第七十四話 悪逆王との激闘
まず最初に仕掛けたのはサークさんだった。サークさんは狼を相手にした時よりずっと速い体捌きでゴゼに接近し、曲刀を斜めに振るう。
「うおっとお!」
それをゴゼは、固く握った拳で受け止める。ランドを一撃で吹き飛ばした事といい、あの拳はかなり強力なのかもしれない。
サークさんは一撃一撃が防がれるのも構わず、曲刀のしなやかさを生かして流れるように次々と攻撃を繰り出す。その素早い攻防は、正直目で追うのがやっとだった。
「あれがサークの本気か……エルナータも今度手合わせして欲しくなったぞ」
目の前で繰り広げられる激しい攻防に、エルナータがうずうずとした様子で呟く。僕らは全員、加勢したくてもそのタイミングが図れずにいた。
いや、クラウスだけはゴゼの動きではなく、サークさんの動きだけにじっと注視していた。まるで何かを待っているかのように……。
「ちっ、精霊に頼るしか能のねえ筈の貧弱エルフがここまでやりやがるとはなあ!」
防戦一方になっているゴゼが苛立たしげに叫ぶと、サークさんの攻撃の隙を縫って顔面に鋭い突きを繰り出す。サークさんはそれを、大きく後ろに飛んでかわした。
「クラウス!」
「ああ。『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
「何いっ!?」
サークさんとゴゼの距離が離れたその僅かな間を見逃さず、クラウスの放つ激しい雷がゴゼの体を包み込む。そうか……サークさんはわざとゴゼに反撃させるだけの隙を作ってそれに合わせて距離を取り、向こうがクラウスの雷をかわせないようなタイミングを生み出したんだ。
僕らより長く旅をしている二人だから出来た、息の合った連携。事前の打ち合わせもなしにそれをやってのけた二人が、心の底から頼もしく思えた。
「……っクソがあああああああっ!!」
けれどそんな感慨は、雷を吹き飛ばしたゴゼの怒号によって遮られた。僕とエルナータはすかさず、ダメージ自体は通ったのかぶすぶすと黒い煙を上げながら立つゴゼへと突進していった。
「今度は餓鬼二人かよおっ!」
脇腹目掛けて振り抜いた剣が、ゴゼの拳に激突する。その重い感触に、サークさんはこんなものと何度も打ち合ったのかと驚愕する。
「餓鬼じゃない、エルナータだ!」
ゴゼの左へと回り込んだエルナータは、髪を無数の槍へと変えてゴゼを串刺しにしようとする。その危険性を瞬時に察知したのか、ゴゼは慌てて右に大きく飛び退いた。
「何だこの餓鬼の髪はあ!?」
「逃がすかよ!」
そこにサークさんが再び斬りかかり、それをゴゼはやはり拳で受け止める。再度攻防を始めた二人に、けれど僕とエルナータは今度は積極的に近付いていった。
さっきと違い、ゴゼは完全にこっちに背を向けている。ならば!
「エルナータ、僕を足場に!」
「解った!」
それだけで、エルナータは僕の意図を察してくれたらしい。こういうのを、戦いの申し子と言うのかもしれない。
ゴゼの背中との距離があと三歩分まで近付いたところで僕は体を前に傾け、直後に背中をたんたんと小気味良く誰かが駆け上がっていく感触がした。そして肩を一際強く蹴る感触がしたと同時、エルナータの体がゴゼの頭よりも高く舞い上がりゴゼへと向かっていった。
「何だとおおおっ!?」
頭上に差し掛かった影に、ゴゼがエルナータの存在に気付いたらしい。ゴゼはエルナータから逃げようと試みるけれど、相対するサークさんの素早い連撃がそれを許さない。
「行くぞ! サンマイオロシだ!」
多分アロアかマッサーさんから教わった料理の知識を技の名前と勘違いしているのだろう、そう叫んでエルナータが頭の両脇に鋭い刃を生み出す。そして体ごとゴゼに突進すると、刃を降り下ろしゴゼの角と両腕を体から一気に分断した。
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
「トドメだ!」
僕とサークさんはそれぞれ、ゴゼ挟み撃ちにするようにお互い武器を振りかぶる。今まで攻撃を防いでいた両腕はもうない。これで終わりだ!
けれどゴゼは翼を大きく羽ばたかせると、僕らの攻撃が当たる直前に空中へと逃れた。しまった……今まで飛ばなかったから翼の存在をすっかり忘れていた!
「クソがあ……クソがクソがクソがクソがクソが! テメェらよくも俺の角と両腕をお!!」
両腕を失った切断面から、黒い血を溢れさせながらゴゼが吠える。既に満身創痍といった感じだけど、その目から闘志は消える事なく激しい憎しみの感情を全身からたぎらせている。
「もう許さねえ……テメェらは! 絶対に殺して! 狂う事も許されねえ永遠の地獄に落としてやるぜえええええっ!!」
そう言って、ゴゼが大きく息を吸い込む。何かをしようとしている、そう感じ取った本能が警告を発するけど相手が遥か上空にいるんじゃクラウスかサークさんの魔法じゃなきゃどうにもならない。
二人もそれを察し、迎撃態勢を取ろうとするけど……一歩遅かった。僕らが対策を講じる前に、それはゴゼの口から放たれた。
まず感じたのは、激しい耳鳴り。そして突然脳を襲った強い目眩に、僕は為す術もなくその場に膝を折った。
他の皆も、同じ状態なのか次々と崩れ落ちていく。目線を下にやると、小さな瓦礫が細かな振動を繰り返していた。
「これは……空気を細かく振動させて脳を直接揺らしているのか……!」
絞り出すような声で、サークさんが苦しげに呟く。ゴゼはしていた何かをピタリと止め、狂ったように笑った。
「ご名とおおおおおう! 流石に同じ事が精霊で出来るエルフはすぐに解ったようだなあ! これが俺の奥の手よお!」
「それなら……風の精霊の力で相殺すれば……!」
空気の振動は止まったけどまだ止まない目眩に耐えながら、サークさんが精霊語を唱える。けれど……いつまで経っても、いつものように精霊が現れる事はなかった。
「精霊が……呼び掛けに応じない……!?」
「ぎゃーっはっはっはっはあ!! ボンクラエルフちゃんに、そろそろこの遺跡のカラクリを教えてやるよお! この遺跡はなあ、内部の精霊の力を奪う事で機能を維持している! 燃料もねえのに灯りが点きっ放しなのはそういう訳だあ! つまり! この遺跡にいる限り、精霊の力なんてもんはこれっぽっちも借りられねえんだよお!」
驚愕に目を見開くサークさんに、ゴゼが勝ち誇った様子でそう告げる。僕は初めてこの遺跡に入った時、サークさんが酷く嫌な感じがしたと言っていた事を思い出した。あれは、この遺跡が精霊の力を吸い取っている事を無意識に感じていたからだったんだ……!
「……ふん、だからと言って貴様に出来るのは、最早安全な場所でこうして僕達の動きを止める事だけ。それだけで不利は覆らんと思うがな……!」
少しずつ体が楽になってきたのか、よろよろと立ち上がりながらクラウスが強気な言葉を口にする。それでも、ゴゼの余裕の姿勢は揺るがない。
「俺だけならなあ。……そぉら、そろそろ来る頃だぜえ?」
「何? ……まさか!」
ゴゼの言葉に、僕らは視線を部屋の入口に向ける。するとそこから、集落の住人達らしき人影がぞろぞろと入り込んで来ていた。
「そ・の・ま・さ・か! この俺が何の備えもせずに、一人で余裕ぶっこいてる訳がねえだろうがあ! 手下にした奴の半分は、あらかじめここに潜ませておいたんだよお!」
「くっ……!」
クラウスの顔が、焦りに歪むのが解る。僕らはここで、全員殺されてしまうのか……!?
急いで辺りを見回し、この状況を打開する策がないか考える。そんな僕の目に、あるものが目に入った。
もしかして、あれは……。目眩を堪えて素早く視線を動かすと、僕の疑問が確信に変わった。
あれを利用すれば、もしかしたらこの状況を打破出来るかもしれない。それには……クラウスの協力がいる!
「……クラウス。ちょっとこっちに来て」
小声でクラウスを呼ぶと、訝しい顔をしながらもクラウスはこっちに来てくれた。そして耳元で作戦を伝えると、クラウスの口角がにやり、と上がった。
「面白い。乗ったぞ、その案」
「何をコソコソ話してやがんだあ? どうせもう、テメェらはなぶり殺されるのを待つだけなのによお!」
自分の勝利を信じて疑わない様子で、ゴゼが嘲るように笑う。……そうやって笑っていられるのも今のうちだ!
「サークさん! エルナータ! クラウスとアロア達を守って!」
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
僕の叫びとクラウスの詠唱が、同時に木霊する。杖から迸る直線的な雷を、ゴゼはひらりと飛んでかわす。
「エルフと打ち合ってた最中ならともかく、何もねえ時にそんな直球な魔法が当たるかよお!」
「それはどうかな?」
クラウスがにやりと笑みを浮かべ、杖をそのまま横に移動させる。すると杖は雷を放出したまま動き、それに伴い雷の軌道も変わる。
「魔力の連続放出だとおっ!?」
少しだけ焦ったような、ゴゼの声が響く。そう、クラウスは一瞬だけでなく、一度の詠唱で魔力を長時間放出し続ける事が出来る。
僕と以前戦った時にやっていたのがそれだ。どこまでも自分を追いかけ続ける雷に、流石のゴゼも空気を振動させて反撃する余裕はなく逃げの一手しかないようだった。
「畜生があ! だが、これだけの魔力の放出、いつまでも精神がもつ筈がねえ!」
ゴゼの言葉が真実であるように、雷を放ち続けるクラウスの顔には脂汗が滲んでいる。そして……遂に力尽きたように、杖からの雷の放出が止まった。
「はあっ、はあっ……今のは少ぉし焦ったが、どうやら魔力が切れたようだなあ! これで、テメェらに打つ手は……ん?」
再び勝利を確信した笑みを浮かべたゴゼだったけど、その言葉がピタリと止まる。どうやら、違和感に気付いたようだ。
「おい……あの剣を持った金髪の餓鬼はどこに行ったあ……?」
辺りをきょろきょろと見回し始めるゴゼを、僕は壁際で見つめる。そう……照明を固定している鎖が繋がれている場所で。
「切り裂け、斧よ」
念の為、剣からより破壊力の高い斧に武器を変えておく。そして……長い長い時を経てすっかり劣化したその鎖を、一撃の元に断ち切った。
「? ……照明があああああっ!?」
支えを失った照明は、一直線に落下していく。……真下にいる、ゴゼの元へと。
クラウスは無駄に魔力を放出していた訳じゃない。総ては今、この位置にゴゼを追い込む為の作戦だったのだ。
「クソがっ! クソがああああああああっ!!」
そして巨大な照明はゴゼを押し潰し、その体もろとも石畳の上へと落下した。




