第二十八話 捕物大作戦
僕らは依頼書を持って再び受付に行き、害獣駆除の依頼を受ける旨を事務員さんに伝えた。事務員さんは依頼書を受け取ると、依頼の詳しい内容を教えてくれた。
現場の畑は、フェンデルを出て南に少し行った所にあるらしい。依頼主であり畑の所有者でもある農夫のジオットさんの話によると、最近夜になるとどこからか獣が現れ畑の作物を食い荒らすのでそれを駆除して欲しい、という事だそうだ。
「恐らく危険はないでしょうが、本当に二人で大丈夫ですか?」
事務員さんが少し眉を下げ、そう念を押してくる。恐らく僕らが若いので、心配してくれているのだろう。
「大丈夫です。ちゃんとお役に立てるかどうかは解らないけど……やってみます」
「……では、あなた方に任せてみましょう。幸運を祈ります」
僕らの決意を聞くと、事務員さんは僕らのメダリオンの数字を依頼書に書き込み判子を押した。これで依頼を正式に引き受けた事になったらしい。次に事務員さんは、紐で閉じられた一枚の紙を僕らに手渡した。
「こちら、依頼の遂行書になります。あなた方が正式にギルドから派遣された事を示す証明書でもあります。依頼が完了したら、必ずこの遂行書に依頼主のサインを貰って下さい。依頼主のサインの入った遂行書をギルドに提出する事で、初めて報酬が支払われる事になっています」
「解りました。色々教えて下さってありがとうございます」
「いえ。頑張って下さいね」
そう言って、事務員さんが初めて小さく笑った。僕らは事務員さんに別れを告げると、椅子に座って欠伸を噛み殺しているランドの元へと戻った。
「よう、受ける依頼は決まったか?」
「うん。郊外の畑の害獣駆除をやる事にしたよ」
「成る程な、初心者には丁度いいんじゃないか? いつ行くんだ?」
「うーん、そうだね……」
「ねえ、ランド。ランドはこの街は詳しい?」
突然アロアがそう聞いたので、僕は何事かとアロアを見た。ランドも不思議そうな顔をしながらも、小さく頷き返す。
「ああ。この街にはもう一年いるからな、それなりにゃ知ってるぜ」
「なら、街を案内してくれる? 必要なものを買い揃えたいの」
「そりゃ構わないけど……」
「アロア。どうするつもりなの?」
「罠を作るのよ」
「罠を?」
聞き返した僕に、アロアは笑みを浮かべ頷いた。そして、こう続ける。
「昔、お父さんが作ってるのを隣でよく見てたの。お父さんが作った時みたいに、上手く作れるかはちょっと自信がないけど……」
「確かに、やってみる価値はあるかもな。リト、お前はどう思う?」
ランドに聞かれて、考える。確かに上手くいけば、獣を楽に捕らえる事が出来るかもしれない。
「やってみようか。……アロア、お願いしてもいい?」
「うん、任せて!」
こうして僕らは、罠の材料を買い集める為に街に出る事になった。
翌日。昼の仕事を終え支度を整えた僕とアロアは、現場の畑に向けてフェンデルを出発した。
街道は緩やかな下り坂になっていて、昼下がりの眩しい日差しがさんさんと辺りを照らしている。もう夏本番も近いのだろう、気温は高く軽装でも暑いくらいだった。
目的の畑は、少し歩くとすぐに見えてきた。目に映る伸びやかな緑にダナンさんの畑を思い出して、まだ村を離れてそれほど経っていない筈なのに何だか懐かしさを感じた。
畑では、麦わら帽子を被ったふくよかな体型のおじいさんがこちらに背を向け作業をしている。僕らはおじいさんに近付くと、その背中に声をかけた。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。今日もいい天気だねえ」
「あなたが、ジオットさんですか?」
「そうだが……お前さんら、何故儂の名前を……?」
不思議がるおじいさんに、ギルドで受け取った遂行書を見せる。おじいさんは目を見開いて、遂行書と僕らを交互に見た。
「あれまあ、お前さんらがギルドから派遣された冒険者かい。まだ若く見えるのに……」
「まだ慣れない事も多いけど、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
「ああ、改めてよろしく頼むよ。早速だが、儂が帰ってから朝が来るまでの間、この畑を見張っていて欲しいんじゃ」
「獣の特徴か何かは解りますか?」
「そうさな……地面に残った足跡や作物の噛み跡からして、かなり大きい獣のようじゃ。夜にしか現れんようで、儂もほとほと困っておる」
「大きい獣か……アロア、罠は大丈夫そう?」
「うん、大きい獣と小さい獣、どっちにも合わせられるように作ったから。ランドのお陰で大分材料が安く買えたし」
「そりゃ頼もしいの。儂はそろそろ帰るから、後はよろしく頼んだぞ」
「はい!」
おじいさんは農具を纏めると、僕らの来た道を引き返していった。おじいさんが去った後、僕らは畑を歩き回って構造を調べる。
「どの辺りに仕掛けようか?」
「ううん……私が見てたのは作り方だけで、仕掛けるところは見てないから……」
アロアが、困ったように眉を下げる。僕は村で猟師さんの手伝いをした日の事を思い出し、何かヒントはないかと考えを巡らす。
「……そうだ。村の猟師さんが、罠は獲物がよく通る場所に仕掛けるといいって言ってた気がする」
「よく通る場所……この場合は、獣が好きな作物がある辺りかしら?」
「獣が好きな作物か……いつも食べてるならきっと成っている数も少ない筈だ。それを調べよう」
「解ったわ」
二人で作物の数を調べ、比べてみる。すると、名前を知らない黄色い粒々の作物が一番成っている数がまばらになっていた。
「この辺りに仕掛けてみよう。後は獣に気付かれない場所で夜を待つだけだ」
「うん。上手く引っ掛かるといいけど……」
黄色い作物のある辺りに、アロアの作った罠を見えないように仕掛ける。これで準備は万端だ。
僕らは畑の外れに移動し、座り込んだ。そこで二人話をしながら、じっと時が過ぎるのを待つ。
始めは村での思い出や、街の印象を語り合った。けれど夕方も過ぎ、日の落ちる頃になるとだんだんと話せる事も尽きてきた。
時間が経つのが、酷く長く感じる。この先どう場をもたせようか、僕がそう考え始めたその時。
「グギャオオオオオン!!」
突然、空気を引き裂くような悲鳴が轟いた。僕は一瞬驚くも、すぐに急いで立ち上がる。
「獣が罠にかかったんだ! 行こう!」
「うん!」
月明かりの中を、絶え間なく続く悲鳴を頼りに駆けていく。間もなく作物のある付近に近付くと、そこに見えたものに僕らは目を見張った。
ゆうに人間の大人を頭一つ超える巨大な体躯。毛むくじゃらの全身に手には鋭い爪が伸び、鼻先の尖った顔の下には不揃いの牙が並んでいた。明らかに普通の獣ではない。
「まさか……魔物?」
その呟きを肯定するように、暴れる獣の血走った目が僕らを睨み付けた。




