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蒼月の交響曲  作者: 由希
第二章 いざ北方の地へ
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第七十九話 今出来る事を

 色々あった遺跡探索だったけど、行きに全部罠を潰しておいたおかげで帰りは何事もなく遺跡の入口まで戻る事が出来た。戻った頃には雨はすっかり上がっていて、雲の隙間から晴れ間が顔を出していた。

 精霊のダガーは引き続き、ランドが所有する事になった。自分を認めてくれたダガーに宿る精霊の為にも、旅の間にもっとダガーの風を使いこなせるようになるとランドが意気込んでいた。

 それから、ゴーレムの腕に埋め込まれていた鉱石――クラウスがミスリルと呼んでいた石は、少量だけど僕とエルナータが協力して削り出す事が出来たのを持っていく事にした。本当は全部削り出そうとしたけどゴーレムの身体が固くて短時間では分解し切る事が出来ず、また出来たとしても量が多すぎて全員の荷物袋を使っても収まりきらない事から一つ何かに加工出来そうな分だけ、となった。

 ノーブルランドには、鉱物の加工技術に長けたドワーフ達の集落もあるらしい。そういえばドワーフにはまだ会った事がないので、いつか会える日がとても楽しみだ。

 そうして若干の遠回りをする事になったものの、僕らはノーブルランドの残りの集落を目指して再び出発した――。



「クラウス、そろそろ見張りを替わるよ」


 ぱちぱちと音を立てる焚き火の前に座るクラウスに、そう声をかける。僕らは今日も、少ない薪をかき集め平原で野営をしていた。


「リト? 交代の時間にはまだ早いが……」

「うん、けど何だか目が覚めちゃって」


 クラウスの隣に腰掛け、焚き火で暖を取る。季節は夏から秋に変わり、少しずつ夜が肌寒くなってきた。


「なら丁度いい、少し話をせんか。これだけ大所帯の旅だと、二人で落ち着いて話をする機会はなかなかないからな」


 意外な申し出に、僕は目を丸くした。クラウスの方から話をしたいと言ってきたのは、初めての事かもしれない。


「うん、いいよ。僕で良かったらいくらでも話を聞くよ」

「そうか。……ゴゼの最期の言葉、正直貴様はどう思っている」


 僕が頷くと、クラウスはそう話を切り出してきた。……恐らくは、魔物を生み出した元凶がアンジェラ神だというあの話だろう。


「解らない。気持ちとしては信じたくはないけど……僕にはあの話が嘘なのか、判別がつかない。僕らのしている事が、本当に正しいのかも」

「貴様らしい考えだな。僕は、あの発言は虚偽である可能性が高いと睨んでいる」

「え?」


 迷いなく言い切ったクラウスの顔を、思わず見返す。その冷静な表情は僕のような希望的観測ではなく、恐らく何らかの根拠があるのだろうという事を思わせた。


「本当に大地母神アンジェラが奴らの母なら、いくらアロアの心にダメージを与える為とはいえアンジェラ神をあれほど悪し様に言う必要はない筈だ。いかに奴の性根が腐っていると言っても」

「あ……」


 言われて、ゴゼの発言の数々を思い出す。確かにゴゼの言葉からは産みの親に対する敬意は微塵も感じられず、寧ろアンジェラ神への悪意に満ちていたように思える。


「これはあくまでも僕の一推理でしかないが……逆なのではないか。大地母神アンジェラは奴ら悪魔にとって何らかの不利益になる存在であり、今の時代にそれが伝わっていないのをいい事に僕達を混乱させるのを目的にわざとああ吹き込んだのではないか……僕はそう考えている」


 僕は自然と尊敬の目で、クラウスを見ていた。自分のしている事が正しいのかと僕が迷っている間にも、クラウスは与えられた情報から冷静に状況を分析していたんだ……。


「凄いね、クラウスは。僕じゃそこまで考えつかなかった。アロアにも今の話をすれば、きっと安心するよ」

「ならば、貴様からアロアにこの話をしてやれ。アロアが最も信頼を寄せる貴様が言うのならば、僕が言うよりもアロアを安心させてやれるだろう」


 心からの称賛を贈ると、クラウスは少し照れたようにそっぽを向いてしまった。クラウスのこの素直じゃなさにも、今では大分慣れてきた。


「そうするよ。クラウスがアロアにお礼言われて、真っ赤になったら困るもの」

「なっ……感謝されるのが恥ずかしいとかそういう事ではないぞ!? 僕は常に効率を考えてだな……!」


 真っ赤になったクラウスが何か言ってるけど、笑って聞き流しておく。クラウスに構いたくなるサークさんの気持ちが、少しだけ解ったような気がした。


「……リトは何故、こんな僕に自然体で接してくれるのだ」


 不意に、クラウスの声のトーンが変わる。さっきまでの自信に満ちた姿は鳴りを潜め、その肩はいつもより小さく縮んで見える。


「自分でも、人に好かれる性格でないのは自覚している。態度ばかりで結果が伴わない凡愚……そう罵られた事もある。生まれが生まれだから尚更だ。……なのに何故、貴様は呆れず共にいてくれる……?」


 すがるようなクラウスの目が、僕の目を見つめる。僕はそんなクラウスに、笑い返しながら言った。


「友達の側にいたり普通に接するのに、理由なんていらないよ」

「……友達……」

「クラウスは僕より色んな事を知ってて、きっと沢山勉強して努力してきたんだと思う。態度が悪いのは……ちょっとフォロー出来ないけど、けどそんな頑張り屋で、本当は面倒見もいいクラウスを嫌う理由なんてどこにもないよ」

「……」


 クラウスの金色の瞳が潤み、それを悟られない為か慌てて顔が下を向く。僕はクラウスが落ち着くまで待とうと、敢えて何も言わずにじっと見守った。


「……あり……」


 やがてクラウスが、何かを呟く。僕はそれを聞き逃すまいと耳を澄ませる。


「あり、が、とう……」


 そして今度こそハッキリと聞こえた感謝の言葉に、僕は満面の笑みを浮かべ、応えた。



「よし、じゃあどこからでも打って来てくれ」


 曲刀の刃を下に構えながら、サークさんが言う。それを見ながら、僕はどこから攻め入るべきかと考えを巡らせた。

 僕は今、サークさんに頼んで稽古をつけて貰っている。移動中、馬を休ませている時間だけでもと僕とランド、エルナータの三人で頼み込んだのだ。


「正直他二人はともかくエルナータは稽古の必要はあまりないと思うが……まあ、経験を積む事は悪くはないか」


 そう苦笑しながら、サークさんは僕らの頼みを了承してくれた。そして、今に至る。

 サークさんは一見自然体にしか見えないけど、どこに打ち込んでも攻撃を防がれるビジョンしか浮かばない。それでもいつまでも睨み合っている訳にもいかず、僕は覚悟を決めてサークさんに突撃した。


「はああああああああっ!!」


 気合い一閃、胴体を狙った全力の一撃を見舞う。けれどその軌道は案の定サークさんの曲刀の刃に逸らされ、空しく空を切った。


「腕力は歳と体格の割には合格点。だが少し、攻撃が直線的過ぎるか」


 冷静な分析を口にしながら、サークさんが流れるように動かした曲刀が僕の肩口を襲う。僕は咄嗟に剣を引き、その一撃を受け止めた。


「反射神経も申し分ない。後は……やはり素直過ぎて読みやすい動きだな」


 すると合わさった刃の重心がずらされ、剣を持つ手が下に押しやられる。そしてがら空きになった顔面に、サークさんの強烈な後ろ回し蹴りが炸裂した。


「がはっ!」

「リト!」


 強い衝撃に揺れる視界の中、アロアの悲鳴が響く。耐え切れずに地面を転がった僕の喉元に、ぴたりと曲刀の切っ先が突き付けられた。


「……参りました」

「リトは身体能力は十分だが実戦経験が少なすぎるな。相手が単純な動きだけでかかってくるとは限らない。常に相手の動きの先を読んで行動するんだ」

「はい!」

「次はランドだな。精霊を操る先輩としては、ここは手を抜く訳にはいかないな」

「う、うっす! お願いします!」


 土を払って立ち上がり、今度はアロアの横で傍観者に徹する。……実力に差がある事は自覚してたけど、今の時点ではここまで差があるだなんて思わなかった。


「リト、大丈夫? ヒーリングはいる?」

「大丈夫だよ、アロア。サークさんが加減してくれたから、口の中も切ってないし」

「そう……ならいいけど。それにしても、皆無茶するんだから。いくら私が怪我を治せるからって、実戦形式で稽古なんて」

「はは、ごめん。でも、早く強くなりたいから」


 サークさんの操る霊魔法に蹂躙されるランドを眺めながら、会話を交わす。そういえば、最近アロアとの会話をあまりしていなかったような気がする。


「……ありがとう、リト」

「ゆうべクラウスから聞いた話の事?」

「うん。あれからアンジェラ様を本当に信じていいのかずっと悩んでたけど……お陰で気持ちが楽になった。私はアンジェラ様を信じていいんだって、心からそう思えた」

「なら良かった。……そういえばアロアは、どうしてアンジェラ様の信徒になったの?」


 その話は聞いた事がなかった気がして、アロアの顔を見つめながら問い掛ける。アロアは昔を懐かしむような表情になりながら、ゆっくりと口を開いた。


「タンザ村って、アンジェラ様の教会があったでしょ? 私、歳の近い友達もいなかったし暇な時はよく教会で神父様に色んな話を聞かせて貰ってたの。中でも一番好きだったのがアンジェラ様の話。原初の二柱の神様のうちの一柱で、地上の総ての生き物を産み出し、世界を作り終えた神々が天に昇った後も一人この大地に残り、生命を慈しんでいる……そんなアンジェラ様に憧れて、私もそうなれたらって思ったの。それで、アンジェラ教のシスターになったのよ」

「素敵だね。アロアがアンジェラ様を好きになる気持ちが解る気がするよ」


 お世辞ではなく、本心から僕はそう口にした。この大地の、生けとし生けるもの総てを見守る慈愛の神。そしてそんなアンジェラ神のようになりたいと願うアロアの事も、また素敵だと思った。


「私、もう迷わない。何を言われたって、アンジェラ様を信じ続ける。小さい頃から、憧れ続けたアンジェラ様を」

「僕も信じるよ。アロアが信じるアンジェラ様の事を」

「リト……」


 僕らは自然と、互いの目を見つめ合っていた。ただの緊張とは違う甘い高鳴りが、胸を支配する。

 いつまでも、この時間が続けばいい。そう思ってしまったのは、僕の我が儘なのだろうか。


「……うおおおい、二人の世界に入ってないで俺の怪我治してくれえええええ! 死ぬ、このままじゃマジで俺死ぬ!」

「えっ、えっ、あ、大変!」


 けれど何があったのか頭から大量の血を流して倒れるランドの叫びを聞いて僕は慌ててアロアから目を逸らし、アロアは走ってランドの治療に向かったのだった。

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