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蒼月の交響曲  作者: 由希
第一章 総ての始まり
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第三十四話 新たな仲間

 あまりに予想外な展開に、絶句する僕ら。少女はそれに首を傾げながら、先程までの凶暴さが嘘のように言う。


「お前達、誰だ? 何で私を見て固まっている?」

「あー、ええと……僕らの事、覚えてない?」

「覚えるも何も、全員初めて見る顔だぞ?」


 僕らは、今度こそ完全に固まった。上から体当たりをかました為恐らく顔は見られていないランドはともかく、さっきまで戦っていた僕とアロアの顔まで知らないというのだ。これはもう、疑いようがない。


「おおお俺!? 俺のせい!? 俺のせいで貴重な魔導遺物が記憶喪失に!?」

「落ち着いてランド! ええと……君……何か覚えてる事はある……?」


 僕の問いに、少女は暫く考え込む素振りを見せた。そしてやがて、無表情にきっぱりと言い切った。


「ないな。何もない」

「……どうしよう、リト? この子、さっきの衝撃で何もかも全部忘れちゃったみたい……」

「うーん……」


 腕組みし、どうしようかと考える。もう一度頭に衝撃を与えれば、もしかしたら記憶が戻るかもしれない。けれど、もし記憶が戻ってまた襲われたら……今度こそ、全員殺されるかもしれない。

 当の少女は、記憶がなくなったというのにまるでけろっとしているように見える。ずっと半目の無表情の為正確な感情は読めないが、少なくとも、自分の置かれた境遇に動揺している様子は見受けられない。


「お前達」


 不意に、少女が声を上げる。僕らは動揺しながらも、一斉に少女の方を見る。


「え? な、な、何?」

「お前達、名前は何と言うんだ?」


 少女の目は、興味津々と言った感じできらきらと輝いていた。仕方なく、僕らは少女の問いに答える。


「僕はリト」

「私はアロアよ」

「俺はランドだ」


 僕らの顔を順番に見ながら、少女がふんふんと頷く。名前を一通り聞き終えると少女は、両手ぶんぶんと振りながら言った。


「よし、覚えた! おい、お前達。私に何か名前を付けろ。不便で仕方ない」

「え?」


 その言葉に、僕らは顔を見合わせた。……名前がない不便さは、同じ記憶喪失の僕には痛いほどよく解る。とは言っても、急に名前をと言われてもすぐに浮かぶものでもなかった。


「名前……名前……ランドは? 何かある?」

「えー……と……ポチ、とかミケ……?」

「犬猫に名前付けるんじゃないんだから……。アロアは?」

「そうね……うーん……」


 皆で意見を出し合い、考える。やがて、アロアが一つの名前を口にした。


「エルナータ……とか、どうかしら?」

「エルナータ? その名前にも、何か意味があるの?」

「うん。海神ユノキス様の娘でね、人間の男の人と恋に落ちて、自分も人間になって地上で暮らしたんだって」

「へぇ……君はどうだい?」


 振り返り、少女の方を見る。少女は興奮気味に両手をばたばたさせ、アロアをじっと見つめながら言った。


「エルナータ、いい! 気に入った! エルナータは今日からエルナータだ! ありがとう、アロア!」

「ふふ、気に入って貰えて良かった」


 少女が喜びアロアが笑う、その光景の和やかさに僕はさっきまでの戦いも忘れて安らぎを覚える。と、不意にランドがぽつりと呟いた。


「なあ……エルナータさあ……何とか連れて帰れねえかな」

「え?」


 意外な言葉に、僕は思わずランドを見た。売らないまでも、無害化した今なら国に引き渡せば何かしら特別な報酬が出るんじゃないかと考えていたのだ。


「いいの? だってあんなに一攫千金にこだわってたじゃない」

「ああ……でもよ……今のあいつ見てたら、何だか故郷の弟達を思い出しちまって……国に渡したら、多分研究の為に何されるか解んねえだろ? なら、俺達で連れて帰って面倒見た方がさ、あいつにもいいんじゃねえかなって……」

「ランド……」


 確かに、記憶をなくしたとは言えエルナータは自分で考えて動くという高度過ぎる魔導遺物だ。その珍しさは、僕の腕輪の比ではないだろう。国が人間扱いしてくれる保証は、ない。

 それならば。正体を隠し、普通の人間として生きた方がエルナータにとっても幸せな事なのかもしれない。


「……エルナータ。僕らと来るかい?」


 無邪気にアロアと遊ぶエルナータに、そう問い掛ける。エルナータは一瞬きょとんとした後、嬉しそうに言った。


「行く! お前達いい奴だし、面白い!」

「よし! 決まりだな!」

「エルナータ、僕らの前以外では髪の毛は動かしちゃ駄目だよ?」

「髪?」


 僕の言葉に、エルナータが髪の毛を一束持ち上げてみせる。そして、今自分のした事に興奮したように目を輝かせた。


「ホントだ! エルナータ髪の毛動かせる! 面白い!」

「だから動かすなって……ああもうリト、お前も余計な事言うなよ!」

「ご、ごめん!」


 嬉々として髪の毛を動かし出すエルナータを、ランドが慌てて止めようとする。そんな二人を笑って見ていたアロアが、僕の方を振り返って言った。


「これから、ますます賑やかになりそうね」


 僕もまた、笑って応える。胸の中に、楽しい予感を抱きながら。


「うん、そうだね」


 静かな部屋の中に、僕らの明るい笑い声が響き渡った。

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