、頑張るよ」
もう病弱を理由に努力を放棄するなんて止めようとミラルダは決心していた。
どんなに馬鹿にされても無理だと諭されても諦めず努力を続けるカインの姿に、ミラルダは勇気をもらったのだ。
(それで、引っ越し先で頑張って友達を作って遊びに行ったりなんだりしてたら、体も丈夫になったのよね……)
ミラルダはごろりと寝返りを打ち、微笑みを浮かべた。
それで大きくなって王都に越してきて、そこでカインを見かけた時は本当に嬉しかった。そしてすぐありとあらゆるツテを使って、彼とのお見合いを用意したのだ。
カインが自分のことを覚えていないのは少し残念だったけれど、当たり前だと思う。
(私はずっとカイン君のこと見てたけれど、カイン君からしてみれば二回しか会ってないんだものね)
だから、彼が気にしていないか心配だ。
今度会った時にでも何かフォローを入れないとと思いながら、ミラルダは眠りについた。
翌日、身支度を整え一息ついている彼女に父親が慌てたようにやってきた。
「ミラルダ! カインさんが来ているぞ!」
「え? 本当に?」
「ああ、随分と急いできた様子だ。早く行って差し上げなさい」
「はいっ」
父に促されるまま、ミラルダはカインのいる客間へと向かった。
「カインさん、お待たせしました……あっ」
客間に到着したミラルダは彼が手に持っている物を見て驚きを隠せない。
それは、彼があの日ミラルダに渡してくれたのを同じ花。
「昔の夢を見てようやく思い出せた。随分時間がかかってしまった……ごめん」
「ううん、とても嬉しいわ……」
まさか、本当に思い出してくれるなんて。
ミラルダの目じりに涙が溜まる。
「本当にごめん。なんてお詫びをすればいいのか……」
「ふふ、いいの。思い出してくれたなら、それだけで」
だからそんな落ち込んだ顔をしないで。
そう告げるとカインは申し訳なさそうな顔を緩め、「ありがとう」と微笑む。
「なあ、昨日のやり直しというか、今日も君と過ごしたいのだが、いいだろうか?」
「ええ、喜んで」
二人は手を取り合う。
「それにしても、その、驚かなかったか? 俺は随分顔が変わったと思うが」
何せ初対面の相手に悲鳴をあげられることがある顔だ。ミラルダだって驚いただろうとカインは思ったのだが、ミラルダは不思議そうな表情をする。
「そうかしら? そんなことないわよ。昔から変わらない、優しい顔をしているわ」
街で見かけた時も再会を喜ぶ気持ちはあれど、恐怖などみじんも感じなかった。そもそもミラルダは彼の顔が怖いと思ってない。
「そ、そうかな?」
「カインの方こそ、よく私の事思い出せたわね。たった二回しか会ってないのに」
「そ、それは……」
逆に質問されてカインは大いに慌てる。
初めて自分の夢を応援してくれた女の子。忘れかけていたとはいえ、初恋だったとは気恥ずかしくって言えない。
赤くなるカインにミラルダはそれ以上追究するのを止める。聞きたいことはたくさんあるのだ。
「ねえ、あれからどうしていたのか、たくさん聞かせて。私、あなたの話が聞きたいの」
「俺も……ミラルダのことたくさん知りたい」
お互いのことを今日のデートで話しつくせるだろうか。
いや、何も今日で終わらせる必要などない。
だって、二人はこれからもずっと一緒にいられるのだから。