第十五話 クラウスとサーク
……一瞬の静寂が、辺りを支配した。同時に、手に感じていた閃光の重みが跡形もなく消え失せる。
「……こんな狭いとこでこんなでかい雷ぶっ放して何やってんだ? クラウス」
静寂を破ったのは、聞き慣れない男の人の声。その声に僕はそっと目を開け、念の為盾に身を隠しながら前を見る。
見えたのは、耳の先がぴんと長く尖った長身の美青年が少年の持っていた杖を高々と掲げた姿。淡い砂色の髪に緑のバンダナを巻き、軽めの旅装に曲刀を腰に下げたその美青年は、紫色の瞳で少年を睨み付けた。
「さ、サーク。これはだな、あの、その」
「こんなとこで最大威力の雷ぶっ放したらどうなるか……解らねえほど子供じゃないよな? ああ?」
「い、いや、だから、その」
クラウスと呼ばれた少年は、さっきまでの威勢が嘘のようにおろおろと困った顔になっている。何が起こっているのか解らず、僕は思わずきょとんとなってしまう。
「……あの人、エルフよ。こんな人里近くにいるなんて」
身を起こしたアロアが、僕にそう言ってくる。その言葉に、僕はまじまじと耳の尖った美青年を見つめる。
言われてみれば、どこか神秘的な美しさを感じる。男の僕ですら見惚れてしまうのだから、女の子が見たらきっと大騒ぎになるだろう。
「その、ええと、ああと……本当にすまなかった」
エルフの美青年の無言の圧力に耐え切れなくなったのか、とうとう少年がそう言って頭を下げた。それに盛大な溜息を漏らすと、エルフの美青年はくるりとこっちに向き直る。
「んで、そっちは?」
「あ、その……」
「あの! リトは違うんです! 私を心配して、助けに来てくれたんです!」
僕が答えるより前に、アロアが前に進み出てそう慌てて弁明する。それを聞いたエルフの美青年は、ほう、と興味深げに僕を見た。
「へえ……たった一人でこんなとこまでねえ……なかなかやるねえ」
「……盗賊では、なかったのか」
少年もまた、ばつが悪そうに僕に視線を向ける。僕はちょっと咎めるような目で、少年を見つめ返した。
「……違うって言ったのに、話を聞いてくれなかったよね」
「あ、あれは貴様が紛らわしいところにいるから……」
「クーラーウースー。悪い事したらまずはごめんなさいだろ? お前罪もない一般人まで殺すとこだったんだぞ? 解ってんの?」
「……ご、ごめんなさい……」
「あ、あの、ところであなた達は……?」
エルフの美青年に腕で首を締められ、大人しく謝罪を口にする少年にアロアがそう問い掛けた。するとエルフの美青年は、苦笑を浮かべながら答えた。
「この山の麓にあるラドの町からの依頼でね。ここを根城にしてた盗賊共を退治しに来たのさ。君の事も聞いてたから早く助けたかったのは山々だったが、何しろ盗賊共が何人いるか解らない。そこで夜まで待って、奇襲をかける事にしたんだ。……まさか、勇敢な少年に先を越されてたとは思わなかったがね」
「いえ、勇敢だなんてそんな……盗賊退治に向かった冒険者って、あなた達の事だったんですね」
「ふん、僕の手にかかればこの程度の相手、造作もない」
「お前はもうちょっと加減ってものを覚えろ。見張りを誘き出す時だって、木一本丸ごと駄目にしちまったじゃねえか。もし山火事が起きたらどうする気だったんだよ」
「け、結果的にちゃんと目的は果たせたんだからいいだろう」
二人の会話に、僕は漸く気付く。僕がこの洞窟に潜入した時の轟音、あれはこの二人が立てたものだったのだ。
……性格はともかく、少年の実力は本物であるらしい。エルフの美青年が止めに入ってくれなかったら、と思うと、今更ながらに恐ろしくなった。
「……とにかく、これで盗賊共も全員退治出来ただろ。町に戻って報告するぞ。……君達も、一緒に来るか?」
エルフの美青年が、僕らにそう問い掛ける。僕らは顔を見合わせ悩んだけど、少しの後こう言った。
「はい、お願いします」