第十七話 踏み出す勇気
町に戻った僕達を、村の皆は、それに元々の町の人達も、喜んで出迎えてくれた。特にアロアの無事な姿を見て、何人かは泣き出してしまうほどだった。
盗賊がいなくなった事を祝って、町ではささやかな祝宴が催された。暗かった村の皆の表情が、少しだけ明るくなった事が僕は嬉しかった。宴は夜明けまで続き、空が白み始めた頃、やっと皆疲れて解散となった。
そして――。
「おはよう、リト」
昼過ぎに目覚めた僕が顔を洗いに行くと、丁度与えられた部屋から出てきたアロアと出くわした。アロアはまだ眠いのか、軽く目を擦っている。
「おはよう。って言ってももう昼過ぎだけど」
「よく眠れた?」
「……まあまあ、かな」
どちらからともなく、自然に並んで歩く。そのまま、少しの沈黙が流れた。
「……ねえ、リト」
先に口を開いたのは、アロアだった。アロアはどこか覚悟を決めたような表情で、じっと僕の顔を見る。
「リト。リトは昨日の話……」
「行かないから」
「え?」
アロアの声を遮って、僕は言った。アロアの目が、大きく見開かれる。
「僕はどこにも行かないから。アロアや皆を置いていけるもんか」
「……」
僕の言葉に、アロアは応えない。ただじっと僕を見つめ、そして、やがて大きく息を吐き出した。
「行って、リト」
「!!」
そう言ったアロアに、今度は僕が目を見開く番だった。アロアは眉を下げ笑いながら、更に続ける。
「リトの事だから、皆が大変な時に自分の事を優先なんて出来ないって思ってるんでしょ?」
「そ、それは……」
「あのね、リト。皆なら大丈夫。元々あんまり暮らしやすいとは言えない土地で、懸命に生きてきた皆よ。あなたが思っているより、皆はずっと強い」
「……でも」
「私ね、リトに後悔して欲しくないの。今旅立たなかったら、あなたはいつかきっとその事を後悔する。知りたいんでしょう? 自分の事を」
「それは……」
思わず、言葉に詰まる。自分が何者か知りたくない、そう言えば嘘になる。けど……。
そんな僕の心を見透かしたように、アロアはまた笑った。そして僕の瞳から目を離さずに、言った。
「自分の記憶を見つけて、自分の生きたい道をちゃんと生きる事。それが皆がリトに望んでいる事で、リトが皆に出来る一番の事よ」
「アロア……」
アロアの緑色の瞳を、じっと見つめ返す。どこまでも曇りのないその瞳に、僕は遂に決心した。
「僕……行くよ」
「うん」
「記憶を取り戻して、そして、必ず帰ってくる。皆の村を元通りにしに」
「うん」
「待っていて、アロア。僕は……僕の務めを果たしに行く」
その言葉に、アロアは応えなかった。代わりに満足そうに笑みを深め、くるりと身を翻すと洗面所へと駆けていった。
何故、村の近くで倒れていたのか。何故、こんな腕輪を持っているのか。
応援してくれたアロアの為にも……必ず取り戻すんだ。僕の記憶を!
静かな旅立ちの決意を胸に秘め、僕は、アロアの後を追って洗面所へ向かった。