最終話 未来へ
拝啓
リト、そちらはどんな様子ですか? あなたが旅立ってもうすぐ一年。こちらでは色んな事が、大きく変わりました。
レムリアとグランドラの間の戦争が終わって、レムリアの多くの人が住む場所を失いました。それと戦争をしなくなった事で、グランドラで兵士をしていた人達の半分以上が働き口をなくしました。
そこで王様達が話し合って、グランドラの元兵士の人達を早い復興の為の人手としてレムリアで雇う事になりました。最初のうちはレムリアの人達もグランドラの人達もギクシャクしてたけど、今では大分蟠りもなくなってきています。
そうそう、マッサーさんもちゃんと無事だったの! 宿の建物は焼けちゃったけど、皆のお陰で早く再建出来て今では元通り宿屋を営業しているそうです。
ノーブルランド同盟の皆にも、大した被害はなかったってレジーナさんが教えてくれました。身の回りが落ち着いたら、今度は普通に旅行としてラナさん達に会いにいきたいな。
ランドはエルナータを連れて一旦カルナバ村に戻った後、フェンデルで復興の手伝いをしながら暮らしてるんだって。私にもまめに手紙をくれて、お陰で復興が今どこまで進んでいるかフェンデルにいない私の耳にも届いてきます。
エルナータは、正式にランドの家の養女になりました。今はランドの妹として、マッサーの宿で復興に携わってる人達のお世話を頑張ってるみたい。
一度だけ、二人が直接会いに来てくれた事があったの。旅をしていた時の事とか、色んな話で盛り上がりました。
リトの話も、いっぱいいっぱいしました。皆で、またリトに会いたいなってついしんみりしちゃった。
クラウスはサークさんと一緒に、グランドラに戻っていきました。半年前に一回手紙が来て、あれからお屋敷は半分焼けちゃったけど、お父さんやお母さんや家の人達、それからサルトルートで私達を手助けしてくれたジノさんも皆無事だったって。
モンスターに荒らされたアウスバッハ領の土地や家を立て直したら、また旅に出るつもりだってそう言ってました。もしかしたら今頃は、グランドラを旅立ってどこか知らない土地を巡ってるのかもしれません。
きっとその時は、サークさんも一緒だと思います。だって二人は、最高のコンビだと思うから。
そして私は今、タンザ村で暮らしています。タンザ村にもグランドラの人達が復興の為に来てくれる事になって、家も全部じゃないけどまた少しずつ建ち始めています。
作物の種や苗も戦火が届かなかった村や町から分けて貰って、秋には少ないけど今年の冬の分の蓄えを得る事が出来ました。皆のお手伝いをして畑の世話をしている間は、ああ、村に帰って来たんだな、なんて思ったりもしました。
ダナンさん夫妻も他の村の皆も、リトの帰りを待っています。私も、一日たりともリトの事を思わなかった日はありません。
ねえ、リト。もしも、もしもまた会う事が出来たなら、その時は――。
そこまで書いて、私は羽根ペンを置いた。書きかけの羊皮紙をそのままくるくると丸めると、紐で封をして机の中にしまう。
もう何通書いたか解らない、決して届く事のない手紙。無駄な事だと知りつつも、時間に余裕のある時はこうしてリトに宛てた手紙を書いてしまう。
今は過去にいるリトが、これらの手紙を読む事は永遠にない。解っているのに、悲しい。
……駄目よ、アロア。私がいつまでも悲しんでたら、リトだって向こうで安心出来ない。今私に出来るのは、リトの人生が健やかだったよう祈る事だけ。
机の上に置かれたリトの腕輪を、そっと撫でる。見ててね、リト。私、頑張るから。
「あっ……」
その時、机の上に何か小さいものが落ちた。それは、羽の形をした小さな飾りだった。
これは確か、今も身に付けているリトから貰ったブレスレットに付いてた飾り……。折角リトから貰った思い出のブレスレットだったのに、壊れちゃうなんて……。
そこまで考えて、ハッとなる。リトが言っていた。このブレスレットの飾りが落ちる時、それは、持ち主の願いが叶う時――。
弾かれたように家を飛び出す。向かうのは、初めてリトを見つけたあの森。
走りながら、どんどん鼓動が大きくなっていく。まさか、まさかそんな事が……。
やがて、森が見えてくる。息を切らせて辺りを見回すけど、そこには誰の姿もない。
やっぱり、飾りが落ちたのはただの偶然? そう私が思いかけた時。
「……アロア」
不意に、後ろから声が響いた。聞きたくて、聞きたくて仕方がなかった声。
「父さんに言われたんだ。僕のいるべき場所はもう過去じゃない」
涙が自然と溢れる。胸の奥からじんわりと温かい気持ちが溢れて、全身に伝わっていく。
「僕を必要としてくれる人がいる、僕が一生を共にしたい人がいる……未来こそが僕の本当の居場所なんだ……って」
思い切って振り向く。そこには――一番会いたかった人の姿があった。
「未来への転送陣をもう一度使える状態にするのに、時間がかかっちゃったけど、でも……」
「……リト……!」
大地を蹴って走り、その胸に飛び込む。私の大好きな、大好きな人の胸の中に。
私達は歩き出す。手を繋ぎ、未知なる未来へ――。
fin