第四十六話 謎の懐中時計
「な、何だこいつらは……」
驚愕の声を上げながらも皆の手が既に武器を握っているのは、僕らとの冒険者としての経験の差だろう。物陰から出てきた犬の魔物は全部で三匹。どれも敵意に満ちた目で、こちらを睨み付けている。
「気を付けて下さい……あいつらは口から炎を吐いてきます。その炎に、この村は焼かれたんです」
「どういう事なの? 村を襲った魔物はとっくに倒されたんじゃなかったの!?」
「解らない……それに、あの時は一匹だけだったのに……」
それぞれに動揺しながらも、皆が魔物の群れから目を離さない。暫しの間、膠着した睨み合いが続いた。
「……ウオオオオオオオオン!!」
やがて、その膠着を終わらせるように先頭の魔物が大きな雄叫びを上げる。すると後ろにいた二匹が先頭の魔物の左右を抜け、こちらに向かって駆け出してきた。
「っ、リンダ、ジョシュア!」
「ええ!」
「ほいさ!」
リーダーの掛け声に女性の冒険者が素早く手を動かして印を結び、男性の冒険者が弓を引き絞る。女性の冒険者が淡く光り始めた手を前に突き出すと共に、こちらに向かってきていた二匹の魔物の体がまるで見えない壁に衝突したかのように後ろに弾き飛ばされた。
「シールドの魔法! かなり高位の聖魔法よ」
そうアロアが解説すると同時、男性の冒険者の放った矢が左の魔物の右目を射抜く。男性の冒険者は更に続けざまに矢をつがえると、今度は右の魔物の左前足を射った。
「むうん!!」
ダメージに体勢を崩した二匹のうち、足に怪我を負った方に大剣を構えたリーダーが近付く。そして大剣を勢い良く振るい、倒れかけた魔物の首を一刀の元に切り落とした。
「凄いコンビネーションだ……あの手強い魔物をあっという間に……」
その鮮やかな手際に僕が感心していると、目を射抜かれた方の魔物と後ろで状況を見守っていた、恐らくリーダー格の魔物が同時に口を開く。僕は咄嗟に皆の前に立つと、後ろを振り返らずに叫んだ。
「皆、僕の後ろに! ……遮れ、盾よ!」
腕輪が歪み、大きな盾の姿が目前に現れる。直後、激しい炎の渦が盾にぶち当たり周りに飛散していく。
「アロア、プロテクションを僕に!」
「う、うん!」
「すみません、僕が動き出したらもう一度シールドをお願いします!」
「解ったわ!」
ちらりと二人が印を結び始めたのを確認し、僕は盾を構えたまま炎の中をリーダー格の魔物に向けて走り始める。そして盾を取り払うように構えを変えると、次の一手を打つべく言葉を唱えた。
「煌めけ、剣よ!」
盾を横にどけた姿勢が、そのまま剣を横に構えた姿勢へと変わる。体を包む炎は、アロアのプロテクションのお陰で熱が軽く肌を焼く程度に留まっている。
「はあああああああっ!!」
炎の中を構わず突っ切る僕に焦ったようにリーダー格の魔物が炎を止め、爪を振り上げるけどそれより僕が自分の間合いに入る方が早い。僕は大きく足を前に踏み込むと、リーダー格の魔物の胴体を下から斜め上に向けて切り裂いた。
「ギャウッ!!」
「まだまだ!」
斬撃のダメージに怯んだリーダー格の魔物に更に追い討ちをかけるべく、剣を引き頭と刃が平行になるよう構え直す。そして軽く後ずさるリーダー格の魔物の眉間に、深々と剣を突き立てた。
眉間から剣を生やしたリーダー格の魔物が、ぴくぴくと何度か痙攣を繰り返す。間もなくだらりと全身の力が抜けると、その場にどう、と倒れ込んだ。
リーダー格の魔物がもう動かない事を確認すると、僕は皆がどうなったかと振り返る。すると丁度、目を射抜かれた魔物がリーダーの大剣に正面から叩き潰されたところだった。
「やれやれ……片付いたようだな」
僕の方を確認したリーダーが、深く息を吐きながら言う。魔物の出現に張り詰めていた空気が、徐々に緩んでいくのを感じる。
「何とかなったわね……それにしてもリト君だっけ? 随分無茶するのね、君。一歩間違ってたら、火傷じゃ済まなかったわよ?」
「あはは……でも、アロアのプロテクションがあれば多分大丈夫って信じてたから」
「確かに。まだ若いのにあれだけの炎を完全に防げるとは、大したものだ」
「い、いえ、私はまだ見習いの身で……」
「そういや坊主、随分といい魔導遺物持ってんなあ。いいなあ、俺もそんなの見つけて一山当ててえよ」
「あ、あはは……ん?」
男性の冒険者の言葉に思わず目を逸らしたその時、僕は遠くの物陰から誰かがこちらを見ている事に気付いた。焼けた柱の向こうにちらりと見えるその姿は……フードを深く被った旅装の人物の姿だった。
「誰だ!」
「!!」
声をかけると、フードの人物はこちらにくるりと背を向けて逃げ出そうとする。皆ですぐにそれを追いかけるも、長時間の山歩きと今の魔物との戦いとで消耗した体力ではあまり長い間全力では走れず結局フードの人物を見失ってしまった。
「くっそ……逃げ足の速え……」
「あれが、ギルドの言ってたフードの旅人かしら……?」
「……あら?」
アロアが不意に、フードの人物のいた辺りに行きしゃがみ込む。何事かと僕と皆も遅れて近付くと、アロアの手には何かの紋章が刻まれた銀色の懐中時計が握られていた。
「アロア、それは?」
「ここに落ちてたの。これ……ひょっとして、さっきの人のものじゃないかしら?」
「犯人の手掛かり、という訳か……よし、これは君達が持っていてくれ。我々はすぐに、村の調査に取り掛かる」
「げ! ベルジオさんよお、調査はちょっと休んでからでもいいんじゃねえかい? 俺ぁもうくったくたでよお……」
「駄目よ。ここにフードの旅人が現れたって事は、他にも何か手掛かりを残しているかもしれないもの」
「へーい……」
疲れた体を押して、皆が村の調査を始める。僕らも自分達だけ休んではいられないと、それに続く事にした。
「行こう、アロア」
「うん……」
アロアの手にある懐中時計の輝きが、何だか妙に冷たいもののように僕には感じられた。




