第十八話 旅立ち
――そして遂に、旅立ちの朝が来た。旅支度は、町の人達が少しずつ分けてくれたお金とサークさんのアドバイスで何とか一通り揃える事が出来た。
支度の最中、アロアとは一度も顔を合わせる事はなかった。その事に、少し寂しさを覚える。
旅に出てしまえば、もう暫くは会えなくなってしまうのに。その前にアロアとの時間をもっと作りたかったけど、それは叶わぬまま今日を迎えてしまった。
「元気でね、リトちゃん。しっかりやるんだよ」
見送りに来てくれた、ダナンさん夫妻を始めとした村の皆が口々に別れを惜しんでくれる。その温かさに、僕の目頭が熱くなった。
「記憶を取り戻して、必ず帰ってきます。どうかそれまで元気で」
「ああ! 女達は俺と皆のせがれ共でしっかり守るからよ!」
「何言ってんだい! あんたなんか守られっぱなしだったじゃないさ!」
威勢良く言った言葉をそう返されて、ダナンさんが所在無さげに頭を掻く。それを見た皆の間から、どっと笑いが起こった。……この人達に報いる為にも、必ず記憶を取り戻して帰ろう。僕の決意は、更に固くなった。
「ところで、アロアの姿が見えませんが……」
旅装の神父様が、きょろきょろと辺りを見回す。神父様は王都にあるアンジェラ神の本神殿に魔物の事を報告する為、僕に同行する事になったのだ。その護衛として、クラウスとサークさんもついてきてくれる事になっている。
「……昨日から、殆ど姿を見せないんです。どうしたんだろう……」
「ふむ……リトと別れるのが、今になって辛くなったのでしょうか……」
「良かった! 間に合った!」
神父様とそう心配し合っていると、突然そんな声がした。振り返ると、アロアが荷物を抱えてこちらにやって来るのが見えた。
その服装を見て、僕と神父様は驚く。アロアはいつものシスター服ではなく、動きやすい旅装に身を包んでいた。
「アロア、その格好は!?」
「……彼女、初めからこうするつもりだったんだよ」
アロアの代わりに応えたのは、苦笑を浮かべたサークさんだった。クラウスが、溜息混じりに後を続ける。
「先にリトに言えば絶対猛反対される、だからこっそり旅支度をするのを手伝ってくれと言われてな。大変だったのだ。サークが注意を引き付けている間に僕が娘を手引きしたり……」
「……どうして」
呆然と問い掛ける僕に、アロアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして、胸を張って言う。
「だって、黙って待っているだけなんて嫌だもの。私もリトの力になりたいの」
「でも、一体何が待っているか解らないし危険だよ!?」
「解ってるわ。だから聖魔法も今まで以上にもっともっと勉強する。足手まといにならないように頑張る。……リトの、側にいたいの」
「……だってさ。もてる男は辛いね、リト君」
からかうようなサークさんの言葉も、あまり耳に入らない。僕は真っ直ぐに、アロアをじっと見つめた。
「……いつまたここに帰って来れるか、解らないよ」
「解ってる」
「満足にご飯も食べられない日が、続くかもしれない」
「覚悟してる。それでも一緒に行きたいの」
「……」
刹那、目を伏せる。瞼を開いた時、僕は覚悟を決めた。
「……一緒に、来てくれるかい?」
「うん!」
わっと、周囲から歓声が上がった。ダナンさんや皆が、僕の背中をばしばしと叩く。
「アロアちゃんを頼んだぞ、リト坊!」
「何かあったら、承知しないからね!」
「はい……って、叩きすぎですよお!」
「ふん……全くもって騒がしい」
「いいじゃねえか。見送ってくれる人が、沢山いるってのはいいもんだ」
そんな僕らを遠巻きに見つめるクラウスとサークさんの声を聞きながら、僕はこれからの日々に思いを馳せた。