第八十話 宝石喰らい
『……これでレムリアと協力体制になった共同体は二十を超えたか。かなりの人数が集まってきているな』
ディアッカでの悲劇から、およそ一ヶ月あまりの時が過ぎた。僕らはノーブルランドをまず北に行った後進路を西に変え、暫くいった所で今度はグランドラ国境に向けて南下するといったルートで旅を続けていた。
蒼き月の夜には必ず屋内で過ごせるよう、日数も調整しての旅だった。旅人の間ではやはり蒼き月の夜には外を出歩かないというのが常識らしく、皆その日だけは決して強行軍をしようとはしなかった。
僕らは今、ノーブルランド西部の山岳地帯の入口にある集落にいる。そこで定例となった、レジーナさんへの報告を行っていた。
「ああ。ディアッカの事は残念だったが、それからは大した妨害もなくここまで来ている。そちらの戦況は?」
『変わりない。相変わらず戦火の波は国境付近に留まり、グランドラからの進軍を防ぎ続けている』
レジーナさんの言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。まだレムリアに、酷い被害は出ていないようだった。
「……妙だな」
けれどそれを聞いたサークさんは、難しい顔で眉根を寄せた。見ればクラウスも、同様の表情をしている。
「何でですか、サークさん? レムリアが無事なのは喜ぶべき事じゃ……?」
「進軍が慎重過ぎる。グランドラの今までの勢いなら、国境が二ヶ月ももつなんて考えにくい。いくらレムリアの兵が日々鍛練を怠らなかったとしても、グランドラ相手じゃ実戦経験の差は明らか。今頃は、もっと押し込まれていてもおかしくない筈だ」
『やはり、そう思うか。共に戦場を経験した事のあるサーク殿ならば、私と同じ疑問を抱くと思っていたが……』
顔が見えていればきっと渋い顔付きをしているのだろう声で、レジーナさんもそう言う。……グランドラは、わざと戦火を拡大させずにいる?
『実は、以前魔物が現れた場所の調査を頼んだ時に幾つか気になる報告があった。それは、アンジェラ教の教会についてだ』
「教会に、何かがあったのか?」
『ああ。魔物の被害に遭った町や村の教会には必ず、中を荒らしたような形跡があったと言うのだ。まるで、隠された何かを探し出すかのように……』
僕はアロアと、思わず顔を見合わせる。確か、タンザ村の教会も同じように何者かに荒らされていた。
『我々は最初、グランドラがレムリアに魔物を放ったのは国内を混乱させ国の力を削ぎ、更に侵略の建前を作り上げる為だと思っていた。だが他にも、何か狙いがあるとしたら?』
「その狙いの為に、わざと攻撃の手を緩め過度の侵略を行わないようにしている……か?」
『私はそう睨んでいる。……奴らが求めているのは恐らく、大地母神アンジェラ絡みの何かだ。だから、アンジェラ教の教会を次々と漁っている』
「アンジェラ様の……?」
アンジェラ神の名前を聞いたアロアの表情が、俄かに固くなる。僕はそんなアロアの肩を抱き、力を込めた。
「……アンジェラ教を魔物を産んだ邪教として国民の感情を煽ってる手前、下手に進軍させれば教会が打ち壊される可能性は高い。それを防ぐ為にも、今以上の戦火は広げられない……そんなところか」
『推測が正しければ、そうなる』
「成る程。こちらへの妨害が急に減ったのも、人員を目当てのものを見つけるのに割いているからかもな。探し始めて二ヶ月、いや戦争が始まる前からと考えると三ヶ月か、それともなればそろそろ焦りが出始めてもおかしくはない」
サークさんとレジーナさんとの会話に、僕も考えを巡らせる。グランドラの狙いは、ただレムリアを領土とする事だけじゃない。レムリアにある、何かを求めている。
その何かが何なのか。知る事が出来れば、この状況を打開する策が生まれるんだろうか……?
『我々ももう少し、国内に入り込んでいるだろうグランドラの間者の行方を追ってみる。そちらは引き続き、協力者を集めてくれ』
「解った。……無茶はするなよ」
『そちらも息災でな。何か解ったら、こちらから連絡を入れさせて貰う』
通信が切れ、重い沈黙が辺りを支配する。最初に口を開いたのは、クラウスだった。
「レムリアの支部長は幾多の戦場を乗り越え、頭も切れると噂の女傑。心配はないだろうが……不安は残るな」
「グランドラの野郎共が、何を考えてっかさっぱり解んねえしな。どうせろくな事考えちゃいねえんだろうけどよ」
「アンジェラ様……どうかレムリアにいる皆をお守り下さい……」
ランドが苦々しげに毒を吐き、アロアがシンボルを握り締め祈る。レムリアから遠く離れたこの身では、何も手伝えないのが恨めしい。
「……俺達は俺達に今出来る事をやる。……そうだろう、皆?」
そんな僕らの心を見透かしたように、サークさんが皆を見回す。……そうだ。今の僕らには、それしかレムリアの皆に出来る事はない。
「はい。……残った集落もあと少し。皆、頑張ろう!」
そう気合いを入れ直し、僕はまた明日からの旅に思いを馳せた。
険しい山道を越え、僕らは目的地のガザの集落へと辿り着く。ガザの集落はドワーフ達が住む鉱山に囲まれた場所で、中には世界でも稀少な玉の鉱山も存在しているらしい。
「ついでに、これまで稼いだ金で玉の一つでも買えれば良いのだが。父上から受け継いだ雷の玉は確かに威力の面では総ての玉の中でも最強クラスだが、これからの戦いはもっと器用に立ち回れるようにならねば」
クラウスはこれまでの戦いで思うところがあったらしく、そう言って自分の財布の中身を確認していた。口が大きいだけじゃなく、今より強くなる為の努力と財を惜しまないのがクラウスらしいと思った。
まだ日の高いうちに到着出来たので、僕らは宿探しより先にガザの族長に会う事にした。ガザの族長は人の良さそうな老ドワーフで、僕らの事も喜んで歓迎してくれた。
「成る程、話は解りました。土と共に生きる我らドワーフにとって、大地を司るアンジェラ様は母も同然。それが謂れのない誹謗の中にいるなら、是非助けて差し上げたいのはやまやまなのですが……」
サークさんから話を聞いた族長さんは、白く豊かな顎髭を擦りながら言いにくそうに言葉を濁す。サークさんは続きを急かすのではなく、言葉を続けやすいようにやんわりと口を挟んだ。
「大丈夫です。落ち着いて話して下さい」
「ありがとうございます。……実は我らはじきに、この集落を捨てるつもりなのですよ」
「集落を?」
穏やかではない内容に、僕ら全員が眉を潜める。族長さんは弱々しい様子で、更に言葉を続ける。
「はい。近頃鉱山に魔物が住み着き、手当たり次第に鉱物を食い荒らしているのです。我らも魔物を退治しようと腕に自信のある者を集めましたが魔物の皮膚は鉱物のように固く、武器では歯が立ちません。ご存知の通り我らドワーフは筋力が高い代わりに魔力の極端に少ない種族。武器で倒せないのなら打つ手はなく……」
「クラウス、これってまたゴーレムか何かか?」
「いや……ゴーレムは他の魔物と違って完全に人工物だ。食事は必要としない。ならば……恐らくはジュエルイーターだろう」
ランドの問いに、クラウスが厳しい顔でそう答える。その耳慣れない名前に、僕らはそれぞれ首を傾げる。
「ジュエルイーターはこの世のありとあらゆる鉱物を主食とし、鉱物を食えば食うほどその皮膚は鋼のように固くなる性質を持つという。言い伝えにおいても、目撃例は数少ないとの事だが……グランドラめ。僕らを止められないのならば、鉱山を潰して武器や防具の供給を断とうという魂胆か」
「そいつ、強くて悪いのか? やっつけていいか?」
どこまで話を理解したのか、目をキラキラと輝かせてエルナータが言う。そんなエルナータの頭を撫でながら、サークさんが言った。
「エルナータの言葉じゃないが……どうでしょう、族長。そいつの退治、俺達に任せて貰えませんか。こちらには魔法に長けたメンバーも何人かいる。魔物にも、攻撃が通じるかもしれません」
「それは願ってもない申し出ですが……本当にいいのですか?」
「レムリアへの協力という見返りを頂けるなら、喜んで」
族長さんは暫く考え込むように俯いていたけど、やがて顔を上げサークさんの手を取った。太い眉に半分隠れたその目には、決意の色が浮かんでいる。
「このガザの集落は、我らドワーフがずっと住処にしてきた故郷。それを守れるのならば……どんな協力も惜しまないと誓いましょう!」
「解りました。俺達の手で、必ず魔物を退治してみせます」
サークさんの返した言葉に、僕らは全員で頷いてみせた。




