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蒼月の交響曲  作者: 由希
第二章 いざ北方の地へ
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第五十四話 安らぎのひととき

「ただいま! 親父、お袋、ミゲル、ヨハン、ティーア、メル、モリス、今帰ったぞー!」


 村の人達に教えて貰った場所にあった大きな一軒家の扉を、ランドが勢い良く開け放つ。ランドの横からそっと中を覗き込むと、男の子が三人に女の子が二人の計五人の子供達が一斉にこっちを振り返っていた。


「ランド兄……?」

「ランド兄だ……」


 子供達の間に、ざわめきが広がる。最初驚いたようだった顔は、すぐに満面の笑顔に変わっていった。


「わーい! ランド兄ー!」

「ランド兄、お帰りなさーい!」


 我先にと駆け出した子供達が、あっという間にランドの周りに群がる。ランドはそんな子供達の頭を、一人一人優しく撫でた。


「おーう、元気そうだなお前達! ミゲルは大分背が伸びたな、ヨハンも親父の手伝いで少し逞しくなったか? ティーアは髪を切ったんだな、前の長いのも可愛かったけど今の髪型も可愛いぜ。メル、前に贈った人形大事にしてくれてるんだな、兄ちゃん嬉しいぞ。モリスはどうだ、そろそろ言葉が喋れるようになったか?」

「あー、あー、らん、にー」

「おー! 兄ちゃんの名前言えるようになったのか! 偉いぞ、モリス!」


 小さい弟や妹達に囲まれるランドは、とても嬉しそうで。その顔を見れただけでも、僕は、この村に来る事にして良かったと思えた。


「ランド兄、後ろの人達、ランド兄のお友達?」


 一番背の高い男の子が、ふと僕らに気付いたようにランドに問い掛ける。ランドは僕らを振り返り、男の子の問いに答えようとした。


「ああ、こいつらは……」

「ランド! あなた、帰って来るなら事前に連絡ぐらい入れなさいって前にも言ったでしょ!」


 けれどそれを遮るように、家の奥から女の人の声がする。ぱたぱたという足音が近付き、赤茶の癖毛を後ろで一纏めにし、エプロンを付けた焦茶色の目の若い女の人が姿を現した。


「悪ぃ、お袋。何せ急に決まった帰郷でさ、連絡入れてる暇がなかったんだよ」

「お母さん!?」


 そのランドの言葉に、思わず大声が出てしまう。え……見た感じ、ランドのお姉さんにしか見えないんだけど……。

 失礼かと思いつつ、まじまじとランドのお母さんを見つめる。皺一つない綺麗な肌に、まだ微かに幼さの残る顔。……姉どころか、ランドの妹と言われても納得したかもしれない。


「あの、大変失礼ですけど……今おいくつですか?」

「私? 今年で三十八になるわね。恥ずかしいわ、もうすっかりおばさんになっちゃって」

「ええ……全然そんな風に見えないです……」

「嫌だわ、こんな若いお嬢さんまで。お世辞なんていいのよ、どんなに頑張っても若い子には敵わないわ」

「……うちのお袋の老けなさは、この村最大の不思議っつわれてんだよ……」


 戸惑う僕らに、ランドが小声でこっそりと教えてくれた。……世の中には、色んな人がいるんだなと思った。


「とにかく、急にこんなに沢山のお友達まで連れてきて……ご飯や寝床の準備する方は大変なのよ? ランド、今日はお母さんを手伝いなさい、いいわね? ……ごめんなさいね、ええと……」


 ランドのお母さんの目が、僕らの方に向く。僕らはそれぞれに、自分の名を名乗った。


「リトです」

「アロアと言います」

「エルナータだ!」

「クラウスと言う」

「サークです、はじめまして。急に押しかけてしまいましたが、ご迷惑なら村の外で……」

「あら、遠慮なさらないでいいんですよ! 折角ランドがお友達を連れてきてくれたんですもの。逆にこちらこそ、こんな狭い家で申し訳ないわ」


 朗らかに笑いながら、ランドのお母さんが言う。たったこれだけのやり取りで感じるランドのお母さんの人柄の温かさに、僕らも知らず笑顔になっていた。


「兄ちゃん達、遊んで!」

「街の話、一杯聞かせて下さい!」

「こらこらお前ら、あんまり兄ちゃん達を困らせるんじゃねえぞっ! ……悪い皆、飯が出来上がるまでの間弟達と遊んでやってくれるか?」


 興味を僕らに移したランドの弟達を見て、ランドが申し訳なさそうに眉を下げる。僕はそれに、笑って頷き返した。


「勿論。この子達の事は、僕らに任せといて」

「まあまあ、この子達の面倒まで見て頂けるなんて……それじゃあすみません、よろしくお願いしますね。ほら来なさい、ランド!」

「いてて、耳を引っ張んなって耳を!」


 ランドのお母さんは僕らに深く頭を下げると、ランドを連れて家の奥へと消えていった。残されたランドの弟達は、それぞれ最も興味があるらしい相手に近付いていく。


「その格好……魔法使いさんですよね? かっこいいなあ。僕、魔法使いさんに昔から憧れてるんです」

「そ、そうか? 格好いいか? ……ふ、幾らでも憧れて良いのだぞ?」


 ミゲルと呼ばれた利発そうな一番背の高い男の子が、クラウスに羨望の眼差しを向ける。その純粋な憧れの視線に、クラウスもまんざらではない表情を浮かべている。


「兄ちゃん耳尖ってる! 変なの!」

「これはエルフの特徴で……っておい、触りたいなら屈むから飛び跳ねるなって」


 ヨハンと呼ばれたランドに一番よく似たやんちゃそうな男の子は、サークさんの耳に興味津々だ。サークさんは苦笑しながらも、身を屈めてヨハンに耳を触らせてあげている。


「……お姉ちゃんの髪、綺麗……この子みたい……」

「おお、ホントだ! この人形の髪、エルナータと一緒の色だ!」


 メルと呼ばれた大人しそうな女の子は、エルナータと自分が抱いている花の冠を着けた人形とをじっと見比べている。エルナータも自分の銀色の髪と人形の灰色の髪とを交互に見て、嬉しそうに笑う。


「だー、だー」

「え、僕? 抱っこかな……そおれ、高い高い!」


 そしてモリスと呼ばれたまだ歩き方もたどたどしい一番小さな男の子は、僕の足元に来て何かをねだるように両手を差し出す。僕はそんなモリスを抱き、頭上を超えるように高く高く持ち上げた。


「……」


 唯一、ティーアと呼ばれた明るい金髪の癖毛を肩の辺りで切り揃えた女の子だけは皆の輪に加わらず、ずっとアロアを凝視し続けている。アロアは不思議そうにティーアを見つめ返すと、自分からティーアの側に近付きしゃがみ込んで視線を合わせる。


「どうしたの? 怖がらなくていいのよ」


 ティーアはアロアを見つめたまま、何かを言おうか悩んでいるようだった。暫く二人はそうして見つめ合っていたけど、やがて意を決したようにティーアが口を開いた。


「……お姉ちゃんは……」

「ん?」

「お姉ちゃんは……ランド兄のお嫁さん?」

「!?」


 その質問に横で聞いていた僕の方が動揺し、抱いていたモリスを落としてしまいそうになる。あ、アロアは何て答えるんだろう……?


「ううん。ランドとはいいお友達だけど、そういうんじゃないかな」

「ふーん……そっか……」


 高まる僕の緊張を余所に、何でもない事のようにアロアは答える。僕はその答えにホッとしたけど、心なしか、聞いた本人であるティーアの方もホッとしているように見えた。


「じゃああっちの蒼い目のお兄ちゃんのお嫁さん?」

「ふぇ!?」


 ところが次に投げかけられたティーアの質問に、アロアの顔が一気に赤く染まる。僕も再びモリスを落としかけて、慌ててがっちりと支え直す。


「え、え!? 違うのよ、そうじゃないのよ、リトとはまだそういう関係じゃ、第一私は良くてもリトがどう思ってるかなんて解らないし!」

「……露骨に違うな、態度が」


 物凄い勢いで抗弁するアロアの台詞も、そんなアロアを見てぽつりと何かを呟いたクラウスの言葉も、上手く耳に入って来ない。……僕とアロアは、人から見たらそういう風に見えるんだろうか?


「ティーアはね、大きくなったらランド兄のお嫁さんになるの。絶対、お姉ちゃんみたいな綺麗なお嫁さんになるからね!」

「だ、だからティーア~~!」


 無邪気なティーアの宣言にますます真っ赤になるアロアに、僕は自分の顔まで赤くなっていくのを感じたのだった。

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