第五十二話 それぞれの戦い
サークさんが腰に下げた曲刀を抜き放ち、構える。それに続くように僕とアロア以外の全員が武器を構えると、周囲の唸り声は一層大きく、低くなった。
「自分からは仕掛けるな。あくまで向こうから動くのを待つんだ」
狼達から視線を外さないまま、サークさんが言う。僕らはそれに従い、狼達と暫く睨み合った。
そのまま、どれくらいの時が過ぎたのか。先に我慢の限界を迎えたのは、飢えた狼達の方だった。
「グルルルル……グオオオン!」
どこかにいる、恐らく群れのリーダーが一際大きく吠えると狼達が一斉に襲い掛かってきた。僕らはそれぞれに、それを迎え撃つ態勢を取る。
「ひ、ひえっ、来た!」
「煌めけ、剣よ!」
怯えたランドの声が響く中剣を出し、狼の一匹が飛びかかってくるのに合わせて強く斜めに振るう。剣は狼の右目を切り裂き、その激しい痛みに狼は慌てて後退していく。
続けて別の狼が、足元に噛み付こうとしてくる。僕はすぐに剣先が地面と垂直になるように剣を向け、狼目掛けて勢い良く降り下ろす。
「ギャン!」
その攻撃は身のこなしの軽い狼の体を深く捕らえる事こそなかったものの鼻先を大きく抉り、ダメージを受けた狼はやはり群れの後ろへと後退していった。そうして次々と向かってくる狼達に剣を振るい続けながら、皆はどうしているかと僕は周囲に視線を遣る。
クラウスは的確に狼の顔や腹を狙い、杖を叩き付けている。他の皆と違い武器が鈍器な分、相手を怯ませるのに効果的な場所を集中して狙っているようだった。
エルナータは逆に戦略などないように、皆に間違って当たらないよう気を付けてこそいるもののめちゃくちゃに髪の刃を振り回している。けれどもそれが功を奏し、狼達はエルナータに迂闊に近寄れないでいるようだ。
ランドはアロアと共に僕らの中心にいる為にあまり狼を相手にする事はないようだけど、それでも僕らが対処しきれなかった狼が向かってくると必死でダガーを振るい、それを追い払っている。アロアがそんなランドを助けるようにプロテクションをかけてくれているのも、ランドの勇気を奮い起こすのに一役買ってくれているのだろう。
圧巻だったのは、サークさんの戦いぶりだった。サークさんは真っ向から曲刀を振るって狼を迎え撃つのではなく、飛び掛かってくる狼をまず曲刀の腹でいなしてそれから隙だらけの胴体を切り裂く、という戦法を取っていた。
僕らが素早い狼相手に手傷を負わせるのがやっとな中、サークさんの周りには深い傷で動けなくなった狼達が何匹も倒れている。そのまるで、しなやかな風のような動きに僕はただただ圧倒されるしかなかった。
「……そろそろだな」
傷を負ったものが増え、次第に勢いを弱め始めた狼達を見てサークさんが呟く。そしていつかのように聞き取れない言葉で何かを唱えると、サークさんの前に淡い碧に輝く人形サイズの薄布を纏った女の人が現れた。
「だめ押しだ。そら、思い切り風を吹かせてやれ!」
サークさんの号令と共に女の人が手を掲げると、僕らを中心として辺りに激しいつむじ風が巻き起こる。僕らとの戦いで疲弊していた狼達はそれに驚くと、途端に散り散りになって方々に逃げ出していった。
「……ふう、何とか追い払えたな」
女の人が消えると同時に風は止み、サークさんが一息吐く。けれどもクラウス以外の皆の目は、今まで狼に襲われていた事も忘れすっかりサークさんに釘付けになっていた。
「すっっ……げー! 何だ今の!?」
「サークさん、霊魔法ってあんな事も出来るんですか!?」
興奮したようにランドが叫び、アロアも今見たものが信じられないといった感じで目を丸くする。それはそうだ。僕だってさっきの出来事が現実だったのかどうか自信がない。
「サーク! 今のどうやったんだ!? エルナータもやりたい!」
「はは……ちょっとエルナータちゃんには難しいな。精霊語はとても複雑なんだ」
「精霊語って、あの女の人を呼び出す前に呟いていた言葉ですか?」
「ああ。エルフ達の間に昔から伝えられている言葉だ。習得には早くても、ざっと二十年くらいの年月が必要になるな」
目を輝かせたエルナータと不思議に思った僕の問いに、苦笑しながらサークさんが答える。二十年……サークさんは二十年間世界を旅をしてるという事で、精霊語を学んだのはきっとそれよりも前だから……エルフというのは、どうやら相当に長寿な種族らしい。
「……それより、早急に風上に移動せねばなるまい。狼共の血の臭いを嗅ぎ付けて、いつまた別の獣が現れるか解らん」
それまで静かにしていたクラウスが、不意に口を開く。サークさんもまたそれに頷き返し、ランドの方を見た。
「そうだな。ランド君、道から外れないように案内を頼む」
「あ、はい。……それと、俺の事は呼び捨てでいいっすよ。これから暫く一緒にいる仲間なんだし」
「エルナータもエルナータでいいぞ! 堅苦しいのは嫌いだ!」
「私の事も、アロアって呼んで下さい」
「僕の事もリトで」
僕らがそう言うと、サークさんは虚を突かれたようにきょとんとした目を返した。やがてその顔に、少し照れたような笑みが浮かぶ。
「……そうだな。改めてよろしく頼む、ランド、エルナータ、アロア、リト」
「はい!」
僕らは互いに笑い合い、野営出来る場所を目指し風上に向けて歩き出した。




