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蒼月の交響曲  作者: 由希
第二章 いざ北方の地へ
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第八十九話 森の主に眠りを

 近付いてくる僕らに反応するように、地面に張っていた根が土を巻き上げぼこりと持ち上がる。そしてまるで蛇のような動きで、一斉に僕らに襲い掛かってきた。


「切り裂け、斧よ!」


 剣よりも斧の方がここはいいと判断し、斧を出して向かってくる根を薙ぎ払う。仕留め切れなかった根が腕や肩を浅く貫いたけど、僕はけして立ち止まらなかった。

 隣のサークさんも同様に、体中に傷を付けながらアロアを進ませる為の道を切り開く。アロアのディスペルしかリィンを助ける術はないし、そうでなくても身を守る術を持たないアロアに傷を負わせる訳にはいかない。ならば、自分の体を盾にしてでも後ろへの攻撃を防ぎ続けるしか道はない。


「リト、サークさん、やっぱり二人のうちどちらかにでもプロテクションを……!」

「駄目だ、アロア。魔力はディスペルを使うまで取っておくんだ!」


 傷付く僕らを見るのが辛いのか、アロアが悲痛な声を上げるもサークさんがそれを強い口調で制する。そう、確か前にディスペルを成功させた時、アロアは随分と精神的に疲弊していた。

 僕らを助ける為にディスペルを使う魔力がなくなってしまったのでは意味がない。そう思うと、ここは自分の力で乗り切るより他になかった。


「きゃっ……!」


 襲い来る根を切り飛ばしながら進んでいくと突然、背後から悲鳴が聞こえた。慌てて振り返ると、アロアの足首に他のものよりも細い根が絡み付いている。……しまった!


「アロア!」


 すぐにアロアに駆け寄るも、根は見た目よりも遥かに強い力でアロアを高々と逆さ吊りにしてしまった。アロアを取り返そうと焦る僕らに、巨木はそれをさせまいと更に根の数を増やして襲い掛かる。


「ちっ……リト、俺が道を作る! お前はアロアを!」


 皮肉にも背後を守る必要がなくなった事で動きのキレが良くなったサークさんが、根の一本を切り落としながら叫ぶ。ここに来るまでにサークさんも服の所々が裂け全身を血に染めていたけれど、その動きを見る限りは問題はないように思えた。


「解りました! アロアは僕が!」


 両脇から僕を押し潰そうと伸びた太い根を前に飛んでかわすと、僕はうねる根を掻き分けそのままアロアの元へ走り出す。アロアは幹に近い空中で、根を足から振りほどこうと必死でもがいていた。


「アロア、今行く!」


 激しく動く度に体から噴き出す血と痛みに耐えながら、ひたすら前に進む事を目的に根が暴れたせいでぼこぼこになった地面を進む。時に根の一撃をかわしきれずに顔や脇腹に新たな傷が増える事もあったけど、それでも負けてなんていられなかった。


「ほんの一瞬でもいい! 風の精霊よ、リトに道を!」


 そのサークさんの叫びと共に、背後から強い風が吹く。生み出された風の刃が根を次々と切り裂き、一時的にアロアの元まで直通の道が出来た。

 サークさんと風の精霊に感謝しながら、一気に道を駆け抜ける。けれどもう少しでアロアを捕まえている根のところまで辿り着くと思った瞬間、根がアロアを遠くへ投げ飛ばそうとするかのように大きくしなり始めた!


「くそっ……間に合えええええっ!!」


 懸命に荒れた地面を蹴って走るも、アロアのいるその場所には手が届かない。それでも……諦める訳には!


「風の精霊よ、もう一度だ! 今度は俺に力を! あの人間の拘束を解いてくれ!」


 その時、僕を追い越すようにして一本の矢が飛んだ。矢はアロアを捕らえた根の中間部分を吹き飛ばし、支えを失った根がアロアごと倒れていく。

 僕は全力を振り絞り、落ちていくアロアへと駆け寄る。そして、一縷の望みをかけて伸ばした手は……確かにアロアの体を捉えた!

 腕にかかる、人間の確かな重み。足場の悪さとここまでの体力の消耗に踏ん張りきれず、カッコ良く抱き止めるという訳にはいかなかったけど、上手くアロアのクッションになって衝撃を和らげる事は出来た。


「リト!」

「いてて……怪我はない、アロア?」

「私は大丈夫……リト! 危ない!」


 突然顔色が変わったアロアに、上を見上げる。すると上から、木の枝が変化したのだろう無数の槍が僕らに迫ってきていた。

 盾を出している余裕はもうない……ならせめて、アロアだけでも! 僕は急いでアロアと態勢を入れ替え、槍が体を貫くのを待ったけど……。


「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」


 槍が僕に到達する直前、複数の大きな火球が宙を舞い槍を包み込んだ。木で出来た槍はあっという間に激しい炎に飲まれ、勢いを失い焼け落ちていく。


「今だ、行け! 子供を救え!」


 遠くの方に、左手の甲をこちらに突き出したクラウスの姿が見えた。……皆が切り開いてくれた道、無駄にはしない!


「アロア、ここならいけそう?」

「うん、やってみる!」


 立ち上がったアロアが印を結び、強く祈る。するとアロアを中心に光が舞い上がり、一本の柱を作り上げた。


「アンジェラ様、お願いします! あの子を呪縛から解き放って!」


 そうアロアが叫ぶと同時に光の柱は爆発的に広がり、辺りを包み込んだ。視界に何も映らないほどの光の奔流の中、めりめりと何かが剥がれ落ちるような音が響く。

 やがて光は少しずつ治まり、アロアの元へ収束していく。目を擦り巨木の方を見ると、リィンの体が幹から分離し地面に倒れていた。


「リィン!」


 急いでリィンの側に駆け寄り、様子を見る。余程怖かったのかリィンはまだぐすぐすと泣いていたけど、目立った外傷はないようだった。


「大丈夫かい? 僕と一緒に皆のところへ戻ろう」

「うん……ぐす……ひっく……人間のお兄ちゃん、怖かったよお……」


 一人でまともに歩けない様子のリィンを背負い、辺りを窺う。ディスペルの影響か巨木は今一時的に体を動かせないでいるようで、先程までのような激しい攻撃が振ってくる事はなかった。


「リト、早くこの場から離れるんだ。長老の樹が復活するぞ!」


 攻撃が一時的に止んだ事でこちらまで来れるようになったサークさんが、今の魔法で大分消耗したように顔を青ざめさせたアロアを抱き上げる。僕はそれに頷き、少しずつまた動き始めた根の中をリィンを落とさないよう走り抜けた。


「ここまで来れば大丈夫だろう。クラウス、とどめは任せた!」


 ある程度巨木から距離が離れたところで、サークさんが言う。クラウスは待ってましたとばかりに杖を掲げ、すっかり復活を果たし根と枝を暴れさせる巨木へと向けた。


「荒ぶる精霊よ、その魂の浄化の為に一時の眠りに就くがいい! 『我が内に眠る力よ』……」


 杖から発せられる激しい雷が、先端の玉を中心に膨れ上がる。その大きさは、いつもの雷の比ではなかった。


「『雷に変わりて……敵を撃て』!」


 そして、目も眩むような巨大な雷が杖より放たれ……鼓膜が揺れる程の音と共に、巨木を真っ二つに引き裂いたのだった。

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