第百三十話 決着
ウルガル神の一撃が飛んだ。今までよりずっと速く、重い一撃。
まともに受け止めたら剣が無事でも僕の腕が無事では済まないと瞬時に悟った僕は、胴体を狙って放たれたその一撃を受け流す事に専念した。勢いに無理に逆らわず、逆に剣の動きに合わせて動きながら剣を体には当たらないよう逸らす。
僅かに崩れた体勢を立て直す間もなく、第二撃。今度は逆方向から向かってくる剣を、僕は受け止めるのも受け流すのも諦め横に大きく飛んでかわす。
『あはははは! 粘ってくれるね! いいよいいよそうでなきゃ!』
その動きにすぐに反応し、僕を追って動きながらウルガル神がギラギラした視線を僕に向ける。生粋の戦闘狂。それが天空神であり戦神でもある、この神の本性なのだろう。
けれどそれだけあって、その強さは本物だ。こちらも全力で守りを固めなければ、いや固めても、その重く速い斬撃に命を刈り取られてしまいそうになる。
反撃に転じようにも、向こうもこちらを試すような隙はもう見せなくなった。かと言ってこちらで隙を作って隙を生むような攻撃を誘っても、このスピードではそのまま作った隙を利用されてしまう可能性が高い。
どうすればいい? どうすれば……ウルガル神に勝てる!?
そう焦ったのがいけなかった。下から振り上げられた一撃、かわすべきか受け流すべきか判断するのが一瞬だけ遅れた。
ウルガル神の笑みが、一層深くなったのが解った。勿論ウルガル神がその隙を逃す事はなく、慌てて回避行動に入った僕を嘲笑うように僕の左腕ごと剣を弾き飛ばした!
「うわああああああああっ!!」
突き抜けるような激痛が、失われた左腕から全身に伝わる。宙を舞う左腕の中から剣が消失し、元の腕輪となって右腕に戻った。
『ここまでか。この僕の本気を前によく善戦したね、誇るといいよ』
痛みに膝を着く僕を、ウルガル神が嗤って見下ろす。それはやはり嫌味ではなく、彼なりの最大限の賛辞であるようだった。
「まだ……終わりじゃない。終わりなんかじゃない……!」
『いいや、終わりだよ。もう『神殺し』を顕現させる余裕を与える気はないし、仮に出来たとして、その腕でどうやって今までのような動きをするんだい? 諦めなよ』
「……誰が……!」
溢れ出す血の量に、だんだん目が霞み始める。それでも……ウルガル神は倒さないといけない。例え刺し違えてでも……!
『最後にもう一度聞くよ。僕達の側につき、新しい神になる気はないかい? 君の実力なら、立派にアンジェラの後釜を果たせると思うよ』
「何度も言わせるな……お前達には従わない。絶対にだ!」
『……そう。残念だよ』
今までとは違い、心底僕が従わない事を惜しむような表情でウルガル神が呟く。そして剣を構え、僕の頭に狙いを定めた。
『僕にも一応、情けというものがある。『破滅の光』で無慈悲に君を貫くのは簡単だけど、ここまで僕を楽しませてくれた君に敬意を表し、せめて僕の手で直接君を葬ってあげよう。……バイバイ、リトの息子』
そう言うと、ウルガル神は僕の頭を貫こうと剣を突き出す。僕は――そのタイミングを、ずっと待っていた!
『何っ!?』
僕は残された力を奮い起こし素早く立ち上がると、頭ではなく肩でその刃を受けた。そしてそのまま、ウルガル神の体に全力で組み付く!
『これは!? ……まさか!』
僕の狙いを察したウルガル神が慌てて僕を突き飛ばそうとするも、腕ごと拘束されている状態ではいくら戦神と言えども簡単にはいかない。普通の人間と変わらない細身の体格が、この時ばかりはウルガル神に災いした。
ウルガル神の全身を包む黒い光が僕の肌を、肉を焼く。それでも僕は、決してウルガル神から離れようとはしなかった。
「……我が声に、応え……総てを、消し去れ……」
『くそっ、離せ! 死に損ないが! 離せええええええええっ!!』
「……光よおおおおおおおおおおっ!!」
僕の渾身の叫びと共に生まれた刃は。ウルガル神の心臓を、僕の体ごと後ろから深々と貫いた。
『……自らの身を犠牲にしてでも僕に致命傷を喰らわすなんてね。認めよう。僕の……負けだ』
弱々しくなった声で、ウルガル神がそう呟く。全身の黒い光は既に消え、今は僕に寄り掛かる形でやっと立っているようだった。
『けれど予言しよう。もし君の仲間が生き残っていれば、いずれ必ず僕達を倒した事を後悔するだろう。アンジェラ一人で支えきれるほど、この世界もそこに生きるもの達も簡単なんかじゃない。先の見えない、本当の混沌の時代の幕開けだ』
そう言ってくつくつと嗤うウルガル神を、静かに見つめ返す。不思議と僕には、それがただの負け惜しみであるようには思えなかった。
『残念だよ。人間達が泣いて懺悔する姿が見られないのは。もっともそれは君も同じ。共に滅びよう……リトの、息子……』
ウルガル神の声は次第に消え入り、やがて聞こえなくなった。同時にその体は砂となって崩れ果て、後にはウルガル神が着ていた白い衣服だけが残される。
――主神であるウルガル神は滅びた。もう二度と、蘇る事はない――。
そう認識した途端、今まで張り詰めていたものが一気に切れた。体中から力が抜け、僕はウルガル神の衣服の上に重なるように倒れ込む。
全身が酷く寒い。血を失いすぎたせいだろう。目の霞みも深まり、今ではぼんやりとした輪郭しか解らない。
――ごめん、アロア。君のところには戻れそうもない。
遠くに誰かの足音を聞きながら、僕の意識は深い深い闇の中へと墜ちていった――。