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蒼月の交響曲  作者: 由希
第二章 いざ北方の地へ
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第五十六話 メルの行方

 それから目を覚ましたアロアとエルナータも加えて家の中や家の周りを調べたけど、やっぱりメルの痕跡は見つからなかった。僕の心を、次第に焦りが支配し始める。

 もし、このままメルが見つからなかったら。村の外にうっかり出て飢えた獣か、もしかしたら魔物に襲われでもしたら――。


「俺は村の皆の家を回って、メルが来てないか聞いてみる! お前らは家で、他の弟達の事を頼む!」

「エルナータも行く! メルが心配だ!」

「解った、ついてこいエルナータ!」

「ああ!」


 ランドとエルナータはそう言って、外へ飛び出していった。残されたミゲル達は、皆一様に不安げな表情を浮かべている。


「メル、どうして……普段はこんな事したりしないのに……」

「案ずるな。きっと無事に見つかる。僕の勘はよく当たるのだ」


 呟き俯くミゲルの頭を、ミゲルと仲良くなったクラウスが撫でる。それは微笑ましい光景ではあったけど、心和ませる余裕はその場にいる全員になかった。

 早くメルが見つかって欲しい。それだけを、僕らは祈り続けた。



 結局村の中ではメルは見つからず、村を挙げてのメルの捜索が始まった。僕らもミゲル達をランドのご両親に任せ、その輪に加わった。


「駄目だ、この辺りにはいないみたいだ。メルの奴、どこまで……」


 すっかり色をなくした顔のランドが、眉根を寄せながら言う。皆で探し始めて大分経ったけど、まだメルの痕跡は見つかっていない。


「? サーク、何してるんだ?」


 ふと聞こえたエルナータの不思議そうな声に振り返ると、サークさんが深緑色のローブを着た掌サイズの長い白髭のおじいさんと何かを話しているところだった。やがておじいさんが消え、サークさんがこちらを振り返る。


「皆、メルの居場所の手掛かりが掴めたかもしれないぞ」

「マジっすか、サークさん!?」


 思いがけない言葉を聞いて、ランドが食い入るようにサークさんを見る。サークさんはそれに頷き返し、言葉を続ける。


「この辺りの樹木の精霊に、片っ端から話を聞いた。そうしたら日の出の時間、東の方に向かって歩いていく人形を抱いた小さな女の子の姿を見た奴がいたんだ」

「メルだ! 東……東……」

「ランド、何か思い付く場所はないか?」


 サークさんの問いに、ランドが暫く考え込む。そして、やがてばっと顔を上げると僕らに言った。


「……! ここから東に行ったとこにある村から少し離れた丘の上に、一年中花が咲いてる不思議な場所があるんだ。もしかしたら……!」

「ランド、そこに行ってみましょう!」

「解った、こっちだ!」


 アロアがそう言うと、ランドは僕らを先導し走り出した。僕らもすぐに、その後に続いた。



「メル!」


 ランドに案内された丘の上に、人形を抱いたメルの小さな姿はあった。ランドが声をかけるとメルは振り返り、ビックリしたような視線を僕らに向ける。


「……ランド兄?」

「馬鹿野郎! 何で黙って家を出たりしたんだ!」


 メルに駆け寄ったランドが、その体をぎゅっと抱き締める。僕らもそれを追いかけるように、丘の上に上がった。


 ――その、瞬間だった。



『とても綺麗です、――』


 声が響く。それは、今よりも幼い僕の声。


『ああ、これも総て大いなる大地の恵みのお陰。私達人間は、この恵みなしには生きられない』


 それに答える、深く優しい声。僕はその声を知っている筈なのに、誰の声だったのかどうしても思い出せない。


『この大地を……人々の営みを守る為、我々は戦い続けなければならない。解るな、――?』


 声の主が僕の名を呼ぶ。仮初めのものではない、本当の僕の名前を。


『はい、勿論です。――』


 僕は笑いながらそれに答える。声の主は、そんな僕の頭を撫でて――。



「……ト、リト!」


 肩を揺さぶられ、意識が急激に現実に引き戻される。目の前を見ると、心配そうな顔をしたアロアが僕の顔を見つめていた。


「あ……アロア。どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ、急にボーッとして……メルが無事で気が抜けたのは解るけど、こっちがどうしたんだろうって心配になるじゃない」


 アロアの言葉に、僕は自分が少しの間放心していたらしい事を知る。……けど、今のは? 僕の、失われた記憶の欠片……?

 改めて、辺りを見回す。色とりどりの花が咲き誇る、とても美しい風景。僕はこの風景を、もしくはこれによく似た風景を知っている……?


「メル! 心配したぞ!」


 僕の思考を終わらせるように、エルナータがランドの腕の中にいるメルに近付く。メルはそんなエルナータにしゅんとなって言った。


「……エルナータお姉ちゃん、ごめんなさい」

「メル、何でこんな事したんだ?」


 ランドが、少し強めにメルを問い詰める。するとメルはエルナータに、作りかけの白い小さな花の冠を差し出した。


「……これ……」

「お花……エルナータにか?」

「エルナータお姉ちゃん、もう行っちゃうんでしょ……? その前に、この子とお揃いのお花の冠、プレゼントしたかったの……」


 メルの目が、じっとエルナータを見る。エルナータは顔を綻ばせると、そっと花の冠を受け取った。


「ありがとう。エルナータ、この冠ずっと大事にするぞ」

「……うん!」

「やれやれ……皆、迷惑かけちまって悪かった。そろそろ帰るぞ、メル!」


 ランドがメルを抱っこし、丘を下り始める。皆がそれに続く中、僕はもう一度花畑を振り返った。

 静かに咲き誇る花達は、僕に何も言ってはくれない。ただ黙って、そよそよと風に吹かれていた。


「行きましょう、リト」

「……うん」


 アロアに促され、僕は後ろ髪引かれながらも花畑を後にした。

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