第四十九話 極秘指令
フェンデルにレムリアとグランドラの開戦の報が届いて七日ほどが過ぎ、街の中は酷くピリピリとしたムードに包まれていた。
街行く人達から笑顔が消え、路上で喧嘩が起こる事も増えた。いつ戦火がフェンデルまで届くかと、皆不安なのだろう。
現在戦場となっているのは西にあるレムリアとグランドラの国境付近で、まだ戦況に大きな動きはないらしい。とは言え相手は周囲の小国を次々と併合し続けた、軍事大国グランドラだ。長年の平和に慣れたレムリアでは、この均衡もそう長くは続かないだろうというのが大方の人々の予想だった。
レムリアやグランドラの周辺諸国は、この開戦に対して沈黙を守り続けている。今回のグランドラ側の行いは確かに強引だけど、下手に口を出すと自分の国の立場も危うくなるかもしれない。そう思えばこそ、どちらの肩も持てずにいるのだろうとそう言うのは街に住む情報通を自称する人達だった。
ギルドの依頼は、個人のものが激減し国からの傭兵募集の依頼ばかりになった。お金の為に敢えてそれを受ける人も中にはいるようだけど、大半の冒険者達は戦争に巻き込まれるのはごめんだとレムリアを離れ始めているらしくギルド内で他の冒険者を見る機会は少なくなった。マッサーの宿の常連客だった人達も何人かが出ていってしまって、宿はすっかり賑わいを失ってしまった。
そんな中僕は、アロアとランドと共に再びギルドからの呼び出しを受けていた――。
「クラウス! サークさん!」
ギルドの中に入ってすぐ、僕らは受付の前で佇むクラウスとサークさんを見つけた。二人は僕らの方を振り返ると、軽く手を上げて応えた。
「何だ、もしかして貴様達も呼び出しを受けたのか?」
「もって事は、クラウス達も?」
「ああ。他にも呼び出された者がいるから、全員が揃うまで待てと言われてな。まさか貴様達だったとは」
「サークさん、その節はどうもっす。二人とも、まだこの国にいたんすね」
「ああ、お互いにちょっと思うところがあってな……ランド君、君は?」
「俺はレムリアの片田舎出身なんで。ここにいようが帰ろうが、戦争が起きちまった今となっちゃ同じ事っすよ」
「そうか……」
「これで全員が揃いましたね。皆様、よくお越し下さいました」
その場で話し込み始めた僕らの会話を遮るように、ヒルデさんが声を上げた。ヒルデさんは僕らの顔に順番に視線を遣った後、受付のカウンターを開く。
「中へどうぞ。階段を登り、三階突き当たりの部屋においで下さい」
「解りました」
促され、ギルドの奥へと進む。以前皆で集まった二階を通り過ぎ三階への階段を登ると、目の前に他の扉より一回り大きな扉が現れた。
サークさんが先頭に立ち、扉を軽くノックする。すると中から、「入れ」と歳のいった女の人の声が聞こえてきた。
扉を開けて中に入ると、そこは広い執務室だった。奥の机には三十代後半から四十代くらいの銀髪を男のように短く刈り上げた鋭い碧い瞳の女の人が座り、その横にはこの間会った副支部長のハワードさんが立っている。
女の人は、入ってきた僕らをぐるりと見回すと小さく息を吸った。そして、威厳に満ちた声で話し始める。
「よく来てくれた。私はこの冒険者ギルドレムリア支部を統括する、支部長のレジーナだ」
「支部長!?」
ランドが驚きの声を上げた後、しまったと言う風に慌てて手で口を塞ぐ。女の人――レジーナさんはそれを気にした様子もなく、何事もなかったかのように話を続ける。
「グランドラとの開戦の件は、既に諸君らも聞き及んでいる事と思う。我がギルドも微力ながら戦力を貸してはいるが、グランドラの圧倒的な兵力の前ではとてもではないが数が足りない」
「あの、グランドラにも冒険者ギルドはあるんじゃないんですか? お互いがお互いに戦力を貸してたら、兵士さんだけじゃなく冒険者同士でも争う事になるんじゃ……?」
アロアの素朴な疑問に、レジーナさんが僅かに目を伏せる。そして、少し声のトーンを落として言った。
「……グランドラは今の王の代になった時、国を守るのに余所者の力は不用と言って冒険者ギルドの加盟国から外れた。でなければ私も、未来ある冒険者達をむざむざ戦場に送り込むような真似はせんさ」
「そ、そうだったんですね……」
「それで……まさか、俺らにも戦場に行けってんじゃないですよね……?」
ランドがそう恐る恐る聞くと、レジーナさんはゆっくりと首を横に振った。その目にはもう既に、最初の鋭さが戻ってきている。
「たかが五人を新しく戦場に送り込んだところで、何も変わらんよ。だが諸君らの働き次第では、このレムリアを取り巻く戦況は大きく変わる事になるだろう」
「……そろそろ話して貰おうか。この五人を集めた理由を」
レジーナさんの威圧感にも負けない様子で、サークさんがそう先を促す。それに解っているとばかりに頷いて、レジーナさんが話を進めた。
「諸君らにはレムリアとグランドラの北側に位置する中立地帯、ノーブルランドに行って貰いたい」
「ノーブルランド? あの幾つもの共同体が集まった未開の地か?」
告げられたその指令に、クラウスが驚きの声を上げる。その台詞を引き継ぐように、今度はハワードさんが説明を始める。
「その通り、ノーブルランドに王はなく、様々な種族によって作られた数多くの共同体により治められている地域です。人の手があまり入っていないがゆえに貴重な遺跡も多く、この大陸にあるレムリアを含めた各国が年に一度ほどの周期で大規模な遠征隊を組み、内部の調査に当たっています」
「そんな場所に、何故僕達を行かせる。まさか、国一国をも滅ぼせる魔導遺物を探せなどという与太話でもする気か?」
クラウスの問いに、レジーナさんは笑ってみせた。それは、幾多の修羅場を潜った凄みを思わせる笑みだった。
「何、話はもっと簡単だ。諸君らに求めるのは、ノーブルランド各共同体とレムリアとの同盟の締結だ」
「ノーブルランドと同盟だと!?」
今度こそ、クラウスが驚愕に声を張り上げた。アロアやランドも動揺を隠せないような表情を浮かべる中、一人サークさんだけが得心がいったという顔で呟いた。
「……成る程。近隣諸国と違ってノーブルランドに外交は関係ない。後は上手く話をしてグランドラを脅威とみなさせる、またはレムリアに味方する事が利になると思わせれば……」
「流石、話が早い。いくら一つ一つの共同体は小さいと言っても、それらが纏まればその戦力は大国一つ分にもなる。それらが側面からグランドラを襲えば、かの国とて無事には済むまい」
「だが、ノーブルランドは古くからずっと中立を守ってきた地域だぞ。そんなに上手く事が運ぶのか?」
「芽はある。……奴らの宣戦布告の内容のお陰でな」
懸念を口にしたクラウスに、レジーナさんは一枚の紙を取り出した。そしてそこに書かれた内容を、声高に読み上げる。
「『レムリア国内にて国教と定められているアンジェラ教は邪教である。大地母神アンジェラこそがこの世に魔物を生み出した元凶に他ならず、その証拠にレムリア国を中心に魔物達の輪は大陸に広がり始めている。我らは天空神ウルガル様の御名の元、邪教を滅する事で大陸に広がる魔物の脅威を断ち切り、永久の平和をもたらさんとするものである』……」
「そんな! 無茶苦茶よ!」
アンジェラ神の熱心な信者であるアロアが、叫ぶように言った。僕自身、この宣戦布告に憤りを隠せない。
だってあのフードの人物が本当にグランドラの手の者だとしたら、レムリアに魔物を呼び寄せているのは他ならぬグランドラという事にならないだろうか。それをアンジェラ神のせいに仕立て上げ、レムリアを攻める建前にするなんて……身勝手にも程がある!
「……ノーブルランドに済む人間やドワーフの中には、大地を司る神であるアンジェラ神を信仰する者も多い。神々に信仰を捧げる慣習を持っていないエルフ達の説得だけは期待出来ないが、それ以外ならば……」
「味方に引き込む事が出来るかもしれない……という事ですね」
僕の言葉に、レジーナさんが大きく頷いた。僕達は、それぞれに顔を見合わせる。
楽な旅では決してないだろう。けれど、それでレムリアを守れる可能性があるならば……やる価値はある!
「依頼を受ける前に、一つ聞いておきたい。何故僕達なんだ? 特に僕はグランドラ出身の人間だ。祖国の為に、この計画をグランドラに売るとは考えないのか?」
そのクラウスの問いには、レジーナさんはすぐには答えなかった。レジーナさんは僕ら一人一人の顔をじっくりと見て、それから口を開いた。
「クラウス。君はまだ若く少々自信家のきらいがあるが、ひとたび受けた依頼は確実にこなす優秀な冒険者だ。頭もいい。それに何より、我々が最も信頼を置く冒険者の一人であるサーク殿の秘蔵っ子だ。君なら情に流されず、冷静にこの状況を分析出来ると踏んだ。ランド、君には長い間発見される事のなかったバルタス沿岸の遺跡の隠し部屋を発見した功績がある。君の優れた観察眼は、必ずや困難な旅の助けになるだろう」
「……あー、えー……はい、ありがとうございます……」
レジーナさんからの評価に、所在なげに視線をさ迷わせるランド。それを大して気にした風でもなく、レジーナさんは続ける。
「サーク殿は言うに及ばず。長年の旅によって培われてきた経験と腕前は、この大事を託すのに相応しいと私は考えている。最後にリトとアロア、君達二人だが……」
「は、はい」
僕らの視線と、レジーナさんの視線が混じり合う。レジーナさんは一つ溜息を吐いた後、少しだけ優しい表情になって言った。
「君達は若く、冒険者になってまだ間もない。それでも君達に依頼をしようと考えたのは、ヒルデからの強い推薦があったからだ」
「ヒルデさんが……?」
意外な言葉に、僕らは目を丸くする。どうしてヒルデさんが僕らを……?
「あれは君達が冒険者になった日から、ずっと目にかけていたようでな。普段はあまり自分の意見を主張するような事はしないんだが、フェンデルに残っている冒険者の中で誰に依頼を持ち掛けようかという話になった時、真っ先に君達の名を上げたのだ。君達ならば、絶対にこの大事を達成し得ると。あれの人を見る目は確かだ。だからヒルデを信じ、君達をメンバーに加える事にした」
ヒルデさんの、表情に乏しいながらも優しい瞳を思い出す。僕らの事を、そんなに買っていてくれていたなんて……。
今の話を聞いて、ますます心が決まった。ダナンさんや神父様、ヒルデさんやマッサーさん達のいるこのレムリアを、絶対にグランドラの好きになんかさせない!
「僕は、やります。行きます、ノーブルランドへ!」
「私も。アンジェラ様に自分の罪を着せるなんて、絶対に許せない!」
まず僕が一歩前に出、それにアロアが続く。クラウスとサークさんも少しだけ迷う仕草を見せた後、一歩前に進み出た。
「僕の仕事ぶりに目をつけるとは、なかなか見る目がある。それに、いくら祖国とはいえグランドラのやり方は好きにはなれん」
「仮にグランドラに大陸を支配でもされたら、俺達冒険者は商売上がったりだしな。仕方ない、やるか」
「お、俺は……」
その場にいる全員の目が、一斉に残ったランドに向けられる。ランドは暫く誰とも目を合わさないよう視線を避けていたけど、やがて諦めたように言った。
「……俺、カルナバ村に家族がいるんですけど、俺のいない間家族がきちんと生活出来るように取り計らって貰えますかね?」
「勿論だ。君の家族の生活は、我がレムリア支部が責任を持って保証しよう」
「なら、やります。やりますよ。やればいいんだろ畜生!」
「決まりだな。それでは、どういったルートを辿り各共同体と同盟を結んでいくかこれより相談し合うとしよう」
半分自棄っぱちになって叫ぶランドに、レジーナさんが深く頷く。きっと今回は、今までとは比べ物にならないくらい長い旅になるだろう。
それでもレムリアが、そこに住む人達が戦火に蹂躙されるのを防ぐ為ならば。迷う事なんて、何もありはしない!
それから僕達は、夜になるまでこれから先の事を話し合った。




