第二十五話 新生活の始まり
入口を抜けると、まず広い食堂が目に入る。もう夕方だからか中にはお客さんが何人かいて、それぞれ陽気にお酒を酌み交わしている。
「らっしゃい! お、お客さん初めてだね」
給仕の少年が僕らに気付き、声をかける。歳は僕らより少し上ぐらいだろうか。短く刈り上げた明るい金髪に日によく焼けた小麦色の肌、焦茶色の目の下に鼻を通って付けられた真一文字の傷痕が印象的だ。
「食事かい? それとも泊まり? もうすぐ客の入りもピークになるから、さっさと決めちゃった方がいいぜ!」
「あ、あの、僕らは……」
「おーいランド、エールもう一杯くれや!」
「あいよ! それじゃあな、ゆっくりしてってくれよ!」
ランドと呼ばれた少年は、注文を運びに奥へ行ってしまった。僕らは戸惑いながらも、カウンターの向こうに座っている中年のおじさんの方へ向かい話しかける。
「こ……こんにちは」
「……」
「あの、ここで住み込みさせて貰えるって聞いたんですけど……」
「……坊主達、冒険者かい」
「はい。まだ、仕事は受けた事ないですけど」
「……何で、冒険者になろうと思った?」
おじさんの目が、鋭く僕らを射抜く。僕らはそれに臆する事なく、言った。
「なくした自分の記憶を、取り戻す為です」
「私は、その手助けをする為」
「……」
喧騒の中、僕らの周りだけ沈黙が支配する。おじさんは僕らの顔を交互に見回すと、やがて長い息を吐き大声で少年を呼びつけた。
「ランド! ちょっとこっちに来い」
「何だよとっつぁん、今忙しいんだって……」
「お仲間だ。坊主はお前の部屋、嬢ちゃんは隣の女用の部屋に案内してやれ」
「……!」
少年の目が、大きく見開かれる。そしてみるみるうちに満面の笑顔になると、両手を上に突き上げて言った。
「よっしゃあ! 遂に俺にも後輩が出来たって事だな! おい、お前ら名前は?」
「り、リトって言います」
「私は、アロア」
「おいおい敬語なんかいいって。これから同じ釜の飯を食う仲間なんだからさ! んじゃとっつぁん、案内してくる間店はよろしく!」
「あの! ……ありがとうございます!」
二人で深々と頭を下げると、おじさんはさっさと行け、という風に手で僕らを追いやった。僕らはそれに感謝しながら、少年の後に続いて廊下を歩き出した。
「申し遅れたな。俺はランド。この宿で住み込みで暮らしてもう一年くらいになるかな」
「あなたも、冒険者だったんですね」
「敬語はよせっつったろ? ああ、冒険者には色んな奴がいるが、俺は遺跡発掘を中心に活動してるんだ。……さ、着いたぜ。アロアちゃんはこっちの部屋な」
廊下の一番奥で、ランドは立ち止まる。そして扉を開け、僕らに中に入るよう促した。
「荷物を置いたら、早速店に出て貰うからな。エプロンはどっちの部屋もタンスの横にかかってるぜ。俺はここで待ってるから、解らない事があったら何でも言えよ」
「うん、ありがとう、ランド」
ランドにお礼を言い、部屋の中に入る。部屋は二人部屋で、お世辞にも広いとは言えなかったけど二人が住むには十分なスペースがあった。
空いている方のベッドに荷物を置くと、言われた通りタンスの横にかけてあったエプロンを手に取る。けれど村にいた時は着の身着のままで色んな作業をしていたから、慣れないエプロンに悪戦苦闘する。
「出来たかー……ってお前どんくさいなあ。エプロンもちゃんと付けられないのかよ」
「ご、ごめん……」
「仕方ねえな。俺が後ろを結んでやるよ」
やがて様子を見に来たランドが、そう言ってエプロンの後ろを結んでくれた。ありがたいやら情けないやらで、顔が少し赤くなるのを感じる。
「……よし、出来た。これでよし、と。アロアちゃんはどうだ?」
「出来たわ、今そっちに行くね」
ランドと共に部屋を出、アロアを待つ。間もなく、部屋の扉が開き、アロアが姿を現した。
「おおー……」
ランドが、感嘆の声を上げる。僕も思わず、まじまじとアロアを見た。
アロアは長い髪を動きやすいように上で一つに結わえ、女の子用の可愛らしいフリルのエプロンに身を包んでいた。見慣れないその姿に、何だか胸がドキドキするのを感じる。
「~~~っくー! やっぱ女の子がいるといいねえ! 華がある華が! なっリト、お前もそう思うだろ?」
「えっ? いや、僕は……」
「リト。……どうかな。……似合ってる?」
答えを待つように、アロアがじっと僕の顔を見つめる。僕は頬を赤らめながら、何とかその目を見つめ返して言った。
「うん……とても」
「……そっか。ふふ、うん、ありがとう、リト」
「おーおー、あっついねえお二人さん。んじゃ着替えも終わった事だし、早く店に戻ろうぜ!」
「あ……うん!」
ランドに促され、僕らは慌てて廊下を戻っていく。その胸には、これから始まる新しい生活への不安と期待が入り交じっていた。




