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蒼月の交響曲  作者: 由希
第二章 いざ北方の地へ
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第六十五話 女好きの悪魔

 風を切る心地好い感覚が、僕の体を支配する。僕らは今、次の目的地であるカーソンの集落に向けて馬を走らせていた。

 今まで馬車に乗った事はあったけど、直接馬に乗るこの爽快感は馬車の比ではない。二人乗りではあるけど重い荷台を引かなくていい分馬自身の足取りも軽く、僕らはぐんぐんとカーソンの集落までの距離を縮めていた。


「カーソンの集落は、マヌアの集落より人がいるって話でしたね」


 隣で馬を走らせるサークさんに、そう話し掛ける。サークさんはこちらに視線だけをよこし、こくりと頷いた。


「年に一回派遣される各国の調査団の宿場町として発展した集落だからな。集落の近くには、調査が完全に終了した遺跡が今も残っているらしい」

「ちぇっ、調査が終了してるんじゃもうお宝はねえだろうな」


 クラウスの馬の後ろに乗るランドが、残念そうに唇を尖らせる。それを聞いたクラウスの眉間の皺が、より深くなった。


「貴様……僕達がこのノーブルランドに何をしに来たか覚えているか。遺跡調査に現を抜かす暇など、最初からないに決まっているだろう」

「解ってるって、ただの冗談だろ? 生真面目過ぎると将来禿げるぜ、クラウスお坊っちゃん」

「お坊っちゃんと呼ぶな!」


 からかうようなランドの言葉に、クラウスが大声を上げる。その様子を見る限り、ランドはもうクラウスとサークさんに過剰な特別感は抱いていないようだった。


「でも、外見だけでいいから遺跡はちょっと見てみたいな」

「エルナータもだ! 遺跡の事はあんまりよく知らないからな!」


 そこにアロアとエルナータの女性陣が、楽しげに会話に加わる。緊迫感が欠片も感じられないその会話にクラウスは溜息を吐き、サークさんは小さく苦笑した。


「交渉が早く終われば、遠くから遺跡を見るくらいは出来るかもしれないな。その為にも、カーソンの集落を上手く説得出来るように頑張ろう」

「はい!」


 サークさんの言葉にそう返事を返し、僕らは未だ姿の見えないカーソンの集落へと馬を走らせ続けた。



 カーソンの集落に僕らが辿り着いたのは、日が完全に落ち夜になってからの事だった。そこに人が住んでいる事を示す微かな灯りに、心の中に安堵の感情が広がっていくのが解る。


「今日はもう遅い。族長への面会は明日にして、今夜の宿を探そう」


 そのサークさんの意見に賛成して、僕らは宿らしき建物を探す。宿場町として機能しているのなら、どこかに外部の人間が泊まれる宿が必ずある筈だ。

 幸いにして、それらしき建物はすぐに見つかった。僕らは他の家よりも一回り大きいその建物に近付き、鍵のかかっていない扉を押し開ける。

 まず目に入ったのは、マッサーの宿と同じく食堂であろう空間。そこには数人の中年の男の人達がお酒を飲んでいて、入ってきた僕らに無遠慮な視線を投げかける。

 その視線をなるべく意識しないよう努め、皆でカウンターに行く。カウンターでは痩せ型で陰気そうな、やはり中年の男の人が僕らに胡乱げな視線を向けていた。


「夜分遅くにすまない。二人用の部屋を三つ、空いているなら取りたいんだが」


 サークさんがそう言うと、男の人――多分宿の主人がちらりと後ろにいるアロアとエルナータの方を見た。そして、ぼそぼそと呟くように口を開く。


「部屋は空いてますよ。けど……若い娘がいるなら、早くこの集落から離れた方がいい」

「? どういう事だ」


 宿の主人のその言葉に、訝しげにクラウスが問い返す。問いかけられた宿の主人は俯き、やはりぼそぼそと答えた。


「ここ最近の事です。この近くにある遺跡に妙な化け物が住み着いて、年頃の若い娘達を次々と拐っていったんです。奴には妙な力があるようで、娘達は皆奴の言いなりになってしまいました。私の娘も……」

「だったら皆でそいつをやっつければいいんじゃないか?」

「勿論そうしようとしました。しかし……操られた娘達を盾に取られてはどうする事も出来ず……」


 エルナータの提案にも、宿の主人はがっくりと肩を落としてしまうだけだった。僕はこんな時こそクラウスの知恵を借りようと、クラウスの方を振り返る。


「クラウス、何か特徴に当て嵌まる魔物とかいない?」

「……恐らくだが、そいつは悪魔ブリムだな」

「悪魔?」


 クラウスの言った言葉が聞き慣れないのか、ランドが首を傾げる。僕はそんなランドに、以前デュマの町で出会った悪魔パヴァーの事を簡単に説明した。


「マジかよ……そんな魔物がいるなんて……で、そのブリムって奴も何か変な力があったりするのか?」

「ブリムは悪魔としては下等な方だが、視線を合わせた女を魅了する事が出来るという特殊な力を持っている。魅了された女を元に戻すには、ブリムが嫌うジェルタ草という香草の匂いを女に嗅がせればいいのだが……」

「ジェルタ草なら、料理に使う分がうちの宿にあります!」

「ならば話は早い。問題は、どうやって拐われた女達にジェルタ草の匂いを嗅がせるかだが……」


 そこで僕らの考えは、一旦行き詰まってしまう。その悪魔ブリムが、簡単にしもべにした女の子達が解放されるような真似を許すとは思えない。


「何とか遺跡に忍び込んで、拐われた女の子達にジェルタ草の匂いを嗅がせられれば……」

「そこをブリムに見つかったらどうする。正気に戻した女達に視線を合わせられれば、また元の木阿弥だ」

「わ、私が女の子達を助け出すまで囮になるのは?」

「無理だな。そうなれば君もまた、ブリムの傀儡になって終わるだけだ」

「だーっ! どうすりゃいいんだよ!」


 次々に皆で意見を出し合ってみるけど、これだという考えは思い浮かばない。いよいよ考えが煮詰まり始めてきた、その時。


「じゃあ、男が女の振りをすればいいんじゃないか?」


 今まで黙って僕らの話し合いを聞いていたエルナータが、何気ない風にそう言った。クラウスがエルナータを振り返り、その意見を鼻で笑う。


「何を馬鹿な事を。そんな事出来る筈が……」

「……それだ」

「は?」


 けれどそれに真面目な顔で呟き返したサークさんに。クラウスの頬が小さくひくり、とひきつった。

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