第十六話 迷い
町へと引き返す最中、僕らは互いの身の上を語り合った。クラウスは元々他国の良家のご子息だったけど、社会勉強の為、クラウスの両親の友人で先輩冒険者であるサークさんを目付け役に冒険者稼業を始めたのだという。
「まあ、僕の実力ならば一人でも何とかなったがな。サークは口うるさすぎるのだ」
そうクラウスは言うけど、多分性格的に一人でやっていくのは無理だっただろうなと僕は思う。
そのサークさんは昔は仲間と森に住んでたけど、代わり映えしない森の生活に飽き飽きして二十年ほど前から森を出、冒険者になったんだそうだ。そういう考え方をするエルフはあまりいないそうで、サークさんも旅先で同族と出会った事は数えるほどしかないんだとか。
故郷が恋しくないか、と聞いた僕に、サークさんは苦笑を返した。
「故郷ってのは、いつでも帰れるから故郷なのさ」
その言葉の意味は故郷を忘れてしまった僕にはよく解らなかったけれど、とにかくサークさんに、今は故郷に帰る気は少なくともないようだった。
僕の腕輪の事についても、二人に聞いてみた。けれど二人とも首を傾げ、こんな腕輪は見た事がないと言った。
「多分魔導遺物の類なのだろうとは思うが……ここまで高性能なのは見た事がない。サークはどうだ?」
「俺も二十年間冒険者をやってはいるが……初めて見るな。こんな凄い魔導遺物、見つかれば話題にならない訳がないんだが……」
「あの……魔導遺物って?」
二人の言う単語が気になった僕は、思い切ってそう聞いてみた。その疑問に答えたのは、クラウスの方だった。
「魔導遺物とは、世界各地に眠る古代遺跡から発掘される神々の力が宿った道具の総称だ。それぞれ能力は異なるが、どれも今の技術では再現不可能なものだと言われている。高い物だと、そうだな、国一つ買えるのではないかという噂だ」
「国一つ!?」
クラウスの言った金額の途方もなさに、僕、そしてアロアの目が丸くなる。そんな凄い腕輪だったなんて……確かに不思議な力だとは思ってたけど……。
「アロア、知ってた?」
「ううん、私は村の外の事にはあまり詳しくないから……」
「とにかく、その腕輪の事はあんまり大っぴらにしない方がいいな。タチの良くない輩に目をつけられたら、何をされるか解らない」
サークさんの言葉に、僕は頷くしかなかった。僕が今まで出会ってきた人達は幸いいい人達ばかりだったけど、もしあの盗賊達のような奴らが腕輪の事を知ったら……。
僕だけでなく、アロアや皆にまで迷惑をかけてしまうかもしれない。それだけは、避けたかった。
「……それで、貴様はどうするつもりなのだ」
「え?」
唐突にクラウスに問われ、僕は首を傾げる。クラウスは呆れたように溜息を吐くと、更に続けた。
「このまま安穏と、この土地で暮らすつもりか。自分の記憶など、最早どうでも良くなったか?」
「そんな事はない! ……でも……」
反論しかけて、言葉に詰まる。自分が何者なのかを知りたい。腕輪の事を知って、その気持ちはより一層強くなった。
けれど。村を失い傷付いたアロアや皆を放って自分だけ旅に出るなんて、まるで皆を見捨てていくようで心が痛む。
答えられない僕に、クラウスが更に何かを言おうと口を開いた。けれどそれを、サークさんが無言で肩を掴んで制する。
「……君はまだ若い。時間はたっぷりある、焦る事はない。けれど、自分の気持ちに正直になった方が時にはいい事もある」
「サークさん……」
「……俺からは、それだけだ」
「……」
アロアが、不安そうに僕を見る。そんなアロアを、僕はまともに見れなかった。
それから町に戻るまでの間、誰一人として口を開く事はなかった。