第五十話 新たなる旅路
王城にてノーブルランド各共同体との同盟に関する、レムリア王フェイルの正式な書状を貰わないといけないという事で出発は三日後という事に決まった。僕らはフェンデルでの最後の三日間を、思い思いに過ごす事になった。
マッサーの宿に戻ってからも、ランドはずっと溜息ばかりだった。その消沈ぶりに、少し心が痛む。何せ本当は僕が見つけた遺跡の隠し部屋を、僕に追求が向かう事を避ける目的でランドが見つけたという事で口裏を合わせたせいで今、こんな重大な任務に就く事になったのだから。
「ランド……ごめん」
耐え切れなくてそう口にした僕を、けれどランドは責めたりはしなかった。ただゆっくりと首を横に振り、観念したような顔で言った。
「後悔なんてしてねえよ。ああしなきゃ、きっとエルナータは今ここにいなかったんだ。それに、俺がいない間家族の生活はギルドが保証してくれる。レムリアの冒険者ギルドはしっかりしてるって評判だから、きっと大丈夫さ」
憂鬱と不安は消えないようだったけど、ランドは既に覚悟を決めたみたいだった。なら僕のやるべき事はランドに謝る事じゃなく、ランドも含めた皆でこの任務を成功させる事だと思った。
「頑張ろう。ランド」
「ああ。俺の家族やとっつぁんやエルナータ、このレムリアに住んでる皆の為にもな」
僕らは、互いにそう頷き合った。
大変だったのは、エルナータの説得だった。ノーブルランドに行く事は秘密にしてフェンデルを暫く離れるとだけ伝えたところ、案の定自分も行きたいと駄々を捏ねだしたのだ。
「いつもいつもリト達だけずるい! エルナータも一緒がいい!」
「駄目だ。いつ帰れるか解んねえんだから。お前はとっつぁんの側にいるんだ」
「嫌だ! エルナータだけいつもいつも留守番だ。エルナータが冒険者じゃないからか!?」
「冒険者かどうかは関係ねえ。お前は自分の身も守れない小さい子供だ。はっきり言って足手まといなんだよ」
「……! もういい! ランドのバカ!」
エルナータはそう言うと、二階の空き部屋になった部屋に閉じ籠ってしまった。アロアが、流石に同情の声を上げる。
「ランド、あそこまで言う事はなかったんじゃ……」
「いいんだよ。ちょっとくらいきつめに言わないといつまで経っても諦めやしねえ。……それに、本当の事だ。いくら記憶を失う前はめちゃくちゃ強かったって言っても、今のあいつはちょっと髪の毛が動かせるだけの普通の子供だ。何が起こるか解らねえ旅に、連れてなんかいけるかよ」
「ランド……」
「エルナータの事は、とっつぁんに任せようぜ。俺らは俺らの準備を進めるんだ」
「うん……そうだね」
僕とアロアは、そうランドに頷き返した。それ以来、エルナータが僕らの前に姿を見せる事はなくなった。
僕ら三人がフェンデルを離れると聞いて、宿に残っていた常連客の皆がささやかなお別れ会を開いてくれた。皆はそれぞれが寂しげに、僕らとの別れを惜しんでくれた。
「もうリトとアロアちゃんに会えなくなると思うと寂しいなあ。特にアロアちゃんはこの一ヶ月で、すっかりマッサーの宿の看板娘になってたからなあ」
「ちょっとオルグさん、俺は? 俺がいなくなるのは寂しくねえの?」
「お前か? お前の間抜け面は見なくて済むと思うと逆に清々するな!」
「んだよひっでえな! 一番高い酒奢らせるぞ!?」
ランドとお客さんの一人の軽口の応酬に、辺りにどっと笑いの渦が起こる。こんな当たり前になっていた光景もこれで暫く見納めなのかと思うと、寂しさが抑えきれなくなりそうだった。
「まあとにかく飲め。アロアちゃんもこの間成人を迎えたんだろ? いい機会だからここらで酒の味くらい覚えとけって」
「え、あの、私は……」
「アンジェラ教は飲酒を禁止しちゃいないんだろ? 大丈夫だって。ほらリトも!」
「じ、じゃあちょっとだけ……」
勧められて初めて飲んだエールの味は、僕の心情も相まってか何だかほろ苦かった。酒宴は月が傾き始めるまで続き、僕を除いた全員が酔い潰れたところで自然解散となった。……今まで知らなかったけど、どうやら僕はお酒にはかなり強いらしい。
そんなこんなで、あっという間の三日間は過ぎていき。遂に、ノーブルランドへの旅立ちの朝がやってきた――。
「これが王のサインの入った書状と、諸君らがレムリアの正式な特使である事を証明する銀時計だ。取り扱いには十分に気を付けてくれ。こちらは当座の路銀。贅沢さえしなければ半年はもつ筈だ。それからこの石は、離れた場所にいる同じ石を持つ者と会話が出来るという魔導遺物だ。そちらの報告を聞いたり、こちらの戦況を伝えたりといった役に立つだろう」
必要なものを次々とサークさんに手渡しながら、僕らを見送りに来たレジーナさんが言う。僕らはいつかも潜ったフェンデルの北門で、見送りに来てくれた僅かばかりの人達と別れの挨拶を交わしていた。
「頑張って下さいね、リトさん、アロアさん。幸運を祈ります」
「ありがとう、ヒルデさん。ヒルデさんの期待に応えられるよう、僕らも全力を尽くします」
「あのチビはどうした? 見送りに来ていないようだが」
「あいつは拗ねてずっと部屋に閉じ籠ったっきりだよ。まあとっつぁんが何とかしてくれるだろ」
「アロア、リト、皆さん。この旅に、アンジェラ様のご加護があらん事を」
「ありがとうございます、神父様。アンジェラ様の為にも、私、頑張ります」
「君達のような未来ある若者にこのような難しい任務を負わせる事、心苦しく思います。しかしいつ戦火がこのフェンデルまで届くか解らない今、レムリアの冒険者ギルド責任者である私とレジーナ様がこの国を離れる訳にはいかないのです」
「解っているさ。あんた達がいてくれるからこそ、俺達は安心して旅立てるんだ」
やがて朝焼けに白んでいた空は一面の蒼穹に染まり、一日が静かに始まった事を告げる。……出発の時が、やってきた。
「諸君らのノーブルランド行きは極秘のものとして扱われる為、申し訳ないが馬車は出せん。長い旅になると思うが……」
「解っています。僕らが援軍を集めるまで、レムリアが持ちこたえる事を祈ります」
「うむ。……それではそろそろお別れだ。諸君らの、旅の無事を祈っている」
「はい。レジーナさん達もお元気で」
レジーナさん達に別れを告げ、僕らは歩き出す。行く手には未だ確かな道は見えない、けれど僕らの向かう先はきっとどこかに続いている。
そう信じて歩を進めていると、遠くにある街道脇の大きな木の下に小さな誰かが立っているのが見えた。近付くにつれだんだんとハッキリとしていくその姿に、その場にいた誰もが目を見張った。
「……エルナータ!?」
「遅い! 待ちくたびれたぞ!」
それは、背中に大きなリュックを背負ったエルナータだった。エルナータの姿を確認したランドが、慌てて足早にエルナータに近付いていく。
「おおおおお前! 何でこんな所にいんだよ! ずっと引きこもってた筈だろ!? 大体何で俺らの行き先知ってんだよ!」
「ふふふ、エルナータを甘く見るな。引きこもったふりをして、ずっとリト達の会話を盗み聞きしてたんだ。諺で言えば壁に耳あり障子にメアリーだ。……ところでメアリーって誰だ? あとショージって何だ?」
「とにかく帰れ! 言っただろ! 小さいお前は足手まとい……」
「これを見ても、まだそう言えるか?」
そう言うと、エルナータがおもむろに側にある木を見上げる。そして……僕らの目の前で髪の毛の一部を鋭い刃に変質させると、一撃の元に真上にある太い枝を根本から切り落とした。
間違いない。それはエルナータが記憶を無くす前、僕らと戦った時のあの……。
「……エルナータ、お前……」
「髪の毛が動かせるって知ってから、皆に隠れてこっそり練習してたんだ。これでエルナータも戦えるから、足手まといにはならないぞ」
「な……何だあのチビの髪は。一体……」
エルナータの髪の変化を初めて見るクラウスとサークさんが、呆然とエルナータを見つめる。エルナータはそんな二人を見て、不敵な笑みを浮かべた。
「少なくともあそこにいるクラウスよりは、ずっと役に立つぞ。だからエルナータも一緒に行きたい」
「な、何だと!?」
「……どうする、リト君。確かに戦力としては、頼りになりそうだが……」
サークさんの目が、迷うように僕を振り返る。僕は不意に、ラドの町での旅立ちの日の事を思い出していた。
あの時もアロアが、旅立つ僕についていくと言い張った。そして今度はエルナータが……。
「……ふふっ」
「何がおかしいの? リト」
「いや、今のエルナータが、僕と一緒に行くって初めて言い出した時のアロアに似てるなって」
「嘘。私、あんなだった?」
「うん。かなり近い」
「もう……」
真っ赤になって、そっぽを向いてしまうアロア。それを見て、僕は心を決めた。
「エルナータ。僕らと来るかい?」
エルナータと初めて出会った日のように、僕はそう口にする。エルナータは一瞬きょとんとした後、すぐに満面の笑みを浮かべて言った。
「行く! 勿論だ!」
「……はあーあ。ただでさえ大変な旅にエルナータのお守りまで加わんのかよ……」
ランドががっくりと肩を落とし、盛大に溜息を吐く。けれどもその表情は、何だか嬉しそうにも見えた。
「ふん、ついてくるのは構わないがくれぐれも僕の足を引っ張るなよ、チビ」
「チビじゃない、エルナータだ! その言葉、そっくりそのまま返すぞ!」
「やれやれ……また頭痛の種が増えそうだ」
早速喧嘩を始めるエルナータとクラウスに、サークさんも苦笑を浮かべ肩を竦める。そんな皆を見て、僕の心も何だか明るくなる。
ここにいる皆となら、どんな困難も乗り越えられる。そんな小さな自信が、けれど確かに僕の胸に根付いていた。
「さあ、行こう。ノーブルランドへ!」
そして僕らは踏み出した。先の見えない、新たなる冒険への第一歩を。




