第四十二話 本当の相棒
やがて目覚めた町の人達は、最初は何が起きていたのかさっぱり解らない風だった。けれど頂上の床板が壊れた時計塔と、その最下層に横たわるパヴァーの死骸とを見て、どうやら町に異変が起きていたと察したようだった。
この一件で多少の怪我をしていた僕らは、町の教会でタダで怪我の治療を受けさせて貰う事が出来た。更に町を救ってくれたお礼だと言って、帰りは町で木工品の納入に使っている馬車でフェンデルまで送っていって貰える事になった。
そして、あの戦いから一夜明けた早朝。僕らは町の人々に盛大に見送られながら、デュマの町を後にした――。
「そういえば、本に書かれていたパヴァーの伝承なんだがな」
街道を馬車に揺られて半日と少し。そろそろフェンデルが近くなってきたところで、不意にクラウスが口を開いた。
「うん」
「伝承の中の悪魔パヴァーは、最後は最古の英雄リトの手によって討たれたそうだ。彼が天の神々から授かった剣、『神殺し』でその心の臓を貫かれてな。……パヴァーにとっては最大級の皮肉だと思わんか? 復活したと思ったら、英雄と同じ名を持つ人間の手によってやはり心臓を貫かれ葬られるなど」
「はは……確かに」
クラウスの言葉に、僕は笑った。最初は何だか畏れ多いような気がしたこの名前も、今ではすっかり耳に馴染んだような気がする。
――あの時リトという名前に感じた既視感の正体は、未だに解っていない。英雄の名前というだけあってこの世界では『リト』は割と一般的な名前のようだし、もしかしたら大した意味なんかないんじゃないかとすら思えてくる。
けれど。この名前がとても大切なものだという認識は、今も変わらないのだ。
「……だが、解らないのはパヴァーが何故現代に蘇ったか、だ」
真剣な表情になり、クラウスが言う。確かに、伝承が本当ならパヴァーは一度死んでいる筈だ。
それなのに、今になって再び姿を現した。これが意味する事は一体……。
「各地での魔物の異常発生。そして今回のパヴァー……この国では今、何かが起きているのかもしれんな」
「何かって?」
「そこまで僕が知る訳がないだろう。だが……何か嫌な予感がする」
険しい顔のクラウスに、僕の胸にも不安が広がっていく。本当にこの先、何も大きな事件が起きないといいんだけど……。
「お二人さん、そろそろフェンデルの北門が見えて来ましたよ」
その時御者さんが、振り返って僕らに声をかけた。僕らは暗くなってきた話を切り上げ、幌から顔を出して前方を覗き込む。
ちょっと離れていただけなのに何だか酷く懐かしく感じる、大きな門の向こう側に広がる街の光景が僕らを出迎える。と、門の前に何だか見慣れた姿がある事に僕らは同時に気が付いた。
「あれは……サーク!?」
「それにアロアも……あの、すみません! ここで止めて下さい!」
僕の声に馬車がゆっくりと速度を緩め、停止する。僕らは御者さんにお礼を言って馬車を飛び降りると、急ぎ門の前で立つ二人の元へ駆けていった。
「アロア!」
「リト! 無事で良かった……!」
「サーク、何故ここに……」
「何故じゃねえよ! お前って奴は、人に散々心配かけさせやがって……」
僕らを視界に入れた二人もまた、僕らの方へと駆け寄ってくる。僕らはそれぞれ思い思いに、再会の喜びを分かち合った。
「でも、何で二人が一緒に?」
「用事が終わって部屋に戻ってみたら書き置きがあったから嫌な予感がしてな。ギルドに行ってみたら案の定、クラウスが君と二人で盗賊退治に向かったと聞かされた訳だ。そこに丁度アロアちゃんがやってきて……」
「私は一人でリトを待てるから大丈夫だって言ったの。けど、女の子を一人にはさせられないし、自分もクラウスが心配だからって……」
「……心配? 僕を?」
アロアの言葉に、クラウスがきょとんとした顔になる。そんなクラウスに、サークさんは眉を吊り上げ言った。
「当たり前だ! お前はまだ自分だけで仕事をやるには早いんだ、本当の一人前って奴になるには力だけじゃなくて心も伴ってないといけない。それを力だけはあるからって勘違いして、何でも自分だけで出来る気でいるんじゃねえ!」
「……ごめん、なさい」
サークさんに相談しないで依頼を受けると決めた事に若干の後ろめたさはあったのか、驚くほど素直にクラウスが謝る。けれどすっかりしょげ返ったクラウスの姿を見ていると、何だか胸の奥にもやもやしたものが溜まっていくような感じがした。
だってデュマの町で起きた異変の正体に気付けたのも町に潜むパヴァーの居場所を分析出来たのも、皆クラウスの力があったからだ。確かに始まりこそ強引極まりなかったけど、クラウスがいなかったらデュマの町での被害はきっともっと大きくなっていたと今では思う。
「あ、あの、サークさん! クラウスは……」
それ以上は黙って見ていられなくて、必死でクラウスを庇う為の言葉を口にしようとする。けれどそれよりも前に、サークさんの顔にふっと笑みが浮かんだ。
「……けどまあ、こうして無事に帰ってきたって事はちゃんと依頼は達成できたんだろ? お前は一度決めた事を途中で放り出すような、そんな無責任な奴じゃないからな」
サークさんの手が、すっとクラウスの帽子を取る。そしてもう片方の手で、クラウスの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「よくやったな。流石、俺の相棒だ」
「……!」
その言葉に、クラウスの目が極限まで大きく見開かれる。それからぷるぷると震えると、クラウスは今にも泣き出しそうに金色の瞳を強く滲ませた。
暫くそのまま、皆で微笑ましくクラウスの様子を見つめる。するとそんな僕らの視線に気付いたのか、手で乱暴に目を擦ったクラウスがふん、と顔を背けて言った。
「……当たり前だ! 僕は優秀だからな!」
僕らは笑った。クラウスだけが、何だか恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
沈みかけた夕日が、僕らの姿を真っ赤に染めていた。




