第五十九話 『竜斬り』サーク
「マジかよ……サークさんがあの『竜斬り』だったなんて……」
何故皆がこんなに動揺しているか解らない僕やエルナータを尻目に、ランドがプルプルと声を震わせる。そんなランドに、やはり皆の態度の変化の理由が解らないらしいアロアが小声で問い掛ける。
「ねえランド、『竜斬り』って?」
「『竜斬り』を知らないのかよ!? ……まあ、お前ら冒険者になって日が浅いし、エルナータに至っちゃ冒険者ですらないしな。いいか、『竜斬り』ってのは十八年前にこのリベラ大陸の南に位置する火山に現れた凶暴なドラゴンを退治した、偉大なる三人の英雄のうちの一人なんだ」
ドラゴン……それなら僕も知っている。確か魔物達の中でも最も強い種族で、かつての英雄リトですらその総てを倒し切れなかったと村にいた頃アロアが教えてくれた。
「『竜殺し』、『炎の聖女』、そして『竜斬り』。この三人の冒険者は十八年前、多くの犠牲を出しながらも死闘の末にドラゴンを倒し、この大陸を救った。言わば生ける伝説って奴さ。その後の消息は全員不明だって話だったけど……まさかこんな身近に伝説がいたなんて……」
ランドの語ってくれた話を聞いて、思わず目が丸くなる。サークさん……狼と戦った時のあの腕前から、只者じゃないのは解ってたけど……。
「むむむ……つまりサークはメチャクチャ強いのか?」
今の話を何とか自分流に解釈しようとしたエルナータに、ランドが更に何かを言おうとする。それを止めたのは、サークさんが次に放った驚きの一言だった。
「それだけではありません。そこにいる魔法使いのクラウスは、『竜殺し』ガライドと『炎の聖女』エレノアの実の息子。実力は、俺が保証します」
「ははははあ!? クラウスが『竜殺し』と『炎の聖女』の息子お!?」
今度こそ、衝撃の事実に耐え切れなかったランドの絶叫が上がった。僕を含めたその場にいた他の皆も、あまりの驚きに言葉を失っている。
以前クラウスが、自分のお父さんは冒険者としても偉大だったとそう言っていた事を思い出す。あれはこういう事だったんだ……。
「……『竜斬り』殿に『竜殺し』殿、『炎の聖女』殿両名の息子がいると言うのなら確かに我々としては願ってもない。本当にお願いしても良いのか?」
佇まいを直し、先程までとはうってかわった丁寧な態度でラムゼイさんがサークさんに聞き直す。サークさんは再び額にバンダナを巻き直すと、大きく頷き返した。
「はい。それでこちらの望みが果たされるならば」
「解った。もし魔物を倒し、ラナの生死も確認して頂けたらマヌアは喜んでレムリアに力を貸すと約束しよう」
「感謝します、ラムゼイ族長。『竜斬り』の二つ名にかけて、必ずそちらとの約束を果たしてみせます」
サークさんとラムゼイさんが、互いに深々と頭を下げる。僕らはそれを、ただ呆然と見つめる事しか出来なかった。
ラムゼイさんの家から外に出ると、あれほど激しかった雷も雨ももうすっかりと止んでいた。どこか気まずい沈黙の中、最初に口を開いたのはサークさんだった。
「……やれやれ。普段は煩わしいばかりの二つ名も、こういう時だけは話が早くなって助かる」
「やれやれ、じゃないっすよサークさん! いや『竜斬り』様! 何でずっと黙ってたんすか!」
すっかり恐縮した様子のランドが、叫ぶようにサークさんに問う。サークさんはそれに、曖昧な笑みを返しただけだった。
「クラウス、クラウスはお父さんとお母さんの事は知ってたの?」
「……知っていた。サークの事もな。公になると色々と面倒だから敢えて黙っていたが」
アロアの疑問に、いつもの淡々とした口調でクラウスが答える。けれどその表情は、どこか今の状況を快く思っていないようにも見えた。
「お前も人が悪いってクラウス、いやクラウスお坊っちゃん! そうと知ってりゃ俺だってもうちょっと態度ってもんを……」
「何でだ、ランド? サークはサークでクラウスはクラウスじゃないのか?」
心の中の動揺を吐き出すように捲し立てるランドを見て、心底不思議そうにエルナータが言う。そんなエルナータを、ランドはキッと睨み付ける。
「馬っ鹿エルナータお前、『竜斬り』、『竜殺し』、『炎の聖女』って言ったら世界中の冒険者の憧れの的だぞ!? レジェンドだぞ!? 馴れ馴れしくしていい相手じゃないんだぞ!?」
「ならエルナータは冒険者じゃないから関係ないな。サークはサークだしクラウスはクラウスだ」
ランドの言い分に真っ向から言い返すエルナータに、サークさんが軽く吹き出した。そして、皆を見回してから言う。
「エルナータの言う通りだ。御大層な肩書きこそ背負っちゃいるが、俺もクラウスも所詮一介の冒険者の一人に過ぎない。今まで通り、変わらず接してくれれば俺達も嬉しい」
「で、でも……凄え人なのには変わりないし……」
「サークさんの言う通りにしよう、ランド」
なおも踏ん切りがつかない様子のランドに、僕は言った。ランドが何を言い出すんだという風に、僕の方を振り返る。
「英雄だとか伝説だとか、そんな風に特別扱いされるのが嫌だからサークさんは自分の素性を隠してたんだと思う。クラウスも、お父さんやお母さんの名声を使うんじゃなくて自分自身の力で大成したいからこそ自分が英雄の息子だって言わなかったんじゃないかな。そんな二人に本当の事を知ったからって態度を変えて接するのは、それこそ仲間として失礼だって僕は思うな」
「……リト……」
クラウスが大きく目を見開き、僕の顔を見つめる。アロアの方に視線を向けると、僕と同意見らしく微笑みを浮かべながら小さく頷き返してきた。
ランドが僕らの顔を見渡し、一つ大きな溜息を吐く。それから頭をぼりぼりと掻き、気まずそうに言った。
「……んじゃあ、そうさせて貰うっす。すぐには切り替えらんねえかもだけど……」
「ああ、そうしてくれるとこちらもやりやすい」
サークさんがランドに笑みを返し、ランドもそれを見てぎこちなく笑う。そんな二人を見て、エルナータが話題を変えるように口を開いた。
「それで、いつ魔物をやっつけに行くんだ?」
「もう少しで日が暮れる。魔物は夜行性のようだし族長の娘の安否を確かめる為にも森には必ず入る必要があるから出発は明日の明朝がいいだろう。今夜は服を乾かしがてら、どこかの家に宿を借りよう」
「それはいいな! エルナータ、パンツまでびしょびしょだぞ……」
「え、エルナータ。女の子があんまりそういう事を大声で言うのは……ちょっと……」
エルナータがサークさんの提案にびしょ濡れの服をバサバサしながらそう言うと、アロアが真っ赤になってそれを宥める。そんな光景に笑いを隠せないでいると、不意にクラウスが俯いたままこちらをチラチラと見ている事に気付く。
「どうしたの、クラウス?」
「……その、さっきは、ありが……」
「え?」
クラウスは何かをぼそぼそと呟いているけど、小声過ぎてよく聞き取れない。もっとよく声が聞こえるようにとクラウスに近付こうとすると、少し離れた所からランドの声がした。
「リト! クラウス! ぼさっとしてると置いてくぞー!」
「あ、ごめん! 今行く!」
いつの間にか移動を始めていた皆に声を返し、急いで駆け寄る。それに一拍遅れて、クラウスが走ってくる足音が背後から聞こえてくる。
クラウスが一体僕に何を言いたかったのか結局は解らないまま、僕らは今夜の宿探しを始めたのだった。




