第八十二話 各々の成長
まず三人は正面からサークさん、右側からクラウス、左側からランドと三方に分かれてジュエルイーターに接近した。その足音と匂いに食事に夢中になっていたジュエルイーターが顔を上げ、四つん這いになって戦闘態勢を取る。
「まずは、動きを封じさせて貰うとするか!」
サークさんが精霊語を唱え、土色の肌をした掌サイズの子供を呼び出す。するとジュエルイーターの足元の土が隆起し、その両手両足を包み込んだ。
「その肌、僕の手で引き裂く! 『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
「一ヶ月前までの俺じゃねえってとこを見せてやる! 俺の風、受けてみやがれ!」
そこにクラウスが雷を、ランドが竜巻を発生させ左右から同時に叩き付ける。雷の刃が分厚い岩のような肌を裂き、圧縮された竜巻の風が赤青の瘤にヒビを入れていく。
「ギュララララッ!!」
肌を焼かれ瘤にヒビを入れられた痛みにジュエルイーターが吠え、力任せに土の拘束を解いてそのまま長く太い尻尾を振り回す。三人は即座に後ろに大きく飛び、その一撃をかわした。
「ランド、大分反応が良くなったな!」
「そりゃ、毎日毎日血ぃ垂れ流しながら筋肉痛になるまでしごかれりゃそうなりますって!」
尻尾が坑道の壁に激突し大きな穴を開ける中、賛辞を贈るサークさんにこの一ヶ月の特訓内容を思い出したのか苦い顔でランドが答える。けれど確かに、一ヶ月前と比べるとランドの身のこなしは大分洗練されたと思う。
「無駄話をしている余裕はない、来るぞ!」
そこにクラウスの檄が飛ぶと共に、ジュエルイーターが再びこちらに向き直る。そして、発する気配から一番油断がならないと感じたのかサークさんに向かって巨体に似合わぬスピードで突進していく。
「さて、霊魔法でかわしてもいいがここは……アロア、頼む!」
「はい!」
サークさんのその声に、アロアが素早く印を組む。そして両手を突き出すと、ジュエルイーターの体が見えない壁にぶち当たったように大きく跳ね返った。
半径五メートル以内に不可視の壁を作り出す高位の聖魔法――シールド。特訓をしていたのは僕やランドだけではない。アロアもまたたゆまぬ努力の末、この短期間で幾つもの新しい聖魔法を身に付ける事に成功したのだ。
「俺も少し本気を出すか。二人の付けた傷、押し広げてやる!」
動きの止まったジュエルイーターを前に、サークさんが炎の髪を持つ女性を呼び出す。すると手にしているカンテラの炎が勢いを増し、爆発するように分裂し無数の火の玉となってジュエルイーターに襲い掛かった。
「ギュラッ、ギュラアッ!!」
ジュエルイーターは爪を振るい火の玉を叩き落としていくも総てを処理する事は出来ず、裂けた肌やひび割れた瘤に炸裂した火の玉はその傷口を焼き、大きく広げていく。これなら!
「サーク、そろそろエルナータ達も行っていいか!?」
「ああ、存分に暴れて来い!」
許可を得て、僕とエルナータは同時に駆け出す。ジュエルイーターは尻尾をめちゃくちゃに振り回していたけど、アロアのシールドに弾かれてこちらまで攻撃が届く事はなかった。
「アロア、シールドを解いて!」
「解ったわ。二人とも気を付けて!」
目の前の尻尾や爪を弾いていた壁がなくなるのを、肌で感じる。一ヶ月前までの僕らなら自殺行為だったけど……今ならやれる!
「エルナータは右へ! 貫け、槍よ!」
「ああ! 派手に切り刻んでやるぞ!」
僕らは尻尾は屈んでかわし爪が飛べば武器を使っていなし、そうやって攻撃の合間を縫いながらジュエルイーターの体に肉薄する。サークさんとの特訓のお陰で、大分反射神経が鍛えられたと思う。
目に飛び込んだのは、ランドとサークさんの手で細かな亀裂が入った赤青の瘤。僕はその中央に、全力で槍を突き立てた。
「ギュララララララララッ!!」
「まだまだっ!」
瘤を砕かれ悲鳴を上げるジュエルイーターの右側で、エルナータの髪が生み出した一振りの大きな鎌が剥き出しになった肉を深く切り裂く。魔物特有の黒い血が遠くまで飛び散り、岩盤に模様を作った。
勿論これで攻撃は終わらない。僕は胴体から離れないようジュエルイーターが暴れる動きに体を合わせながら、瘤に深々と突き刺さった槍からわざと手を離し腕輪に戻した。
「もう一度だ! 貫け、槍よ!」
そして再び腕輪を槍に変え、ひび割れた瘤を貫く。それを繰り返す。手を離せば武器が元の腕輪に戻る事を利用した、僕ならではのやり方だ。
瘤から噴水のように吹き出る血が、僕の体を黒く染め上げる。同様にジュエルイーターの右側を切り刻んでいたエルナータの服も、返り血ですっかり黒くなっていた。
「そろそろトドメの下準備といくか。合わせろ、ランド! 『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
「おう! 背中にでけえ穴を開けてやる!」
血を大量に失い、動きが鈍り始めたジュエルイーターの背をクラウスの雷が焼き、その傷をランドの風が抉じ開ける。ここは……僕の槍の方が、より深く肉を穿つ事が出来るだろう。
反対側のエルナータに目で合図し、互いに頷き合う。エルナータは髪を一旦素の状態に戻すと、そのままバラバラになった髪をジュエルイーターの腕に巻き付け動きを止めた。
髪をほどこうと最後の力を振り絞るジュエルイーターの尻尾側から背に飛び乗り、クラウスとランドの開いてくれた背中の傷口まで辿り着く。石が熱せられたように仄かに赤く焼けたその場所に、僕は屈み込み槍を作り出した。
「トドメだ! 貫け、槍よ!」
手の中の銀色の槍を、全力で傷口に押し込む。根元まで押し込んだのを確認してから手を離すと、背中から今まで以上の血のシャワーが降り注いだ。
「ギュラ……ギュ……ラ……」
ジュエルイーターの体が一歩、二歩とふらふらとよろめく。そして遂に力尽き、その場に崩れ落ちた。
「……っひゃっほう! やったぜ!」
暫くして、ジュエルイーターが完全に動かなくなった事を確認するとランドが歓声を上げた。他の皆も、ホッとしたように構えを解く。
「今回は丁度いい腕試しになったな。皆、強くなった」
「まだまだです。怪我をせずに済んだのも、途中から相手が完全にパニックになってたお陰ですし」
カンテラを掲げ満足げに頷くサークさんに、ジュエルイーターの背から飛び下りながら僕は言う。これは謙遜ではなく、もっと頭のいい相手だったらきっとこんな簡単にはいかなかっただろうと思う。
「サークの言った通りだな! 攻撃以外でもエルナータの髪、役に立った!」
「髪を自在に動かせるという事は、必ずしも武器にする事だけが総てじゃないからな。これからもっと練習すれば、いずれ本物の手足のように髪が動かせるようになるだろう」
新しい発見に目を輝かせるエルナータの頭を、サークさんが撫でる。その向こう側では、ランドが喜びを抑えきれないといった感じでクラウスの肩を揺さぶっていた。
「なあなあ、俺強くなったよな? 足引っ張んないようになったよな!?」
「ああそうだな、解った、解ったから離せ揺さぶられすぎて目眩がする!」
「ふふ……今回は本当に皆で勝ち取った勝利、だね」
皆の様子を見回したアロアが、穏やかに笑う。僕もその隣に並び、笑みを浮かべる。
「うん。でもこの結果に慢心しないで、もっと強くならなきゃ」
「そうね。一緒に頑張ろう、リト」
僕とアロアは顔を見合わせると、どちらからともなく笑みを深めた。
「ありがとうございます! 本当に魔物を倒してくれるとは! これで故郷を捨てずに済みました!」
集落に戻りジュエルイーターの砕けた瘤の欠片を見せると、族長を始めとしたドワーフ達は大喜びで僕らを称えてくれた。故郷を失う辛さはタンザ村を追われた時に味わったつもりだったから、この集落のドワーフ達がそうならないで良かったと心から思った。
「あなた方は集落の恩人だ! レムリアへの協力は勿論、他に望みがあれば何でも言って下され!」
「では、当然代金は払わせて貰うが……玉の在庫はあるか。あれば一つ、買い取りたい」
「玉か! それならうちの倉庫に……ちょっと待っていてくれ!」
クラウスの要望にドワーフさんの一人が奥の建物に入っていき、間もなく包みを持って戻ってくる。ドワーフさんが包みを開くと、そこには色とりどりの丸い宝石が転がっていた。
「玉は貴重品。流石に全部やる訳にはいかんが、一つならタダで差し上げよう。儂らの気持ちだ」
「い、いや僕はきちんと金を払って……」
「あと少しお前さん達が来るのが遅ければ、きっと鉱山の玉は総て食い尽くされていた。それを思えば、一個タダにするくらい安いもんだ」
「……貰っとけ、クラウス。こういうのは、あんまり断るのも失礼ってもんだ」
「わ、解った。それではお言葉に甘えるとして……」
サークさんに諭され、クラウスが玉の吟味を始める。幾つか手に持ちながら悩んだ後、やがてクラウスは赤い玉を手にした。
「……炎にする。炎の玉は集中攻撃も分散攻撃も出来る万能型だ。範囲攻撃に強い氷や風の玉も考えたが、威力も取るならやはり炎だろう」
「玉は何に組み込むね。今持っている杖のも合わせて、二つの玉を組み込んだ杖を新調するかい?」
「いや……これは父上から受け継いだ大事な杖だ。この杖以外は、なるべく使いたくはない」
ドワーフさんの提案に、首を横に振りクラウスが言う。クラウスの邪魔にならず、杖以外に玉を埋め込めそうな所か……。
「……腕輪か、小手なんてどうかな」
何気なくそう言うと、クラウスが自分の腕に視線を落とし考え込む。そして少しの後に顔を上げると、小さく頷き返した。
「確かにそれなら、僕でも装備出来そうだ。……小手にしよう。どうせなら、より頑丈な方がいい」
「だったらあれ使うのはどうよ? ゴーレムから削ったミスリル」
「ミスリルだと? お前さん達、あの古代の対魔法金属を持ってるというのかね!」
ランドの言葉に、ドワーフさん達が一気に色めき立つ。僕が荷物袋からミスリルの塊を出して見せると、ドワーフさん達は互いに押し合うようにしてミスリルに釘付けになった。
「他の金属にはない青白い光沢……間違いない。伝承に伝わるミスリルそのものだ。お前さん達、これを一体どこで……」
「ここに来る前立ち寄った遺跡で倒したゴーレムの一部が、ミスリル製だったんです。それを削ってきました」
「いやはやたまげた……お前さん達一体何者だね? とにかくこのミスリルを使わせて貰えるなら、最高級の小手を作ると約束しよう」
「しかし……いいのか? 僕がミスリルを独り占めしてしまって」
クラウスが僕らを振り返り、迷うように見る。そんなクラウスに僕らは頷き、笑みを浮かべた。
「僕にはこの腕輪があるし。これ以上の贅沢は望まないよ」
「私は武器にしても防具にしても使いこなせないから……使いこなせる人が使うのが一番いいと思う」
「クラウス含めて皆は俺にこのダガー持たせてくれたろ? 今度はクラウスの番だって!」
「最近お前ちょっと偉そうじゃなくなってきたからな。構わないぞ。その代わりエルナータをちゃんとエルナータって呼べよ!」
「……だってよ。そういう訳だ。仲間の好意は受け取っとけ」
最後にサークさんがウインクし、皆でクラウスを見つめる。クラウスは少し泣きそうな顔になったけど、すぐにキッと顔を引き締め言った。
「……恩に着る。小手が完成したらこれまで以上に、貴様達の力になると誓おう」
「決まりだな。ミスリルは特殊な金属。加工法は伝わっているから問題ないが、完成には数日かかる。それまではこの集落に泊まっていくといい」
「ありがとうございます。お願いします」
僕らはドワーフさん達にお礼を言い、小手が完成するまでの間集落に留まる事になった。




