第三十七話 二人だけの旅路
それぞれの宿に戻った僕とクラウスは急ぎ旅支度を整え、街の北門で落ち合った。そしてデュマの町に向かうべく、街道を北上し始めた。
「そういえば、サークさんには何て伝えたの?」
「あいつには部屋に書き置きを残しておいた。七日ほどで帰ると」
そろそろ夕暮れも近く、街道をすれ違う人達も早く宿に着きたいのか早足になっているのが解る。一番近い宿場町までは歩いて半日かかるそうなので、僕らは宿場町まで頑張るか野宿で体力を温存するかを急いで決めなければならなかった。
「貴様、野宿の経験はあるか?」
歩きながら、クラウスが僕に問い掛ける。僕はすぐに、首を横に振った。
「……ならば、宿場町まで強行軍するぞ。僕も経験がない訳ではないが、まだ些か不慣れな部分があってな。くそ、こういう時にこそサークの奴がいればいいのだが」
「ごめん、クラウス」
「謝らなくていい。お互い様だ」
そう言うと、クラウスは無言で足を早める。僕も遅れないように、それについていった。
……何故だろう。今日のクラウスは、何だか妙に焦っているように見える。
言葉や態度が偉そうなのはいつもの事だけど、それだけじゃない。今のクラウスには、何と言うか余裕らしきものが感じられない。
マッサーの宿での強引な態度もそうだ。いくら人の話を聞かないクラウスと言っても、いつもならもっと冷静に自分の言い分を伝えてきただろう。
「クラウス……何かあった?」
気になって、そう聞いてみる。クラウスは、振り返らないままそれに答えた。
「……貴様には、関係ない」
それきり、クラウスは口を開かなかった。僕の方も、何となくそれ以上聞くのは躊躇われた。
何を話していいか解らないまま、僕らの静かな旅路は続いていった。
上空の月が傾きかけた頃に宿場町へと辿り着き、一番入口に近い宿を取る。部屋は時間帯のせいもあってか二人部屋が一部屋しか空いておらず、僕らは初めて隣同士のベッドに寝る事になった。
全く休憩を取らずに歩き続けた為に疲れて棒のようになった足を投げ出し、ベッドに横たわる。起き上がって湯あみをする気力も、もうなかった。
隣のベッドを見ると、クラウスは既に帽子を枕元に置き目を閉じていた。僕も明日に備えて早く寝てしまおうかと、薄い毛布を被った時。
「……今から話す事は、僕の独り言だ」
不意に、クラウスがそう呟いた。僕は思わず、目を閉じたままのクラウスの横顔を見つめる。
「僕の父上は、優れた魔法使いだった。そして良家の跡継ぎという立場に甘えず、冒険者としても名を馳せ、その仲間であった母上を妻に迎えた。周囲には父上のする事に反対する声もあったが、自分の意志を貫くだけの力が、度胸が、父上にはあった」
それは淡々とした語り口だったけど、言葉の選び方から、クラウスが本当にお父さんを尊敬しているんだなという事が伝わってきた。いつも自信たっぷりのクラウスの、新たな一面を見た気がした。
以前、クラウスがお父さんから受け継いだものだと言って自分の杖を自慢してきた事を思い出す。あれは、クラウスにとってお父さんが本当に大事だからだったのだ。
「……新たな跡継ぎとして産まれた僕は、物心ついてからずっと、そんな父上と比較されてきた。何をするにも、お父上ならもっと出来た、お父上ならこうした、そう言われてばかりだった。それで父上を恨む事はない。父上は本当に立派で、僕の事もとても可愛がってくれたから。……それでも、窮屈な事には変わりなかった」
「だから……お父さんと同じ、冒険者になった?」
僕の問いには、クラウスは答えない。ただ淡々と、自分の想いを紡ぎ続ける。
「僕が旅に出ると言った時も、父上は反対しなかった。それどころか、自分の杖を与え、昔の仲間を呼び、激励してくれた。『お前ならきっと、私を超える冒険者になれる』と……それに、僕は応えなければならない。……応えなければ、ならないんだ」
そう言って自分の胸元に置いた拳を握り締めたクラウスを見て、僕は漸く解った気がした。クラウスのいつもの振る舞いや、今こうして焦っている理由も。
クラウスはきっと、早く尊敬しているお父さんの期待に応えられる冒険者になりたかったのだ。あまり他人に頼りたがらないのも、きっとそのせいなのだろう。
自分を大きく見せる為に強がって、居丈高に振る舞って……。それはもしかしたら、クラウスが自分の心を守る為に着けている仮面なのかもしれない。
クラウスは言っていた。最近サークさんは一人での行動が多いと。その事でもし、自分が見限られたんじゃないかと不安になっていたんだとしたら。
「……大丈夫だよ、クラウス」
目を閉じたままのクラウスに、僕は言った。相変わらず、クラウスの返事はない。
「焦って一人前になろうとしなくたって、クラウスのお父さんもサークさんもクラウスの事を見捨てたりしないよ。だからきっと、大丈夫」
クラウスは、それに何も言わなかった。ただ、固く握り締められていた胸の拳の力がほんの少し、緩んだような気がした。
その事に微かな安堵を覚えながら、僕もまた瞼を下ろした。




