第十九話 雨の中の出会い
目的地の王都までは、ラドの町から歩いて約二日との事だった。ひとまず僕らは、その中継地点にあるガンドルという宿場町を目指して街道を進む事になった。
「そういえば、クラウスの杖に嵌まってる宝石……それが『玉』って言うの?」
僕が尋ねると、クラウスは急に自慢気に鼻を鳴らした。そして手にした杖をくるくると弄びながら言う。
「その通りだ。これは父上から受け継いだ由緒正しい杖でな。僕の力を雷に変えてくれる力を持っているのだ」
「『玉』はね、色によって変換される力が違うんだって。赤なら炎、白なら氷みたいに」
「へえ……」
アロアの補足に感嘆の声を上げていると、先を歩いていたサークさんが不意に空を見上げた。そして右手を上に向けると、よく聞き取れない言葉で何かを呟く。
サークさんの右手に、みるみる光が集まっていく。光はやがて一つの形となり、薄布を纏った掌サイズの小さな子供の姿となった。
「空の様子を調べてきてくれ」
子供が頷き、空高く飛んでいく。そして間も無く降りてくると、サークさんの耳元で何かを囁き消えた。
「近いうちに雨が降る。急いで雨宿り出来る場所まで行こう」
「それが、エルフのみが使えるという霊魔法ですか……長く生きてきましたが、私も実際に見たのは初めてです」
感心しきりと言った感じに、神父様が息を漏らす。サークさんは大した事じゃない、と笑うと、周囲を警戒しながら足を速めた。
「サークさんって頼もしいね、アロア」
「うん。旅慣れてるって感じがする」
「当たり前だ。この僕が仲間と認めている者だからな」
サークさんに尊敬の目を向ける僕とアロアに、何故か自分が褒められたみたいな態度でクラウスが言う。いくら友達の息子とはいえ、こんな性格のクラウスにずっと付き合うなんてサークさんも大変だな……と、僕は思わず同情を覚えた。
「……それで、雨宿り出来そうな場所ってあるんですか?」
「ああ、この丘を越えた所に林がある。そこなら多少はマシだろう」
そう言って道を先導するサークさんに、遅れないように皆でついていく。小高い丘のてっぺんまで上がると、確かに、言った通りに林があるのが見えた。
そうしている内に、空にはみるみると雲が広がり太陽を隠していく。やがてすっかり雲が青空を覆うと、ぽつぽつと水滴が落ちてき始めた。
急いで、林の中に飛び込む。直後、あっという間に勢いを増した雨がざあざあと地面を叩き付けだした。
「ふう……何とか間に合ったな」
それぞれ大きめの木の下に避難し、一息吐く。さっきまで晴れていたのが、嘘みたいな天気だ。
「珍しいな。山の上の方ならともかく、こんな平地で急に天気が崩れるなんて」
雨空を見上げながら、サークさんがぽつりと呟く。僕のいた村のあった山の中腹付近はたまに雨が降る時はあっても、こんなに急に天気が変わる事はなかったからそう言われても何だかピンと来ない。
「困りましたね……夜までにガンドルに辿り着けるでしょうか……」
「恐らく通り雨だとは思うが……雨が止むまでは、ここを動かない方がいいだろう」
サークさんの言葉に従い、そのままじっと雨が止むのを待つ。と、不意にアロアが顔を上げた。
「今……私達以外の誰かの声がしなかった?」
「え?」
言われて、辺りを見回してみる。けれど林には僕ら五人以外、誰の姿も見えない。
改めて、耳を澄ます。すると確かに、雨の音に混じって誰かの啜り泣くような声が聞こえた。
「泣いてる……誰の声だ……?」
「おい、あいつではないか?」
クラウスの指差す方を見てみると、遠くの木陰に隠れるようにして佇む小さな子供の姿が見えた。……さっきまで、あんな子はいただろうか?
そう疑問に思う僕を余所に、アロアが子供に近付いていく。そして、しゃがみ込み目線を合わせると優しく声をかけた。
「こんにちは。一体どうしたの?」
「……リサが、いないの」
「リサって? お友達?」
「……うん。なかよしのぬいぐるみ。ここでねてたらいなくなっちゃった……」
アロアがこちらを振り返る。次に何て言うかは、僕ら皆が解っていた。
「……あの、この子のぬいぐるみ、探してきたら駄目ですか?」
その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。