第六十六話 変身
「嫌だ! 絶っっ対に断る!」
苛立ったクラウスの大声が、食堂内に木霊する。それに怯む事なく、サークさんが淡々と意見を述べる。
「そうは言ってもなクラウス。女が行ったら操られる、かと言って男がそのまま行っても拐われた娘さん達に近付くどころじゃない。ここまでは解るな? て事はだ、誰かが女装してブリムの注意を引き付けて、その隙に娘さん達を正気に戻して逃がすしかない。解るだろ?」
「なら他の奴らが女装すればいいだろう! 僕は絶対に御免だ!」
「集落の若い男達だとブリムが襲ってきた時に顔を見られちまってる恐れがあるから、下手すりゃ男だってすぐバレちまう。まだ顔が割れてない俺達でやるのが一番いいんだよ」
「リト! ランド! 大体貴様達は何で平然としてるんだ! 女装だぞ!? 女の格好をせねばならんのだぞ!?」
喚き散らすクラウスの言及の矛先が、僕とランドに向けられる。僕らは少し考えて、それぞれに答えた。
「女の子達の無事がかかってるし、恥ずかしがってる場合じゃないかなって」
「俺はとっつぁんとこにいた頃何度か酒の余興でやってっから、それなりにゃ慣れてるし」
「貴様達には抵抗というものがなさすぎる!」
僕らを味方に引き入れる事が無理だと悟ったクラウスが、悲鳴にも近い叫び声を上げる。そんなクラウスの肩に手を置き、サークさんがあくまでも真面目な表情を作りながら言った。
「そういう訳だ。多数決だ、諦めろ」
「冗談じゃない! 僕は断固として……」
「クラウス。……真に立派な人物ってのは、例え自分が汚名を着る事になっても救いを求める人間に応える。そうじゃねえのか?」
「! ……それは……」
言葉を詰まらせたクラウスを見て、あと一押しだと思ったらしい。サークさんがにやりと笑い、とどめの一言を口にした。
「お前の親父……ガライドなら、こんな時躊躇わなかったぜ。あいつはそういう男だ」
「……っ!」
クラウスが目を見開き、顔を小さく俯かせる。そして次に顔を上げた時、その目は覚悟を決めたようにすっかりと据わっていた。
「……いいだろう、やってやる! 父上の名に恥じぬよう、完璧に女になりきってやるさ!」
「よし、それでこそ一流の冒険者だ! そういう訳ですまないが、集落に残った女達を集めて俺達を上手く女に化けさせて欲しい。頼めるか?」
「は……はい!」
サークさんがそう頼むと、宿の主人や話を聞いていたらしい食堂にいた人達がばたばたと宿の外に出ていく。その一部始終を一緒に見ていたランドが、ぽつりと呟いた。
「……綺麗な言葉で言いくるめてるけど、結局やらせる事はただの女装だよな……」
その言葉に僕は、苦笑を返す事しか出来なかった。
宿に拐われなかった集落の女の人達が集められ、僕らは髪や服装を整えられて顔にも化粧を施された。初めて顔に塗りたくられた白粉や紅の感触に、よく女の人達はこんなものを毎日顔に付けていて平気でいられるなと僕は心から感心した。
ズボンを脱ぎ、スカートを穿いた事で妙に涼しくなった股下に落ち着かなさを感じながら支度を終えて部屋を出る。他の皆の支度はまだ終わっていないらしく、アロアとエルナータだけが僕を出迎えてくれた。
「お待たせ、アロア、エルナータ」
「お帰りなさい、リト。ふふっ、よく似合ってるわよ」
「本当に? 変じゃない?」
「大丈夫だ! ちゃんと女に見えるぞ!」
二人に太鼓判を押して貰った事にとりあえず安心していると、別の部屋の扉が開き肩までの金髪のかつらを身に付けたランドが出てきた。ランドの特徴でもある鼻の傷は、白粉のお陰ですっかり目立たなくなっている。
「おっリト、なかなか可愛く仕上がったじゃんか」
「ありがとう、ランド。ランドもええと……個性的だよ」
「ふっふん、遠慮なく美人って言ってくれてもいいんだぜー?」
そう言って、ランドが軽くポーズを取ってみせる。僕らはそれに咄嗟の反応を返す事が出来ず、ただ曖昧な笑いを浮かべただけだった。
「何だよその反応傷付くな!?」
「お、もう皆揃ってたのか」
ランドが少し大袈裟に嘆いてみせたのと同時に、また別の部屋の扉が開く音がした。僕らは揃って、そっちの方を振り返る。
「……!」
一目見て、絶句した。そこにいたのは、どう見ても長身の美女と美少女だった。
まずサークさんの方は、額の傷こそ完全には隠し切れていないものの男性にしては少し長めの砂色の髪が綺麗に整えられ女性の髪型としても違和感がなくなり、化粧の効果か目元も優しげになり慈愛に満ちた美女、という印象を僕らに与えた。体の方も元々が細身ながら引き締まった体をしていた為に女物の服を着てもスタイルが良く、女性として魅力的な体型をしているように思えた。
そしてクラウスの方は結っていた長い黒髪をほどいて背に流し、代わりに横髪に細いリボンを結びアクセントを付けていた。いつもは少しきつめの顔立ちも化粧のお陰で幾分か柔らかい印象を与えるようになっていて、元々線の細い体をしていた事もあって、黙っていれば完全に深窓の美少女で通す事が出来るだろう。
僕らが言葉を失い、呆然と二人を見ているとクラウスの方が呆れられていると受け取ったのか真っ赤になって目を逸らした。そんな仕草も今は、可愛らしさを増長させる役にしか立たない。
「……笑いたければ笑え。その方が気が楽だ」
「いやっ……いやいやいや。女にしか見えなさすぎて笑えねえっつーか……お前らそれ何? 実はガチで女だったってオチ?」
動揺のあまり、サークさんに敬語を使うのも忘れてランドが呟く。それを気にするでもなく、サークさんが苦笑を返した。
「お褒めに預り光栄だが、残念ながらそのオチはないな。まぁ、そこまで言って貰えるなら仕上げは上々というところか」
「……サークとクラウスは女に変身出来たのか……凄いな……」
普段どんな物事にもあまり動じないエルナータですら、瞳をパチパチと瞬かせている。その空気に耐え切れなくなったのか、顔を更に真っ赤にしてクラウスが叫んだ。
「も、もういいだろう。さっさとジェルタ草を持って、ブリムが根城にしているという遺跡にいくぞ!」
「うん、女の子達を必ず助け出そう!」
「皆、気を付けてね。皆にアンジェラ様のご加護がありますように……」
アンジェラ神のシンボルを強く握り締めたアロアの祈りの言葉を背に、僕らは遺跡があるという集落の西へ向けて出発した。




