表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼月の交響曲  作者: 由希
第一章 総ての始まり
8/134

第八話 悲しき決断

 ……それから。傷の痛みに倒れた僕と僕を治療すると申し出てくれた神父様を残し、ダナンさんは外に避難した村の女の人達に魔物が死んだ事を伝えに行った。神父様の話では、神父様を逃がす為にやってきたダナンさん以外の男の人達は皆、魔物の炎に焼かれてしまったらしい。それを聞いて、また胸に悔しさが込み上げる。

 僕が。僕がもっと早くに、この腕輪の力を思い出していたなら。

 もっと沢山の人を救えたかもしれない。誰も悲しまずに済んだかもしれない。

 そう思うと、やるせなかった。この腕輪には、それが出来るだけの力があったのに……。


「……自分を責めるのはおよしなさい、リト」


 そんな僕の思考を見透かしたように、神父様が言った。僕の傷口の上に添えられた手からは淡く白い光が輝き、今もズキズキと激しく痛む傷を包み込んでいる。これがアロアの言っていた聖魔法なのだろう、と僕は思った。


「神父様……でも」

「我々は、あなたに救われました。あの魔物が村人に危害を加える事はもうありません。胸を張りなさい。あなたは、多くの人々を救ったのですよ」

「でも、もしかしたら……誰も……死なずに済んだかもしれないんだ。誰も……!」


 それでもそう考えるのを止められない僕に、神父様は困ったように笑った。そして、こう続ける。


「……人は誰しも、万能ではありません。総てを救う事の出来るものなどいない。それは、天上におわす神々と言えど同じ事。神々にすら成し得ぬ事を一人の人がやろうとするのは、それは傲慢というものです」

「……」

「リト、あなたが現れなくば我々は皆殺されていたかもしれません。為す術なく死に逝く運命だった我々を哀れみ、その命を少しでも救う為、天があなたを遣わした……私には、そう思えてならないのです。あなたはあなたの務めを、懸命に果たしてくれました。――ありがとう、リト」


 そこまで言われたら、もう僕には何も言えなかった。納得した訳じゃない。けれどもどんな形であれ、神父様はこの現実を受け止めている。それなのに僕がいつまでも燻り続けているのは、違うと思ったのだ。


「リト!」


 不意に、遠くから名前を呼ばれて僕は顔を上げる。声のした方を見ると、泣きそうな顔のアロアがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「リト、リト! 生きてて、生きてて良かった……! 無茶よ! 一人で魔物に挑みに行くなんて!」


 アロアは僕の横に崩れ落ちると、遂に耐えきれなくなったのかそのまま泣き出してしまった。そんなアロアに僕は、どうしていいか解らずおろおろしてしまう。


「馬鹿! 馬鹿! もっと自分を大事にしなきゃ駄目じゃない! 今回は運良く倒せたけど、もしかしたら死んじゃってたかもしれないんだから!」


 涙声で矢継ぎ早に喚き立てるアロアを見て、漸く気付く。そうだ……もし腕輪がなかったら、持っていても使い方を思い出せなかったら、思い出せても力が及ばなかったら……僕も、今頃皆と一緒に死んでいたんだ。

 そう思うと、背筋に寒気が走る。今更ながら、最初に魔物を見た時のあの恐怖が蘇ってくる。

 同時に、こうも実感する。僕も、アロアも、神父様も、ダナンさんも。それから、今はまだ村の外にいる女の人達も。

 皆、生きている。……生きているんだ。

 胸の重しは、消えた訳じゃない。僕の行動次第で、もっと多くの人が救えたかもしれない、それは間違いないと思う。

 けど、自分の命も、そして何より救えた命も……確かにここに在るんだ。


「――ごめん、アロア」


 泣きじゃくるアロアの頭を、そっと撫でる。舞い上がった灰が付いたのか、いつもは綺麗な栗色の髪が今は所々煤けていた。


「本当に、ごめん」

「うん」

「でも、生きてる」

「うん。生きてる」


 僕は笑った。それを見たアロアも、泣いたままだけど笑ってくれた。

 深く傷付いた村の中で、僕らのいる場所だけがただ温かかった。



「……これから、どうしようね」


 ダナンさんが逃げていた女の人達を連れて戻ってきて。はじめにそう言ったのは、ダナンさんの奥さんだった。


「ここではもう暮らせない。魔物は死んだけど……家も畑も家畜も、皆焼けちまった」

「教会だけは無事だけど……男衆も殆どやられちまったんじゃ……」

「それに、他にもまだ魔物がいるかもしれない。麓の町に行ってこの事を伝えないと……」


 不安そうに意見を交わし合う皆の姿に、僕もまた不安を覚える。確かに命は助かったけど……僕らは、この先一体どうなるのだろう。

 一つ確かなのは……この村を捨てるより他に、僕らに道はない事だった。

 やがて、皆が決断を求めるように神父様に視線を向ける。神父様は、一つ大きく息を吐くと重々しく口を開いた。


「……皆で、山を降り、麓の町に向かいましょう」


 誰も、その意見に反対する者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ