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蒼月の交響曲  作者: 由希
第一章 総ての始まり
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第三十五話 クラウスの来訪

 僕らはまず、大声で助けを呼んだ。ロープを持っていたランドが下に降りてきてしまった為、上に登る手段がなくなってしまっていたからだ。

 幸いすぐに近くを通りがかった別のチームが僕らに気付き、引っ張り上げてくれた。そしてまだ壁が光ったままになっていた穴の中を見て驚き、他のチームに連絡を取った事で調査に当たっていた総てのチームが穴の前に集合する事になった。


「凄いじゃないかランド、これは大発見だぞ!」


 今回派遣された冒険者達のリーダーが、以前からの知り合いだったらしいランドを褒め称える。それに対してランドは、曖昧な笑みを返した。


「あー……そっすね」

「? どうした、あまり嬉しそうじゃないな」

「あーいや、ほら、重要そうな場所だったけどお宝っぽいものはなかったし」


 その反応に不思議そうな顔をするリーダーに、ランドが慌てて付け加える。リーダーはそれに得心がいった、という風に頷き、改めて穴の中を見た。


「そうだな。だがこれだけ凄い文明の跡なら、それなりの特別報酬は出るだろう。何せ自動的に光る壁と、同じく中が光っている内側から砕けた棺だ。ここにはきっと、何か重大なものが眠っていたに違いない」


 僕らはリーダーのその言葉に、何も反応を返す事が出来ない。暫く興奮した様子で穴を見つめていたリーダーだったけど、ふとアロアの後ろに隠れるように立っているエルナータに気付いて言った。


「ん? その子は……?」

「あ、あー、その子はですね、遺跡に迷い込んでた迷子みたいで。で、ここ滑りやすいでしょ? 転んで頭でも打っちゃったのか、自分の名前しか覚えてないって言うんですよ。なっ?」

「ああ。エルナータは、エルナータだぞ」

「ふむ……」


 エルナータを見ながら、リーダーが顎に手を当てて考え込む。僕らはそれをドキドキしながら見守っていたけど、やがてリーダーは皆を見回して言った。


「……では、残りの日程はこの穴の詳しい調査と、少女の身元確認を行う。その間の行動は自由とする。解散!」


 その号令と共に、皆がぞろぞろと階段へ戻っていく。僕らもそれに続こうとしたけど、不意にリーダーが僕らを引き止めた。


「ああ、お前達」

「な、何すか?」

「少女の身柄は一時的に、お前達に預ける。どうやら随分となついているようだからな」

「り、了解っす! 責任を持って預からせて頂きます!」

「うむ、くれぐれも頼んだぞ」


 そう言うと、リーダーは僕らを追い抜いて先に行ってしまった。それを見届けると、僕らは一斉に深く息を吐く。


「ふいー……何とか上手く誤魔化せたな……」

「ごめんね、ランド。任せっきりにしちゃって」

「しょうがねえよ。お前らじゃ素直すぎて、すぐ嘘がばれちまう」


 ぼりぼりと頭を掻きながら、ランドがもう一度盛大な溜息を吐く。エルナータが、その様子を不思議そうに見上げた。


「エルナータが、お前達と一緒にいたいと頼むのでは駄目だったのか?」

「大人の世界は色々複雑なの。とにかく、これで完全に身元不明ってなればフェンデルに連れて帰って里親を探すって流れになる筈だ。そしたら俺達で引き取ればいい」

「凄いのね、ランド。私達じゃそこまで考え付かなかった」

「ま、これでもお前らより長く世間に揉まれてるからな。これくらいの悪知恵なら働くのさ」


 そう苦笑し、ランドが大きく背中を伸ばす。それから僕らを見渡して、先に立ってすたすたと歩き始めた。


「さ、行こうぜ。上手い事残りは休暇になったし、折角だから海に行くのもいいかもな」

「海? 何だそれ! 行きたい!」


 それに続くように、エルナータが駆け出す。そんなエルナータの後ろ姿を微笑ましく見つめながら、僕とアロアもまた歩き出した。



 エルナータに関しては結局、ランドの言った通りになった。最初はまだ若い僕らには里親は無理だと皆渋い顔をしていたけど、何度も必死に頼み込んだお陰か、本当の親が見つかるまでという条件付きで遂にエルナータを引き取る事が出来た。

 エルナータはマッサーの宿の、アロアと同じ部屋に住み込む事になった。突然エルナータを連れて帰ってきた僕らに、マッサーさんは多くを追究しようとはしなかった。

 そうして、エルナータがマッサーの宿の一員になってから十日ほどの時が過ぎようとしていた……。



「リトはいるか!?」


 ある日の昼下がり。珍しく手頃な依頼もなく、宿で夕方のピークに向けた準備をしていると突然、そう言って誰かが食堂に入ってきた。同じく準備をしていたランドとエルナータも、一体何事かと入口を見る。

 目に入ったのは、見覚えのあるシルエット。鍔の広い黒い帽子に黒いローブ、それから手に持った黄色の『玉』が嵌まった杖。


「クラウス?」


 僕が声をかけると、黒ずくめの少年――クラウスはふん、と軽く鼻を鳴らした。そしてつかつかと僕に歩み寄り、僕の手をがっしりと掴んで言う。


「行くぞ」

「はい?」


 言うが早いが、クラウスは僕を引きずって外へ行こうとする。僕は慌てて、クラウスの手を振り払った。


「ちょっと待って! どこへ!?」

「うるさい。貴様は黙って、僕の言う事を聞けば良いのだ」

「無茶言わないで!?」


 現れるなり無茶苦茶な事を言い出すクラウスに、思わず大声が出る。元々人の話を聞かないところはあったけど、今日はいつにも増して強引だ。


「待て。お前何者だ。リトをどこへ連れていく」


 その時、僕とクラウスの間にエルナータが割って入ってきた。エルナータを見たクラウスが、少し怪訝そうな顔になる。


「何だ、このチビは?」

「チビじゃない、エルナータだ。エルナータ知ってるぞ、こういうのはユーカイって言うんだ」

「誰が誘拐犯だ! 僕はただ、リトに用があるだけだ!」

「でも、リトは行きたくなさそうだぞ?」

「関係ない。チビはすっこんでいろ」

「リトはエルナータの友達だ。友達を守るのは当然だ」


 いつの間にか僕の事そっちのけで、クラウスとエルナータの二人が睨み合う。そして、同時に僕を振り返り声を揃えて言った。


「こいつ、気に食わん!」

「こいつ、気に入らないぞ!」


 そのハーモニーを聞きながら、僕は誰か助けて……と心の中で呟いた。

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