第二十一話 亡霊の村
イーリャの村は、街道の反対に林を抜けて少し行った場所にあった。激しい雨の為か、表に人通りは全くない。
「あのいえがイーリャのいえだよ!」
アロアと手を繋いだイーリャが、そう言って村の中央にある家の一つを指す。その途中に、バラバラに崩れた大きな石の塊が見えた。
「イーリャ、あれは?」
「なんだろ? イーリャわかんない」
イーリャに聞いてみるけど、イーリャはそう言って首を横に振った。気にはかかったけど、解らないものはどうしようもないと僕はそれ以上気にしない事にした。
「……」
さっきからただ一人、クラウスだけがずっと難しい顔をしている。まだイーリャの事を気にしているのだと思い、僕は努めて明るく言った。
「大丈夫だよ。こうして村にもちゃんと辿り着いたし、きっと僕らがたまたまイーリャに気付かなかっただけだよ」
「……貴様、気付かないのか?」
「え?」
そう言うと、クラウスはぐるりと辺りを見回す。その表情は、一段と険しいものになってきている。
「この村、人の気配がまるでしない。それだけではない、誰かが今まさに生活しているという、その痕跡も見当たらない」
言われて村の様子を見ると、確かに桶や薪があちこちに無造作に転がったままで、ぼうぼうに生えた草が家の周囲を覆っている。その姿は、とても人が住んでいるようには思えなかった。
「……それに、あの崩れた石だ」
いつの間にか、サークさんが側にいた。サークさんは鋭い目で、雨に濡れた石の塊を見据えた。
「噂には聞いた事があった。多分あれは……」
「ついたよ! おかあさーん!」
サークさんが言い終わるより前に、アロアと神父様がイーリャに連れられ家の中に入っていく。僕らは顔を見合わせると、慌ててその後を追った。
入った家の中は、酷く閑散としていた。床には大きな穴が開き、辺りに散らばった壊れたテーブルと椅子には少なくない埃が白く降り積もっている。
「何……これ。イーリャ……?」
流石のアロアも、顔色を変えるのが解った。そして。
――バタン!
「!?」
突然、背後の扉が勢い良く閉まった。慌てて扉に飛び付くけど、鉛で出来たみたいにびくともしない。
『……苦しい……』
直接脳内に響き渡る声。振り返ると目と口がぽっかりとした黒い穴になった半透明の男女が二人、部屋の奥から現れたところだった。神父様が悲鳴を上げる。
「あれは……ゴースト!? いけません! 逃げましょう!」
「でも、扉が!」
「どけ! 僕がぶち破る!」
クラウスが杖を扉に向け、詠唱の準備に入る。僕らは慌てて、扉から距離を取った。
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
『玉』から、以前洞窟でクラウスと戦った時よりは小さめの雷が放たれる。それでも十分な威力を持った雷は、容易く木で出来た扉を吹き飛ばす。
無くなった扉を抜けて、急いで外に出る。けれど外もまた、どこから出てきたのかゴースト達の姿で溢れ返っていた。
『痛い……苦しい……』
『助けて……誰か……』
ゴースト達はゆっくりと包囲を狭め、僕らに近付いてくる。地の底から聞こえてくるような呻き声が、繰り返し脳内に反響して気が狂いそうだった。
「マリク神父、ターンアンデッドを!」
「で、ですが流石に一人でこの量は……!」
「神父様、私にターンアンデッドを教えて下さい! ……やってみます!」
「アロア!」
神父様は驚いてアロアを見たけど、アロアの決意は固いようだった。少しだけ迷った後、決心したように神父様はアロアに言う。
「……いいですか、私のやる通りに印を結びなさい。そして、強く祈るのです」
「はい!」
神父様とアロアが向かい合い、神父様の手の動きをアロアが的確に真似をする。そして二人が同時に祈り出すと、二人を中心に光が生まれ、周囲に広がり始めた。
『おお……』
『温かい……光……』
ゴースト達の、そんな安らかな声が響く。そして。
光はやがて、小さな村全体を包み込んだ。




