第三十三話 水上の戦い
「煌めけ、剣よ!」
瞬時に危険を察知し、剣を出す。同時に少女の髪がまるで独立した生き物のようにうねり、何本もの槍の姿を形作ると僕を突き刺そうと襲ってきた。
「くっ!」
僕は剣を振るい、何とかそれを一つ一つ叩き落とす。驚いた事に、髪に斬りかかった筈なのに手に伝わる感触と衝突音は硬い金属のそれだった。
髪で出来た槍は、切り払っても切り払っても手を休める事なく僕に向かってくる。その、元が髪ならではの不規則な動きに、次第に捌き切れない槍による細かな傷が全身を覆い始めた。
このままでは防戦一方だ。そう思った僕は、思い切って反撃に転じる事にした。
「切り裂け、斧よ!」
その言葉と共に、手の中の剣が大きな両刃の斧へと変化する。僕は斧を強く握ると、繰り出される槍の群れを力任せに丸ごと横へと弾き飛ばした。
「!!」
髪を弾かれた衝撃で横を向いた、無表情だった少女の眉が軽く動く。僕は少女の体勢が崩れたのを見逃さず、次なる姿へ腕輪を変える為に叫んだ。
「砕け、鎚よ!」
斧が歪み、今度は大鎚の姿へと変わる。僕は斧を振るった時のままの体勢でそのまま体を一回転させ、遠心力をつけると体勢を整えたばかりの少女の胴体に思い切り大鎚を叩き付けた。
「……っ!!」
少女は無言で吹き飛び、音を立てて水の中に沈む。気泡がぶくぶくと、派手に現れてはすぐに消えた。
「やったか……?」
静まり返った水面を、じっと見つめる。華奢な少女相手にやりすぎたかとも思ったけど、少女の戦い方は明らかに普通の人間のそれではなかった。
静寂の中、僕の荒い息遣いだけが耳に響く。どうするべきか、僕が考えあぐねていると。
「!?」
突然水飛沫と共に、水面から槍が突き出てきた。それは一直線に、僕の喉元へと吸い込まれていく。
咄嗟に腕でそれを防ごうとするけど、間に合わない。僕はここで死ぬのか……!?
――ガキィン!
その時、何か固いもの同士がぶつかる音がした。見れば、喉を狙った槍の先端が刺さる寸前でぷるぷると止まっている。
「リト、大丈夫!?」
「アロア!」
いつの間にか、アロアが下に降りてきていた。前方に突き出された両の掌からは、白く淡い光が放たれている。
「アロア、これは君が?」
「新しく覚えたプロテクションよ、対象は一人だけど簡単な結界が張れるの!」
「……また、劣等種が増えた」
ざばりと、水中から少女が姿を現す。表情の見えない銀色の半目が、僕とアロアを交互に見る。
「劣等種は……皆殺し。主からの、命令」
「リト……何なのこの子……!?」
「解らない……いきなり襲い掛かってきて……」
「……死ね」
少女が今度は髪を鎌のような左右一対の刃に変えて、二人纏めて切り裂こうとしてくる。それを見て、僕はアロアを庇うように前に立った。
「煌めけ、剣よ!」
武器を再び小回りの利く剣に変えて、降り下ろされる刃を次々と受け止める。アロアのプロテクションのお陰か、今度は捌き損ねた刃が体を傷付ける事はなかった。
「……厄介」
僕と切り結びながら、少女の視線が後方のアロアに向く。そして髪の毛を今度は一纏めにすると、まるで鞭のようにしならせて僕に叩き付けてきた。
「ぐうっ!」
「リト!」
僕は剣を縦に構え防ごうと試みたけど、それより鞭の勢いの方が強くプロテクション越しでも軽く吹き飛ばされる。何とか水の中に倒れ込むのだけは踏み留まるも、衝撃の影響で僕もアロアも完全に無防備になる。
「まずは、一人」
少女の髪が、再び槍に変わりアロアへと襲い掛かる。僕にプロテクションをかけ続けているアロアに、逃れる術はない。
「アロアーーーっ!!」
「……うおおおおおおおおっ!!」
突如、上からそんな叫び声がした。反射的に上を見上げると、何か大きなものが少女の頭上目掛けて落下してくる。
少女もまた、頭上の何かに気付いたようだが避ける暇はなかった。その何かは少女の頭に激しくぶち当たり、勢い良く少女を再度水へ沈めた。
激しい水飛沫が、辺りに舞い上がる。先程よりも大きく長く気泡が上がり、間もなくざばあと水面が盛り上がって誰かが顔を出した。
「ぶっはあ! 死ぬかと思った!」
「ランド!」
姿を現したのは、ずぶ濡れになったランドだった。水が鼻に入ったのかランドは何度か咳き込んだ後、ぶるぶると頭の水を飛ばして立ち上がった。
「ふいー……リト、アロア、無事か?」
「ランド、どうして……」
「どうしてって、お前ら放って逃げられないだろうが! それで、丁度お前ら以外の頭が真下に見えたから一か八か、って訳よ」
「そっか……ありがとう、ランド」
心から、僕はお礼を言った。自分は弱いと言ってずっと戦いを避けてきた風のランドが助けに来てくれるなんて、きっと凄く勇気のいる事だと思った。
ランドは照れ臭そうに、目を逸らして鼻の頭を掻く。そして水面に視線を移すと、戸惑ったように言った。
「んで。……こいつ一体何なんだ? 部屋の中も何か変な感じだし」
「あそこにある棺……あの中に眠ってたんだ。棺を調べてたら仕掛けを作動させちゃったみたいで、こんな事に……」
「棺ねえ……待てよ。こいつ、もしかして魔導遺物じゃないか?」
「え!? こんな女の子が!?」
水中に沈んだままの少女を見て、僕は驚く。確かに髪の毛を自在に武器にしたり、普通の人間ではない感じがしたけど……。
「魔導遺物は、どんな姿をしてるか誰にも予想出来ないって言うぜ。こんな所に厳重に安置されてたのもそれっぽいし、きっとそうだって!」
「で、でも、仮にそうだとしてどうするの……? まさか売っちゃうの?」
「……そこなんだよなあ。いくらお前らに襲い掛かってきたとはいえ、人間の形してるもんを売っ払うのはなあ……」
混乱するアロアにそう返し、ランドが困ったように腕組みをする。売るのは気が引ける……かと言って、放って置いてもしまた襲い掛かってきたら……。
僕らが悩んでいると、不意に水面に小さな気泡が上がった。咄嗟に身構える僕らの目の前で、ゆっくりと少女が立ち上がる。
少女はどこか心ここに在らずといった感じで、ゆっくりと辺りを見回す。その様子を訝しがる僕らの視線など意にも介さず、少女がおもむろに口を開いた。
「……ここは、どこだ?」
「……は?」
その瞬間。辺りの時が凍り付いたような、そんな気がした。




