第十四話 黒衣の少年
「リト、今のは……?」
アロアが不安げな表情になり、僕の顔を見る。僕はアロアを庇うように一歩前に出ると、耳を澄ませ通路を注視した。
悲鳴と破壊音は、断続的に奥から響いてくる。その度に洞窟の天井からパラパラと土が落ち、一層の不安を掻き立てた。
「解らない……けど、急いだ方が良さそうだ」
剣を持っていない方の手で、アロアの手を握る。アロアが手を握り返してきた感触を確認すると、僕らは共に走り出した。
緩くカーブを描く通路を、転ばないよう気を付けて進む。すると間もなく、前方からバタバタと何人もの慌てたような足音がこちらに近付いてきた。
「アロア、下がって!」
咄嗟に、アロアの手を離し後ろに下がらせる。足音はどんどん近くなり、やがて必死の形相をした昨日の男が数人の手下と共に現れた。
「! テメェは、ゆうべの餓鬼……!」
僕らを見た男――盗賊の親玉が、驚きの声を上げる。僕は油断なく剣を構えながら、親玉を睨み付けた。
「アロアは、返して貰う!」
「て……テメェ! 今はテメェに構ってる暇はねえんだ、娘置いて失せやがれ!」
「断る! お前達こそ、死にたくなかったら道を開けろ!」
「この餓鬼……言わせておけば……!」
こめかみを震わせた親玉が、勢い良く剣を抜く。それを見た手下の一人が、焦ったような声色で言った。
「頭、餓鬼に構ってる暇なんてないですって! 娘は諦めましょう、早くしないとあいつらが……!」
「――ここにいたか、悪党共」
その直後だった。凛とした声が、盗賊達の背後から響き渡ったのは。
途端、盗賊達……剣を抜いていた親玉の表情までもが凍り付く。同時に、カツカツという革靴の音が洞窟内に反響し始めた。
「ひっ……!」
「ちょろちょろと小賢しい。正義の鉄槌を受けよ。『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
その言葉と共に放たれた、激しい閃光と轟音が辺りを支配する。その眩しさに、僕は一瞬目を奪われた。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
木霊する、盗賊達の悲鳴。やがて閃光が治まるとそこには全身からぶすぶすと煙を上げ、所々が黒く焦げた盗賊達が倒れ伏していた。
「ふん、他愛のない。……ん?」
盗賊達が倒れた事で、奥にいた人物の姿が露になった。それは向こうも同じだったようで、こちらにじろじろと無遠慮な視線を向けてくる。
どうやら、僕やアロアと同じくらいの歳の少年のようだった。背は僕よりも少し高い。長めの黒髪を後ろで結って鍔の広い大きな黒い帽子を被り、手には丸い黄色の宝石が先端に付いた杖を持って黒いローブを着た黒ずくめの金眼の少年だ。
少年は僕らを見つめ、何事か考えるように顎に手を遣る。しかしすぐに、合点がいったとばかりににやりと笑った。
「……こんな子供までもが盗賊に身をやつすとはな。だが、手加減をする気はない。後ろの娘は昨日拐われたという話の娘だろう。返して貰うぞ」
「違う、僕は……」
「問答無用! 『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
酷い誤解に僕は慌てて弁明しようとするけど、それより早く少年がそう唱え終わっていた。直後、杖に嵌まっている宝石からバチバチと音を立てて閃光が膨れ上がっていく。
このままでは僕も、盗賊達と同じ道を辿る。迷っている暇はなかった。僕は両手を前にかざし、叫んだ。
「遮れ、盾よ!」
瞬間、剣が盾に変化しすんでの所で閃光の直撃を防ぐ。閃光は盾にぶつかると真っ二つに裂け、僕の両脇の壁を広く抉った。
「きゃあっ!」
背後にいたアロアがその衝撃に驚き、しゃがみ込む。僕は盾を構えたまま、少年に向かって叫ぶ。
「止めてくれ! 僕は盗賊じゃない!」
「僕の雷を防ぐとは……一介の盗賊にしては随分優れた魔導遺物を持ってるじゃないか! だが、僕の全力はこんなものではないぞ!」
「頼む、話を聞いてくれ!」
「そうよ、リトは違うの!」
アロアも加勢してくれるが、やはり少年は聞く耳を持たない。手に受ける閃光の勢いは、どんどん激しさを増していく。
幸い盾には異常はないものの、それより僕の体力の方が問題だった。受け止める閃光の重みに、腕がぷるぷると限界を訴え始めていた。
「くっ……!」
「よく頑張ったがそれもここまでだ! そろそろとどめを刺してやろう、『我が内に眠る力よ』……」
それを察してか、少年が勝ち誇ったように再びそう唱え始める。こんな形で……終わるのか、僕は……!
悔しさを噛み締めながら、固く目を閉じる。そして。
「『雷に変わりて……敵を撃て』!」
僕を絶望に落とす、その最後の言葉が刻まれた。