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蒼月の交響曲  作者: 由希
第一章 総ての始まり
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第四十四話 再調査

 翌日、僕とアロアは宿での朝の仕事が終わるとすぐにギルドへと向かった。どうやらランドも同じように呼び出されたらしく、ランドも一緒だ。


「何なんだろうな。ここのギルドで仕事を請け負うようになって一年ちょっとは経つけど、こんな事今までなかったぜ」


 不思議そうな表情で、ランドが少し不安げに漏らす。ランドも経験した事がないという事態に、僕とアロアもだんだんと不安を覚えてきた。

 通りを歩くにつれて、次第に周囲に冒険者らしい格好の人達が増えてくる。……もしかしてこの人達も、全員ギルドに呼び出されたんだろうか?

 ますます不安が大きくなる中、間もなくギルドの建物が見えてきた。その入口はいつもと違い、多くの冒険者達でごった返している。


「おいおいマジかよ……」


 頬をひくひくとひきつらせながら、ぽつりとランドが言う。周囲からは戸惑いや苛立ちといった感情が感じ取れる話し声が、次々に聞こえてきていた。

 出来上がった人混みに押し流される形で、ギルドの中に入る。ギルドの中も既に辺りの様子が見えないほど人が一杯で、注意していないと一緒にいるアロアやランドともはぐれてしまいそうだった。


「何が始まるのかな、リト」

「うん……」


 僕とアロアが顔を見合わせていると、受付の方からコツコツとよく響く革靴の音が聞こえてきた。その音に、一気に辺りの声が静まり返る。


「――皆様、よく来て下さいました」


 静かになったギルド内に、ヒルデさんの声が響く。その場にいる全員が一様に、ヒルデさんの次の言葉を待った。


「詳しい話は、ギルド上層部の者が行います。皆様、どうぞ奥にお進み下さい」


 そう言って、きい、と何かが開かれる音がする。すると人混みが、受付の中に向かって流れ始めた。

 僕らもそれに倣い、受付の中に入る。受付の中にはいつもカウンターの外から見ている書類棚の他、ギルドの奥へと通じる通路が開いていた。

 通路を通り抜け、突き当たりの階段を登る。その、階段を登ってすぐの右側の部屋に、皆は集まっているようだった。

 部屋に入り、皆が揃うのを待つ。人が多くて部屋の様子はよく解らなかったけど、しきりのない大きな部屋だというのだけは推測出来た。

 やがて部屋の入口の扉が閉まる音がすると、入れ替わるように誰かが部屋の奧から現れた。どうやら部屋の奧は他より床が一段高くなっているらしく、白髪をオールバックにし口髭を蓄えた、品の良さそうな初老の男の人の頭が僕らから見て真ん中に移動していくのが僕の位置からでも見てとれた。


「お待たせしました、皆様」


 白髪の男の人が口を開く。見た目の歳の割に、よく通る張りのある声だった。


「冒険者ギルドレムリア支部、副支部長のハワードです。本日は皆様にたってのお願いがあって、こうしてお集まり頂きました」

「副支部長……?」

「そんな大物が何で……」


 予想だにしなかった肩書きの人物の登場で、辺りが俄かに騒がしくなる。白髪の男の人――ハワードさんは、一旦そのざわめきが収まるのを待ってから話を続ける。


「ここ一ヶ月の間、このレムリア国各地で魔物が目撃されている事はもうご存知の方もいると思います。ギルドの方にも、依頼先で魔物と戦い何とか退けたという報告が幾つも上がっています」


 そのハワードさんの言葉に、いよいよもって辺りの騒がしさが増す。魔物の事を知らなかった人も何人かいたみたいで、「嘘だろ……?」と言った戸惑いの声も中から聞こえてきた。

 ハワードさんが、ぐるりと辺りを見回す。そして一段と声を大きくして言った。


「静粛に! 話はまだ終わりではありません!」


 辺りの喧騒が、再び収まっていく。それを確認すると、ハワードさんは一つ咳払いをして更に話を進めた。


「……我々は、何名かの信頼出来るベテランの冒険者に依頼してレムリア国に出没する魔物に関する情報を集めました。そして、一つのある事実が浮上しました」


 そういえばここ最近、サークさんがクラウスとは別行動を取っていた事を不意に思い出す。もしかしたらサークさんは、ギルドに頼まれてこの仕事をしていたのかもしれないと僕は思った。

 そんな僕の考えを余所に、ハワードさんの話は続く。それは、実に奇妙な内容だった。


「……魔物が出現する前、もしくは魔物が出現した後。フードを深く被った旅人の姿が、魔物が現れたその現場で見られたという証言が数多く上がったのです。それが同一人物なのかは解りませんが、フードで顔を隠していた事は皆共通すると」


 魔物が現れた場所に現れる? 普通魔物が出たと聞けば、いくら退治された後だと言っても普通はあまり近寄りたくはないだろう。

 それに加えて、魔物が現れる前にも現れるなんて。それじゃあまるで、その人が魔物を手引きしたみたいじゃないか。

 そう疑問を感じたのは僕だけではないらしい。怪訝な空気が、部屋の中に満ちていく。


「そこで皆様には幾つかのチームに分かれて、魔物が出現したという場所の再調査を行って頂きたいのです。勿論報酬はギルドの方から用意させて頂きます。もしも引き受けたくない、という場合は、部屋の入口からお帰り頂いても結構です。ですが、内容に見合うだけの報酬はお約束させて貰う、と事前にお伝えしておきます」


 そこで一度、ハワードさんは話を切り皆の反応を待った。上がり始める、幾つかのざわめき。多分皆、依頼を受けるべきかどうかを考えているんだろう。


「……なあ、お前らはどうすんの? これ……受けんの?」


 隣のランドも、戸惑ったように僕とアロアに意見を仰いでくる。いつもならこういう依頼は受けない筈のランドだけど、報酬を約束する、という言葉に心が揺れているようだ。


「僕は……受けるよ。何で魔物が現れるようになったのか、僕は知りたい」

「私も。魔物は怖いけど……」

「だーよーなあ。お前らならそう言うと思ってたよ。……はあーあ。先輩の俺がケツ捲って逃げる訳にはいかない、か」


 ランドは結局、依頼を受ける事に決めたようだった。他にも退室者が一人も出ないのを見て、再びハワードさんが口を開く。


「ご協力、感謝致します。それではこれより組分けを発表しますので、名前を呼ばれた方は壇上に上がってきて下さい。……ルオデ国、ウェルカの町出身のアーランドさん!」


 一人一人が壇上に呼ばれては組分けを告げられ、また皆の元へ戻っていく。それが繰り返されるうちに、遂に僕の順番がやってきた。


「レムリア国、タンザ村出身のリト君!」

「はい」


 人混みを掻き分け、何とか部屋の奥の壇上へと上がる。ハワードさんは僕の方を見ると、手に持っていた紙束の中から一枚の紙を手渡した。


「君には故郷であるタンザ村に行って貰います。難民状態の村人達の話も聞きました……辛いでしょうが、今は耐えて我々に協力して下さい。お願いしますね」

「……はい。解りました」


 紙を受け取り、小さく頷く。僕が人混みの中に戻ると同時、今度はアロアが壇上に呼ばれていった。


(……こんな形で、村に戻る事になるなんて)


 受け取った、依頼の詳しい内容が書かれた紙をじっと見つめながら、僕は心の奥底に暗く重たいものが溜まるのを感じていた。

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