第八十三話 余所者を拒む土地
小手が出来上がったとの知らせが宿に届いたのは、ガザの集落に滞在して三日目の事だった。僕らは当事者のクラウスと共に、集落の鍛治屋へと向かう。
「待たせたな。付け心地を確認してみてくれ」
完成した小手をクラウスに差し出し、鍛治屋のドワーフさんが言う。小手は短期間でやったとは思えない繊細な細工が施され、左手の甲に赤い玉が埋め込まれたデザイン的にも見事なものだった。
「あれ? カッコ良く仕上がってんのはいいけどさ……ミスリルは?」
けれどランドにそう指摘され、ハッとする。ミスリルは青白い輝きを持つ金属の筈だけど、目の前の小手はただの銀色の小手にしか見えない。
「それはな、ミスリルを銀でコーディングしてあるのさ。ミスリルは自然には生まれない、古代にのみ存在した幻の金属。そんなものが現存していると解ってみろ、悪人共が良からぬ事を考えるかもしれん。幸いミスリルと銀は相性がいいとされている。ミスリルの持つ対魔法効果の妨げにはならん筈だ」
「心遣い感謝する。早速付けてみるとしよう」
クラウスが小手を受け取り、腕に嵌める。小手はクラウスの腕にぴったりと収まり、クラウスの服装がゆったりとしたローブなのもあり動きの邪魔にもなっていないようだった。
「うむ、問題はない。重さもそれほど感じないし、杖で戦う妨げになる事もなさそうだ」
「むー……現物みたらちょっとエルナータも欲しくなってきたぞ……今度何か作る時はエルナータのも作って貰っていいか?」
「ああ、機会があればな」
腕を動かし具合を確かめるクラウスを羨ましそうに見つめるエルナータを、サークさんが頭を撫でて宥める。そんな僕らを見て、鍛治屋のドワーフさんが豪快に笑った。
「また何か欲しくなったら、いつでもこの集落に来てくれ。今度は金を貰う事になるが、余程無茶なものでない限りは何でも作ってやろう」
「ありがとうございます。その時はまた、よろしくお願いします」
「ああ。お前さん達の旅の無事を祈ってるぜ」
鍛治屋のドワーフさんにお礼を言い、その場を後にする。……残る集落も、もうあと僅か。
「後は山を下り南にある集落を巡ってグランドラ国境に到達だな。ここから一番近い集落は……」
サークさんが地図を開き、改めてこれからのルートを確認する。その表情が……地図のある一点を見て、一瞬だけ強張った。
「……サークさん?」
「……いや、何でもない。一番近いのはラヌーンの集落だな、早速出発しよう」
いつもと違うその様子が気になって声をかけるけど、サークさんはすぐにいつもの顔に戻って歩き出してしまった。気のせいかその背中が、暗に何も聞くなと言っている気がした。
「サークさん……どうしたのかしら」
同じくサークさんの表情の変化に気付いたらしいアロアが、ぽつりと呟く。僕はそれに何も返す事が出来ないまま、ただじっとサークさんの背中を見つめていた。
岩だらけの山道を下ると、そこには山とはうってかわって深い森が広がっていた。次の目的地であるラヌーンの集落は、何とこの森の奥に存在するらしい。
「こんな迷いそうなとこ、本当に誰か住めんのかあ?」
ぶつくさ文句を言うランドに苦笑しながら、僕らは道なき森に足を踏み入れる。木々が密集し、馬に乗っては進めないのでここからは歩きだ。
「皆、くれぐれもはぐれるなよ。もしはぐれたらこの森で一生を終える事になるぞ」
木の精霊を呼び出し集落までの距離を確かめながら、サークさんが言う。確かに見渡す限り木しかないこの状況では、大げさとも言い切れなかった。
「でも……不思議ね。この森に入ってから、何だか妙に空気が澄み始めた気がする」
「精霊の力の強い場は、それだけ空気も清浄になるそうだ。……事前に聞いた話では、ラヌーンはエルフの住む集落。エルフと精霊の関係を考えれば、自然な事なのだろうな」
アロアの疑問に答えるクラウスに視線を移し、ハッとする。……先頭のサークさんがいつの間にか、無感情に見える表情でクラウスを見ていた。
けれどそれは、ほんの一瞬の事。僕の視線に気付いたのかサークさんはすぐに前に振り返り、その顔は解らなくなってしまった。
……ガザの集落を出てからのサークさんは、どこかおかしい。一見いつもと変わりないように見えるけどふとした拍子に見せる違和感が降り積もり、僕の心に不安を生んでいた。
サークさんは僕らの中で一番の大人だ。いつも率先して僕らを引っ張り、纏め上げてくれてきた。そんなサークさんが、一番付き合いの長いクラウスにさえあんな顔を見せる……その事がより一層、僕の不安を掻き立てる。
考えてみれば、僕はサークさんの事を殆ど知らない。二十年もの間、一体どんな旅をしてきたのかも。『竜斬り』の話だって、マヌアの集落の人々の信用を得る為やむを得ず明かしたのでなければ僕らはずっと知る事はなかっただろう。
僕らはサークさんに比べれば、全然子供かもしれない。けれどもう少しくらい、僕らを信じてくれてもいいのに……そんな思いが、僕の胸に去来した。
「動くな!」
その時、僕らのうち誰のものとも違う声が森の中に響き渡った。僕らはその場で足を止め、急ぎ辺りを見回す。
「貴様ら人間だな。人間は帰れ! ここは神聖な場所。貴様らのような下賤な種族の立ち入っていい場所ではない!」
「ち、ちょっと待ってくれよ。誰だか知らないけど、俺らはこの先にある集落に用が……」
ランドが口を開いた瞬間、どこからともなく矢が飛んできてランドの頬を掠めた。矢は近くの木の幹に深く突き刺さり、姿の見えない何者かが本気で僕らを排除しようとしている事を伝えてきた。
「今のは警告だ、次は当てる。さあ、とっとと消え去れ!」
「……待ってくれ。その声はヒューイだな?」
「何!?」
けれどサークさんが口にしたその名前に、声が明らかに動揺したのが解った。そこに畳み掛けるように、サークさんは更に続ける。
「久しぶりだな。人間嫌いは相変わらずか。悪いが俺達は族長に用があって来た。邪魔をするなら力ずくでも通らせて貰うぞ」
「お前……サークか! 帰って来たのか!」
喜び、驚き、そんな感情がないまぜになったような声がサークさんの名を呼ぶ。呆気に取られる僕らを振り返り、サークさんが複雑そうな顔で言った。
「黙っていてすまなかったな。このラヌーンの集落は……俺の、産まれた場所だ」
そう語る目に映る感情が何なのか。僕には、図り知る事が出来なかった。




