第三十六話 奇妙な盗賊団
「……で、一体リトに何の用事で来たんだ?」
ひとまずランドと一緒に二人を落ち着かせて椅子に座らせ、コップに入った水を出したところで改めてランドがクラウスに聞いた。クラウスは出された水を一気飲みし、横目で僕を見ながら口を開く。
「……ある依頼で僕と組まないか? という話をしに来た」
「依頼? 僕と?」
その意外な提案に、目を丸くする。クラウスは確か、ベテラン冒険者のエルフのサークさんにお世話になってた筈だけど……。
「依頼ってどんな?」
「盗賊退治だ。最初は僕一人でやるつもりだったが、安全の為に最低二人以上でやる事が条件、と言われてな」
「一人? サークさんは?」
僕が疑問を口にすると、クラウスは眉間の皺を深め溜息を吐いた。そして、視線を少し下に下げて言う。
「……あいつは、最近一人での行動が多いのだ。今日も朝食を食べてすぐ、どこかへ行ってしまった。僕は他につてはないし、それでリトならと思って」
「ケンカか? 悪い事をしたら謝らないといけないんだぞ」
「おいチビ。何故僕が悪い事をしたという前提で話をしている」
「チビじゃない、エルナータだ!」
「まあまあ……とにかくリトに、その盗賊退治を手伝って欲しいって訳だな」
「本当は僕一人で十分なんだがな。一人では駄目だと言われたしリトなら少なくとも足手まといにはならんだろうし仕方なくだ。いいか仕方なくだぞ」
ランドの確認に、クラウスはやたらと「仕方なく」を強調しながら頷いた。相変わらずの素直じゃなさに思わず苦笑を漏らしながら、それでも僕の力を認めて頼ってきてくれた事は純粋に嬉しいと感じた。
「で、どうなんだ。来るのか来ないのか。言っておくがこの僕に誘われるというのは凄い事だ。凄い事なんだぞ」
「うーん……」
「嫌なら断れ、リト。こいつさっきからめちゃくちゃ偉そうだ」
「しーっ、口を挟むなエルナータ! ……でもまあ、マジでどうする?」
顎に手を当て、考える。悪人とはいえ人を殺すのにはやっぱり抵抗があるけど……退治の依頼が出てるって事は、今まさに盗賊に困っている人達がいるって事だ。そういう事なら、見過ごせない。
「……解ったよ。僕で力になれるなら」
そう答えると、クラウスの表情がにわかに明るくなった。しかしすぐに自分でその事に気付いたのか、慌てて元の仏頂面に表情を戻して言う。
「ふ……ふん。この僕の誘いを断る訳がないとは思っていたがな。しかし、一応礼は言っておくぞ。……協力、感謝する」
「アロアちゃんはどうする? 連れていくか?」
そのランドの問いに、僕はゆっくりと首を横に振った。……今回の相手は獣でも魔物でもない、人間だ。シスターのアロアに、人殺しの手伝いをさせる訳にはいかない。
「……アロアは、置いていくよ。今回の依頼は、アロア向けじゃない」
「だろうな。アロアちゃんには俺から伝えておくよ」
「だったら、エルナータが行くぞ。リトがいじめられないように見張るんだ」
「駄ー目。お前は冒険者じゃないだろ。冒険者登録してない奴が勝手に依頼を受けちゃいけないってギルドの規則で決まってんの」
「ぶー。街は規則とやらが多すぎるぞ!」
むくれるエルナータとそれを宥めるランドを横目に、クラウスが立ち上がる。そして、すたすたと早歩きで入口へ向かった。
「そうと決まれば行くぞ。時間が惜しい、依頼を受けたらすぐに出発する」
「あ、ま、待ってよ!」
僕はエプロンを外してランドに預けると、慌ててその背中を追った。
「こんにちは、ヒルデさん」
「こんにち……おや。これはまた珍しい組み合わせですね」
ギルドに着いて、今やすっかり顔馴染みになった事務員のヒルデさんに挨拶するといつも冷静なヒルデさんには珍しく少し驚いたように言った。そんなヒルデさんに構わず、クラウスが右の掲示板から一枚の依頼書を手に取り受付に置く。
「言われた通り、仲間を連れてきたぞ。これで文句はないな?」
「……確かに、条件は満たしていますが……本当に二人でなさる気ですか?」
「当然だ。この僕に加えてリトまでいるのだから、盗賊などどれほどいようが物の数にもならない」
「ええと……とりあえず、依頼の詳しい内容だけでも教えて貰っていいですか?」
ヒルデさんは、少しだけ迷うように僕らの顔を交互に見た。けれどやがて観念した表情で、依頼の内容について話し始めた。
「……依頼があったのは、フェンデルから歩いて北に二日ほど行き、街道を東に外れて更に一日ほど歩いた所にあるデュマの町です。ここは木工業が盛んな町なのですが、数日前から盗賊が出没し、町に近付く旅人を殺して回っているそうです。依頼の手紙を届けに来た者も、盗賊に見つかり殺されかけたところを何とか逃げ延びてきたと証言しています」
「待て、殺して回っているのか? ただ金品を奪うのではなく?」
クラウスの問いに、ヒルデさんは神妙な顔で頷いた。そして、更に話を続ける。
「殺した後で金品を奪っているのか、それは解りません。ですが手紙を届けに来た者の話では、金を出せと脅される事もなくいきなり斬りかかられたと」
「……妙だな。盗賊というものは大抵金品の略奪が主目的で、襲った相手の生死は二の次の筈だ。それがまるで、相手を殺す事自体が目的のように行動している……」
話を聞いたクラウスが、真剣な顔で考え込む。僕の方も、何だか底知れぬ不気味さを感じ始めていた。
タンザ村からラドの町に向かう途中、出会った盗賊達を思い出す。あいつらは僕を気絶させてアロアを拐いこそすれ、それ以上村の皆に何かをしてくる事はなかった。
「どうしますか? 私としては、もう少し人数を増やしてから受ける事をお勧めしますが」
ヒルデさんがもう一度、僕らの顔を見回す。クラウスは暫くの間考え込んでいたけど、やがて顔を上げて言った。
「……いや。この二人で行く。その方が、向こうも油断するかもしれん」
「大丈夫なの? クラウス」
「どうせ他に人員の当てなどない。やるしかないだろう」
「……解りました。幸運を祈ります」
これ以上説得しても無駄だと判断したのか、ヒルデさんが依頼書に承認の判子を押す。それをクラウスは、固い表情で見つめていた。
ふと窓の外を見ると、僕らの行く手を暗示するように北の空に暗雲が垂れ込めていた。




