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蒼月の交響曲  作者: 由希
第二章 いざ北方の地へ
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第五十一話 早速の難関

 フェンデルを旅立った僕らは、街道を北に進みレムリアとノーブルランドの国境を目指した。途中、エルナータの大きなリュックの中身が全部お菓子だった事実が判明し、急遽近くの町でエルナータ用の旅支度を整える事になったという小さなトラブルはあったものの旅の歩みはとても順調なものだった。

 そんな僕らは、今。


「グルルル……」

「あ、あわわ……」


 山奥で、二十匹は軽く超える狼の群れに完全に包囲されていた。



 話は半日ほど前、ランドが一つのお願いをしてきた事に遡る。


「なあ、皆にちょっと頼みがあるんだけど」


 そう言ったランドの顔は妙に神妙で。僕らは、何事かと顔を見合わせあった。


「どうしたの、急に改まって」

「ああ……実はさ。この街道を東に少し逸れた道の先に、俺の故郷のカルナバ村があるんだよ。このまま一度レムリアを出ちまえば、今度いつ帰れるかなんて解んねえだろ? ……その前に、家族の顔をちゃんと見ておきたくってさ」

「何を馬鹿な事を。僕達は一刻も早く、ノーブルランドに行かなければならないんだぞ」


 案の定クラウスが難色を示すけど、ランドの表情は真剣なまま変わらなかった。そして、一度皆の顔を見回してから深々と頭を下げる。


「先を急ぐ旅なのは解ってる! けどこのままじゃ、どうにも心がもやもやしちまって旅に集中出来そうにないんだ。どうかカルナバ村に少しだけでいい、寄り道させてくれ!」


 こんな風に、ランドが何かを必死で頼み込んできた事は今までになかった。同時に、もし僕が記憶を無くしてなくてレムリアに家族がいたなら今のランドと同じ事を思うかもしれないと思った。


「……いいんじゃないかな、皆」


 気付けば、僕はそう言っていた。それにすぐに同調したのは、アロアだった。


「うん。寄り道って言っても、そんなに大きく予定が遅れる訳じゃないだろうし」

「エルナータも賛成だぞ。エルナータもランドの家族に会ってみたい!」


 エルナータも頷き、僕らの視線は一行の纏め役であるサークさんに注がれる。サークさんは暫く顎に手を当てて悩んだ後、ランドを振り返って言った。


「……ランド君。ここからカルナバ村まではどのくらいかかる?」

「……! すぐそこの分岐点を東に行って約一日の距離っす!」

「おいサーク、僕達は……!」


 表情を明るくするランドとは対照的に、クラウスが眉根を寄せ渋い顔付きになる。そんなクラウスの反論を制するように、サークさんが言葉を続けた。


「気がかりを残したまま先に進めば、本人の言う通り、旅に集中出来なくなる恐れがある。そうすれば乱れた心のあまり判断を誤り、取り返しのつかない結果を招くかもしれない」

「それは……」

「それに、だ」


 不意に、サークさんの表情が柔らかいものに変わる。その優しい眼差しは、言葉を失ったクラウスに注がれていた。


「……帰りたいのに帰れない。その辛さは、グランドラに背く道を選んだ今のお前が一番よく解るんじゃないのか?」

「……」


 クラウスの言葉が完全に止まり、顔を俯かせる。そうだ。今帰りたい場所に一番帰れないのは、故郷であるグランドラを裏切ったクラウスなんだ……。


「……一晩だけだ」


 やがてクラウスが、ぽつりとそう言った。俯いているから表情は解らないけど、その姿は何だかいつもより小さく見えた。


「行くと決めたら早く行くぞ。さっさと案内しろ」

「あ、ああ。任せとけ!」

「おい、何でお前が仕切ってる!」


 帽子で顔を隠して足を早めるクラウスに、慌ててその前に立つランド。そしてクラウスへの不満を口にしながら後を追うエルナータの背中を、残された僕らは慌てて追いかけた。



 こうしてカルナバ村に進路を変更した僕らだったけど、ここからが問題だった。カルナバ村への道同士を繋ぐ、深い谷川に掛けられた橋が老朽化の為か、谷底へと落ちてしまっていたのだ。

 ランドの話では、こうなると山に入り川の上流を迂回していくしか村に行く道はないらしい。僕らは村人達に橋が落ちた事を伝える為にも、仕方なく迂回路に入ったけど……。


「な、何でこんなに狼がいるんだよ……」


 そのまま夜になり、これ以上の山歩きは危険だと野営の準備に入ろうとしたところで周りを狼に囲まれている事に気付き、現在に至る。という訳である。


「おい貴様、知っててこうなったんじゃないのか!」

「知る訳ねえだろ! この道は昔村の猟師のおっちゃんから聞いただけで、実際に通ったのは今回が初めてなんだよ!」


 小声でクラウスとランドが互いに文句を言い合う中、サークさんだけが冷静に狼達の出方を窺っている。僕はクラウスに向かって、やはり小声で言った。


「ねえクラウス、クラウスの雷で纏めてどうにか出来ないの?」

「数が分散し過ぎている。一方の狼を雷で焼き払えたとて、その隙に背後から襲われればひとたまりもない」

「エルナータが皆やっつけてやろうか?」

「馬鹿言え、いくらお前でもこの数をいっぺんに相手出来るかよ!」

「ど、どうしよう……」


 苦々しげに言うクラウス、何故か目を輝かせているエルナータ、そんなエルナータを慌てて止めるランド、不安げに肩を震わせるアロア。そんな風に僕らが行動を決めあぐねていると、黙っていたサークさんが静かに言った。


「……ランド君、君、武器は使えるか?」

「へっ? だ、ダガーなら一応……」

「なら君は念の為アロアちゃんの側にいて、近付いた狼達をダガーで追い払ってくれ。仕留める必要はない。何せ野生の獣は賢い。こちらが自分達より強いと判断すれば、深追いはせずに引いてくれるだろう」

「あ、あの、サークさん? それってまさか……」


 ランドの顔から軽く血の気が引くのが、暗くても解った。そんなランドの反応など意にも介さないように、サークさんはこう告げた。


「――ばらけないよう、中央に固まって戦うぞ。全員武器を取れ」


 その言葉に、ランドの目が完全に死んだ。

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