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蒼月の交響曲  作者: 由希
第一章 総ての始まり
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番外編 夏の日差しの中で

 前略。僕らは今、バルタス港から少し離れた沿岸の浜辺に来ています。


「おおおおおー! 凄いぞ! 水が一杯だ!」


 一歩前を歩いていたエルナータが目を輝かせ、海を見つめる。僕も初めて見る海の広さに、思わず目を奪われていた。


「本では見た事があったけど……海って、本当に広いのね」

「うん、どこからこんなに水が湧いてくるのか想像もつかないや」

「お前らー、勝手に行動してはぐれんじゃねえぞー。特にエルナータ、おま……っておい、言ってる側から海に突進しようとすんな! まずは水着に着替えてからだろうが!」

「おお! そうだった!」


 一直線に海へ駆け出そうとするエルナータを、慌ててランドが止める。その様子に軽く吹き出しながら、僕はきょろきょろと辺りを見回す。


「着替えられそうなとこ、どこかにあるかな?」

「あ、あそこなんかいいんじゃない?」


 そう言ってアロアが指差した方を見ると、浜辺の奥の方に大きな岩場があった。あそこなら、浜辺から身を隠せそうだ。


「じゃあ、女の子達が先に行って着替えてきなよ。僕とランドはここで待ってるから」

「ありがとう、リト。エルナータ、一緒に水着に着替えよう!」

「おう! 解った、アロア!」


 アロアに呼ばれ、エルナータがててて、と小走りにアロアに駆け寄っていく。そんなエルナータと手を繋ぎ、アロアは岩場の向こうへと消えていった。


「……なあリト」


 二人の姿が見えなくなると、ランドがおもむろに僕に近付いてくる。そして僕の耳元で、小さな声で囁く。


「どうしたの、ラン……」

「着替え、覗きに行かねえ?」

「へっ!?」

「馬鹿、声が大きい!」


 とんでもない事を言い出すランドについ大声を上げると、ランドは素早く僕の口を手で覆った。僕は何とかランドの手を引き剥がし、同じく小声になりながら言う。


「何言い出すんだよ、ランド!」

「だってお前だって見たいだろ、ぺったんこのエルナータはともかくアロアちゃんの裸!」

「そ、それは気になるけど……じゃなくて! いけないよ、そんな事したら!」

「何だよー、お堅い事言っちゃって。自分に素直になろうぜ?」

「ランドは素直すぎるよ! もしバレちゃったら、きっとアロア物凄く怒るよ!?」

「あのなあ、前々から思ってたけどお前はちょっといい子ちゃんすぎるんだよ! たまにゃ欲望のままに生きてみたっていいじゃねえか」

「とにかく駄目だよ、覗きなんて! 二人に悪いよ!」

「ちぇっ、何だよー。もういいよ、俺一人で行ってくるから」

「そ、それも駄目だったら!」

「二人とも、何話してるの?」


 延々と言い争っていた僕らだったけど、不意にそう声をかけられて争いをぴたりと止めた。振り返ると、アロアがいつからなのか岩場から顔だけを覗かせている。


「あ……アロア。どうしたの?」

「うん。着替え終わったから、出てきてもいいかなって」

「あ、うん。勿論いいよ。出てきなよ」

「じゃあ、ちょっと待っててね」


 アロアはそう言うと、再び岩場の向こうに顔を引っ込めた。途端、ランドが恨めしげに僕を睨み付ける。


「ほら見ろ、お前がうるさいから覗き損ねちまったじゃねえか」

「だからそれは駄目だって……」

「お待たせ、二人とも!」


 アロアの声に振り向くと、アロアとエルナータが岩場から姿を現したところだった。アロアは宿での仕事の時と同じく髪を結い紐で上に一つに纏めていて、胸だけを小さな赤い布と細い紐で覆った上半身に同じく赤い下着のような下半身の水着を。エルナータはアロアが纏めたのか上の方で左右二つに髪が括られており、アロアのものと少し似ていたけど腹が隠れ、上から下まで一繋ぎになった水色に白の小さな水玉模様の水着をそれぞれ身に纏っていた。


「ワンダフル……アロアちゃんって着痩せするタイプだったんだな……!」


 その姿に大袈裟に喜ぶランドを余所に、僕はアロアから目が離せないでいた。こんなに薄着になったアロアの姿は、今までに見た事がなかった。


「あ、あの、あんまり見ないで……人前でこんな格好した事ないから、ちょっと恥ずかしい……」

「ご、ごめん!」


 恥ずかしそうに顔を赤らめるアロアに、僕は慌てて目を横に逸らした。初めてエプロン姿のアロアを見た時よりも強いドキドキが、僕の心と体を支配する。


「エルナータは? エルナータはどうだ? 似合ってるか?」

「はいはい似合ってるよ、後はもうちょっと胸があればなあ」

「胸か!? おっぱいか!? おいアロア、どうすればエルナータもアロアみたいにばいんばいんになる!?」

「えっ!? そ、そんな事聞かれても!?」


 エルナータの無邪気な発言に、ますます顔を赤くするアロア。そんなアロアを見ながら、僕のドキドキは暫く止む事はなかった。



「ふう、疲れた」


 自分も膝丈くらいのズボンのような水着を身につけ、一通り泳いでから僕は浜辺に腰掛ける。遠くでは、何故かランドがエルナータの手で砂の中に埋められていた。


「隣、いい?」


 見上げると、アロアが僕を上から見下ろしていた。僕が頷くと、アロアは少しだけ距離を取って砂の上に腰を下ろす。


「ラッキーだったね。こうして海で遊べる余裕が出来るなんて」

「本当に。エルナータ様様、かな」


 互いに笑い合い、会話を交わす。海から吹く気持ちのいい潮風が、僕らの間を通り抜けていった。


「……リトと出会ってから、本当に、色んな事があったね」


 ぽつりと、アロアが呟く。その瞳はどこか、遠くを見ているようでもあった。


「辛い事も、楽しい事も。色んな事があった」

「うん。……普通の人の一年分くらいは、もう経験した気分だ」

「……ねえ、リト」


 アロアの目が、僕の方に向く。とても、とても真剣な目。


「今は……まだ難しいけど。でも、また、いつかみたいにリトの前で私が泣いちゃったら……その時は、抱き締めてくれる?」


 その目を、言葉を、僕は受け止める。そして、力強く頷いた。


「うん。必ず」

「……ふふ。ありがとう、リト」

「おーーーい! リト、アロア、一緒にランドで遊ぼう!」

「でって何だよでって! いい加減にしないと温厚な俺もキレるぞコラァ!」


 その声に二人で振り向くと、エルナータがこちらに向かって両手をぶんぶんと振り回している。続くランドの声に思わず二人同時に吹き出した後、僕は砂を払い立ち上がった。


「――行こう、アロア」

「うん、リト」


 どちらからともなく、僕らは手を繋いだ。伝わった手の温もりは、照りつける夏の日差しにも負けないくらい温かかった。

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