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蒼月の交響曲  作者: 由希
第二章 いざ北方の地へ
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第六十七話 潜入、悪魔の住処

 白い月の輝く中、僕ら四人は目的地の遺跡の前まで辿り着く。地下に向けて広がっていたバルタスの遺跡と違い、辿り着いた遺跡はまるで砦のような大きい石造りの建物だった。


「……入る前に確認だ。皆、設定は覚えてるな?」

「はい。僕らはノーブルランドの集落を慰問して回っている旅の合唱団。けれど野生の獣に襲われ、身は無事だったものの馬車ごと旅の荷物の全てを置いて逃げるしかなくなった。お金もないので宿に泊まる事も出来ず、仕方なくこの遺跡で夜を明かす為にやってきた……でしたね」

「そうだ。少し苦しい設定ではあるが、そこは向こうの認識の甘さに賭けるしかない。もっとも女であれば操る事の出来る向こうの事だ、こちらの事情など最初から気にもしないかもしれないが……。上手く内部に侵入出来たら、ブリムを足止めする役と拐われた女性達を探す役に分かれる。どう分かれてもいいように、念の為全員ジェルタ草は手放さない事。無事拐われた女性達を全員逃がす事が出来たら、後はリトの腕輪と俺の霊魔法でブリムを叩く。ここまでで質問はあるか?」


 サークさんの問いに、その場にいる全員が首を横に振る。上手くいくかは解らないけど……それでも、ここまで来たらやるしかない!


「よし、じゃあ行くぞ。皆、離れるなよ」


 覚悟を決め、僕らは遺跡の中へ足を踏み入れる。そのまま薄暗い遺跡内を手探りで進んでいくと、奥の方が松明で明々と照らされているのが見えた。


「――誰なんだな? おでの家に勝手に入ってきたのは」


 突然、辺りに雷が鳴ったような大きな声が響く。反射的に身構える僕らの前に、醜く太って肥大した巨体が奥から地響きを起こしながらやってきた。


「おっほー! これはこれは……女ばかり、しかも上玉が二人も……」


 姿を現したのは、赤銅色の肌に耳まで裂けた口から伸びた太い牙、パヴァーと同じ黒目のない白目だけの小さな瞳をギョロギョロと見開いた顔中出来物だらけの醜悪な化け物だった。そのあまりの醜さに、側にいるランドの喉がひきつった音を立てたのが解った。


「……あ、あの、私達は……」


 サークさんが高い声を作り、怯えた風を装って口を開く。けれど化け物はサークさんの言葉が終わる前に、その巨体を屈めて荒い息を吹き掛けてきた。


「オメェらがどこの誰かは関係ないんだな。ただこれから一生、おでに仕えればいいんだな。……解ったんだな?」


 そう言うと同時に、化け物の白目だけの瞳が怪しく光る。恐らく魅了の力を、僕らに向けて使ったのだろう。

 全員で、怯えた振りをぴたりと止める。そして、今度は抑揚をなくした感じでサークさんが言った。


「……はい。ご主人様……」

「うひひ、それでいいんだな。そうなんだな、今晩はオメェ達に酌をして貰うんだな」


 化け物が厭らしい笑みを浮かべ、クラウスとサークさん二人の背に短い手を回して奥へと向けて歩き出す。サークさんは流石の演技力で化け物にも優雅な笑みを返していたけど、一方のクラウスは化け物の容姿からくる嫌悪感に耐える為かまともに姿を見ないよう小さく俯いていた。


「んんー? オメェ、何でおでの方を見ないんだな?」

「クララは恥ずかしがりやなんです。ご主人様があまりに凛々しいお姿をしてらっしゃるから、恥ずかしくて真っ直ぐに見られないのですわ」

「は……はい。ごめんなさいご主人様、お気に障りましたか……?」

「いやいや、その奥ゆかしさがますます気に入ったんだな。これから末永く仲良くしようなんだな、クララちゃん」


 サークさんの咄嗟のフォローに合わせる形でその場は何とか誤魔化したクラウスだったけど、よく見るとその拳は今にも化け物に殴りかかってしまいそうなほど固く握り締められている。……これは集落の女の子達を助け出すのが先か、クラウスが我慢の限界を迎えるのが先かという話になるかもしれない。


「そういえばオメェらの体から、あの忌まわしいジェルタ草の匂いが微かにするんだな。何でなんだな?」

「今日のお昼がジェルタ草で味付けをした肉だったからでしょう。一日経てば、匂いも消えますわ」


 サークさんが上手く化け物の気を引いてくれている隙に、辺りの様子を探る。奥の明かりに僅かに照らされた通路は幾つもの十字路で分かれていて、どこに行けば集落の女の子達の元へ辿り着けるのか全く見当もつかない。


「おい、後ろのオメェ達」


 その時急に化け物に声をかけられ、僕とランドの体に緊張が走る。……まさか、辺りの様子を探ってたのがバレた……?


「は、はい! 何でしょうかご主人様!」

「オメェ達はもうついて来なくていいんだな。次の十字路を右に真っ直ぐ行った部屋が今日からオメェ達の部屋だから、おでが呼ぶまではそこで生活してるんだな」

「解りました! ご主人様!」


 ランドが答えると、化け物は満足そうに笑ってまたサークさんと話を始めた。僕とランドは顔を見合わせて頷き合い、間もなくやって来た次の十字路を右に曲がって歩き出したのだった。



「しっかし、予想以上にどぎつい化け物だったな。サークさんとクラウスにゃ悪いけど、気に入られなくて本当に良かったぜ」


 化け物――ブリムとの完全に距離が離れた事を確認すると、僕らは一気に暗い通路を駆け抜け始めた。その道すがら、ランドがげんなりした様子でそう口にする。


「うん、でも……サークさんの方は上手く切り抜けそうだけどクラウスが大丈夫かな。さっきも、殴りたいのを必死で我慢してたみたいだったし」

「そこなー。いつクラウスがキレてもいいように、さっさと拐われた女の子達を助けないとな」


 お互い共通の認識を胸に通路を進んでいくと、やがて灯りの灯った場所が前方に見えてきた。中で何人かの人が動き回っている姿も、遠目に見える。


「しめた。どうやら拐われた女の子達は、全員あの通路の向こうにいそうだぜ」

「うん。早くジェルタ草の匂いを嗅がせて正気に戻さないと」


 速度を上げて明るい空間の中に飛び込むと、予想通り、そこでは複数の女の子達が食事の後片付けをしていた。全員その目は虚ろで、何の感情も映していないかのように思える。

 僕らが部屋に入ってきても、女の子達は気にする様子一つない。恐らくはそういう風に、ブリムから命令を受けているのだろう。


「騒がれたら面倒だったけど、これならやりやすそうだ。リト、手分けして皆を正気に戻すぞ!」

「うん!」


 僕らはそれぞれ持っていたジェルタ草を、女の子達一人一人の鼻に当てていく。ジェルタ草の匂いを間近で嗅いだ女の子達は暫くぼんやりとした後、ハッと我に返って辺りを見回し始めた。


「な、何!? ここどこ!?」

「私、何でこんな所にいるの!?」

「皆さん! どうか落ち着いて下さい!」


 だんだんと大きくなる騒ぎに、僕らは慌てて声を出す。いくらブリムとの距離が離れているとは言え、あまりに騒ぎが大きくなりすぎると流石に気付かれる可能性も出てくる。


「あ、あなた達は……?」


 声を上げた事で、やっと女の子達は僕らの存在に気付いたようだった。その場の視線が、僕らに一身に集中する。


「僕らは皆さんを助けに来ました。皆さんを拐った相手がまだ気付いていないうちに、ここから逃げましょう」

「拐われた……? そうだわ、私、あの醜い化け物の目を見たら何も考えられなくなって……」

「私も……あの化け物もここにいるの……!?」

「今なら向こうは僕らの行動に気付いていません。逃げ出すなら今です」


 僕の言葉に、女の子達がざわめき顔を見合わせ合う。そうして暫くどうするべきか悩んでいたみたいだけど、生きて帰るには僕らの言う事を聞くしかないと思ったのか最後には全員が頷いてくれた。


「よし。じゃあ皆、俺達についてきてくれ。出口まで案内する」


 目端の効くランドが先頭に立ち、女の子達を連れて今来た道を引き返す。通路が基本的にどこも似た作りをしているせいで迷ってしまわないか一瞬心配になったものの、やがて右側に見えてきた灯りにそれが杞憂だった事を思い知らされた。

 そうなると、俄然ブリムの元へ残った二人が心配になってきた。特にクラウスはまだ、ブリムの発する圧倒的な嫌悪感に耐え切れているだろうか?


「ランド、僕は先にクラウス達の様子を見に行くよ。皆を集落に連れ帰る役はランド、任せたよ」

「解った。そっちも気を付けろよ」


 僕はその場で遺跡の入口へと向かうランド達と別れ、遺跡の最深部へと向けて一歩を踏み出した。

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